5.電子書籍作家が孤独ではなくなるまで
前話を読んだ方から、「どうして自由に書けるWEB小説で書き始めたのに、商業と同じように打ち切るのか」という質問を頂くことがありました。
確かにおっしゃるとおり、少なくない読者にも恵まれた作品でしたし、続きの構想も考えてはいました。仮に自分が、本当にデビューをしたことがない全くの新人もの書きだったとすれば、そちらの作品を完結まで書き続けることもあったでしょう。
そこは単純に僕が、兼業で働くうえで二つの作品を同時にこなすだけの体力的時間的余裕が確保できないと気付いたから、という現実的な問題がありました。
(新卒で入社した会社をやめたあと、色んな業種やバイトを転々と変えながら創作活動を続けていたので)
仮に書く作品のことごとくが売れて、書けば書くほど収益につながるとすれば、生活が担保できる分、書くために費やせるリソースは多くなりますので、本当の意味で自由に好きな物を書くことは可能だったでしょう。
世知辛い話ではありますが、人間の自由とはお金の自由です。そう言った意味で、僕はまだ完全な自由を手にすることができてはいませんでした。それが打ち切りを決めた理由の一つです。
先日、ネット上で「半生をかけて同人ゲームを作り続けてきたが、生活の基盤が確保できず活動を休止することにした」という、引退宣言をされてる方のブログを目にすることがありました。
当時破れかぶれだった僕も、もし一歩間違えていれば、同じ状況に立たされていたのかも知れないと思って、内心ぞっとする思いでした。
人を幸せにしたい、誰かの心の助けになるようなものを作りたいと思うのは、創作者として素晴らしい考えだと思います。ですが、自分が救われていなければ人を救うことはできないと思います。
閑話休題
前回、連載し始めたWEB小説を電子書籍化したものの、思ったほどの反響のなさに目論見の甘さを思い知らされるという、再び現実の壁にぶち当たった作者でしたが。
それでもなんとか本命作品である『アーマードール』の電子書籍化については、なおも諦めることなく作業を進めていました。
一度販売までを経験してみたことで、心のハードルがだいぶ下がったと感じた僕は、他に個人で電子書籍出版を手がけられている方々とお会いして、参考になるお話しを聞いたり、出版に関わっている方々からWEBコンテンツでものを売る方法について相談に乗っていただいたりもしました。
特にその中で、得難い経験となったのは「でんでんコンバーター」という、電子書籍制作の作成サービスの開発者さんであるろすさんとの出会いでした。
「AozoraEpub3」は、確かに簡単で利用のしやすいソフトでしたが、その代償として表現力の自由度や拡張性の点で、物足りないものを感じるようになっていました。
(今は何度かのバージョンアップを経て、当時の不満点のいくつかは後に解消されていました)
せっかく人より早く始めたからには、もっと多くのことを、自分にしか出来ないものを多く残そう。そう考えて次なる制作環境を求めていた自分が目を付けたのが、「でんでんコンバーター」というソフトでした。
SNS上でその話をしていたところ、制作者ご本人であるろすさんの方からコンタクトをいただき、メールなどで技術的な部分についていくつか質問をさせていただいたうえで、『アーマードール』の書籍制作に利用させていただくことを決めました。
その後、ろすさんのご紹介で色んな電子書籍作家の方と知り合う機会もできましたし、その方々から多くの影響を受けています。一人ならばあきらめるのは簡単ですが、隣に人が居ると思うと、不思議と気が緩まらなくなるものです。
また書籍化という作業に際しては、イラストの力を頼らずに商品を完成させることが、不可能でないとはいえ、とても難しいものとなっています。
イラストレーター絡みの問題で話題の人物となってしまった僕にとって、この問題はかなり大きな問題と感じられましたが、実は意外にも簡単に解決してしまいました。
件の相手方が行った「フリーのクリエイターに対する圧力」と言うべき行為は、同じフリーのイラストレーターの立場からはかなりの横暴に見えていたらしく、表立っては言えませんが、当時多くのフリーの方々から「君のやり方は間違っているが、反抗の意を示したのは正しい」との応援を頂きました。
また、イラストもシナリオも、物を作りだす能力こそ持っていますが、互いに一人では〝作品〟の完成に至ることはありません。
イラストの力に頼ろうとしたことに対して批判を受けましたが、結局助け合わなくなることで、困るのはお互い様です。激しい批判を口にしていたのは、そのどちらの事情も理解できていない人間の誤解に過ぎませんでした。
僕に共感して今も手伝ってくれる方が居るのは、ひとえにそうした状況からでした。
自分たちの力だけで作品を販売できる電子書籍というフィールドの魅力は、文字書きだけでなく絵描きにとっても価値あるものになり始めているのではないかと思います。
(ちなみに作品の売り上げの配分は、自分とイラスト担当の半々ということで勧めています。商業のラノベであれば定額買い切りが普通なのですが、共同作品として公平化できるというのも、個人で進めて行くうえでのメリットです)
書き始めてから商業出版まで二年。打ち切りまで2週間。
そして、作者の暴走と迷走、試行錯誤を経ること一年と数ヶ月。
『アーマードール・アライブ』という作品は、個人による電子書籍作品として、新たな再スタートを切りました。
販売サイトのURLを貼りたいところなんですが、それを行うと「カクヨム」の規約でこのアカウント自体が消されてしまうので、作者紹介にある自分のHPなどから探してみてください。
一度商業出版済みの作品を、個人で出し直すという無謀な挑戦は、実際の所驚くほどスムーズに問題無く進みました。
作品の出版権というのは、あくまで作家が持つものであって、権利を出版社に貸し出す契約を交わして出版される物です。
「やっぱり返して」と手続きを行えば、クリアすること自体は簡単でした。しかも幸運なことに、出版社のいわゆる業界の悪習的なところにかなり助けられて上手く話が進んだ部分もあります。相手の弱みにつけこんだ、といえば聞こえが悪くはありますが。
また、ただ電子書籍を出しただけでは、商業のときと同じ失敗を重ねるだけになってしまいます。
WEB小説が売れて新人賞が売れにくくなった理由は、ひとえに作品に対する信頼度の積み重ねが理由だと自分は考えました。
何作も読んだ事のある作者、素晴らしい実績を持つレーベル、WEBで応援し続けた作品。全て商品になるまでの段階で、既に積み重ねられた信頼関係があります。
デビューしたばかりの新人の作品に、そういった要素は何も無いのです。
なので僕は、前回の失敗に懲りず今回も『アーマードール』をWEB上で無料公開することにしました。
ただし、ここで一つの工夫を加えました。
それは「先に販売してからあとで公開する」という、WEB小説の書籍化とは逆の手順を与えることでした。
現在は1巻の内容のみを公開して、2巻は有料販売のみとしています。今度3巻を販売するときには、2巻がまた無料公開されるかたちです。
ソーシャルゲームでも「課金限定のコンテンツがあとで無料ユーザーにも解禁される」といった方法論があります。
あるいは「劇場や有料チャンネルのみで公開された映像作品を地上波放映する」といった戦略もあるでしょう。
WEB小説を連載してみて気が付いたのは、最新話を投稿したときの読者の反応がとても早い、ということでした。
今、Webコンテンツを動かしているもっとも大きい読者の欲求は「一刻も早く続きが読みたい」という希求なのではないかと感じたのです。
なので僕は、それに対価を求めるかたちにビジネスの戦略を切り替えたのです。
「たった350円で今すぐ続きが読めますよ」というかたちで。
この試みが功を奏したのか、Web公開での読者数と購入数の伸びはかなり相関性が見えていて、パレートの法則をうまく解決できたのではないかと思います。一段階フィルターを取り除くことで、8割の損失を防げたといったイメージでしょうか。
もちろん、無料投稿サイトを宣伝のためだけに利用するというのは、「カクヨム」や「小説家になろう」の運営側にとって、あまり良いものではないでしょう。
なので、運営側には問い合わせを行い「最終的に全ての話が公開されるなら、公開に時間差があっても問題無い」というかたちで諒承を頂いています。
また、読者にとっても作品に参加する間口を広げられたのが良かったと感じたところでした。
『ちるまで』を販売したとき、「クレジットカードがないから電子書籍を買えない」という若い読者からのお便りを頂いたときに、かなり心が痛みました。
自分も昔、お小遣いが少なくて読めなかったシリーズモノを、図書館で無料で読み続け、バイト代が入るようになった大学生になったあとで改めて買ったことがありました。
そうした読者に、「今は買えなくていいけど、今後買えるようになったらよろしくね」とつなぎ止めておけるのではないかと考えています。
また、最新巻だけが有料という状態であれば、既刊は売れないのではないかというツッコミも何度か受けました。
この点に関して、正確なデータはまだ取れていませんが、とりあえず「電子書籍にのみ書き下ろしを付ける」などして、有料版の価値が時間経過で失われないよう、一定の工夫は残しています。
まあ、オタクはきっと「どうせ買うなら全巻揃えないと気が済まない」という性分に決まってるので、あまりこの点については心配していません。僕がオタクだから分かります(笑)
現状『アーマードール・アライブ』という作品は2巻まで出ていますが、総売上はやっとかたちになる程度のものになってきました。
自分の商業作家引退によって、作品の完結が望めなくなりかけた読者の皆様にも、「こういった形でも継続してくれてよかった」「これからも応援したい」と多くの励ましを受けています。
商業作家だった頃に比べて売り上げの数字こそ下がりましたが、かえって読者が増えたように自分はなぜか感じています。
また商業作品の打ち切りは、事業としてみれば「赤字プロジェクトの撤退」です。続ければ続けるほど損害が出る、売り上げより印刷費の方が高く付く、という理由です。
出入りの業者に過ぎない作家ではありますが、作品を書く度に「お前のせいで会社は損をしている」「お前の自己満足に付き合えない」と突き放されているような辛さがありました。そんな状況で少なくない印税を渡されても、罪悪感ばかりが強まります。
しかし印刷費がかからないという電子書籍の特徴は、どれだけ販売しても決して赤字が出ない。自分の自己満足のために、誰かに迷惑を掛けることがありません。
同人、商業、Webと色んな媒体で作品を発表してきましたが「作品が純粋に黒字になった」のは、電子書籍作家になってからが初めてだったと思います。
手に入る印税こそ少なくはなりましたが、そこは一番救われたように感じました。
自分の感情を爆発させて多くの方にご迷惑をかけてしまった当時の自分は、ネット上で多くの見ず知らずの人間から批難を浴び、まるで世界中の全ての人間から憎まれているように思ってしまうほど心が弱っていました。
電子書籍制作という個人での活動にこだわったのも、誰にも迷惑を掛けず、誰の力も頼らず、自分の力だけでやっていこうという、他人を拒絶する意思が動機にもありました。
しかし、自分は〝独立〟することの意味と〝孤立〟することの意味をはき違えていました。
書き続ける限り、作品という窓を通して自分は世界と関わり続けることができます。
一人でやってみようとした結果、以前よりもっと多くの方々からの支えを頂くことになりました。
電子書籍に挑戦してみる作家はこれからも増え続けるでしょうし、成功する方もその中からは出てくるでしょう。商業を離れて個人展開に切り替えたことで、以前より多くの収益を得られたという話も、たまにニュースサイトで聞こえてきます(小説ではなく漫画の話ですが)
自分はただ、人より早く始めてみたというだけで、自分がいずれ同じ舞台に立てるかどうかはわかりません。今度もまた、舞台の端で脇役として終わることもあると思います。
また、自分は商業デビューをしたとはいえ、まだ一作も完結をできたことがないという意味ではアマチュアです。
どうしても最後まで書いてみたいこの作品を完結させ、自分の実力に納得ができたところで、これから先のことを考えていこうかと思いながら、今は筆を進めています。
正直このエッセイの連載は、知人の方々や、これから電子書籍を出そうとしている皆さんに向けた、ちょっとした覚え書き程度のものを作りたくて書き始めたものでした。
それが予想外に多くの方の目に触れることになってしまい、正直かなり驚きました。
本来見て欲しい作品より、遙かに多い注目が集まってしまっているのは、自分で自分に悔しい思いですがw
自分が今、皆様にお伝えできることはこれで語り尽くしてしまいましたが、設定は「完結済み」でなく「連載中」のままにしておきます。
今後また、新しく見えた風景があれば、この場でお伝えしてみたいと思います。
そしてこのエッセイを通して、皆様にも見えた風景があれば、ぜひ何処かで発信して伝えてみてください。
それではまた、いつかの次回に。
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