第18話 ディナーじゃない、前菜戦
―
「ズ……ズズッ、ズーッ」
一滴残さず、器を両手に抱え
俺は中身を全て平らげた。
スープ一滴残さず、具も貴重だと言わんばかりに
最近ニチモトが開発した携帯食「カップラアメン」を信近に購入してもらい
湯を注いで、適当な広場のベンチで食事していた。
一方その食っぷりに、言葉が少しずつ萎んでいくのは
隣に居た信近。
そうそう食べた経験も無いだろう、彼のカップラアメンは
まだ半分中身を残したのみ。
手持ちがあるとはいえ、会った状況がアレだったんだ。
そこまで財布パンパンなゴージャスを期待しちゃいない。
それに高級なレストランに案内されても胸糞悪い。逆に庶民の
食事が再び味わえるだけでも満足で
かと言って信近はその食事にやや戸惑いつつ、少しずつ食べていた。
それに、ファーストと俺の
スプラッタな状況を見て
食事を同意したとはいえ、俺ほど
あの状況を払拭し、庶民の味を堪能するのは難しいだろう。
「あーっ……げふ」
「満足したかい?」
「そこそこにな……信近は食わないのか?」
俺の言葉に軽く笑う信近は、箸を止めた。
そしていずれは冷めるだろう器を空いた所に置き、一方俺は
空になった自分の器を後ろに投げ捨てた。
幸いな事に、今は夜を迎え
清掃員の姿も無い―この広場の名なんて知らないが
まあ公園……に、近いこの場のベンチで隣同士、信近と俺は
状況の整理をしようとした。
「冴木……腹、は?」
「あ?今聞きたいのはそれかよ」
「幾ら君が死なないとは言え、ああいう状況が更地に戻っているのをそう簡単に納得できるとでも?」
確かに、普通ならば
腹を抉られて即死同前の俺の腹は今
何事も無かったかのように癒え、傷一つ無い。
抉られ貪られただけあってシャツは破れてしまったが、現在は健全そのもの。
ただ、そんな事をしてくれた
ファーストの沙汰に俺は酷く渇き
尖閣に一度は釈放されたとはいえ、ゲームどころではないのだと
本能が芽生え覚醒し、信近を噛み殺そうとする欲望と先程まで耐えていた。
それを潤したのは、皮肉にも
あんまり護りたかぁない、信近が
口内を自ら噛み千切り、僅かばかりの血を俺に口移しで
流し込んだその行為。
まだ渇きが完全に潤された訳ではないが、それでも理性を取り戻す事が出来た。
―まあ、信近も我が身の保身がかかっているとはいえ
誘うような事をしてくれるじゃないか。
同性との理解が無い訳じゃない俺も流石に、少し興奮した。
ヤれば、真正の淫乱になれるだろうな。
本人が自覚してるかどうかはさておき。
「……俺は、吸血鬼だ」
「……」
「戦場で死にかけた俺を、吸血鬼にさせたのは―あのファーストだ」
死の淵に辿り着き、深淵に飛び込もうとした俺の魂を
現世に無理やり引き戻し
かと言って人とは住めぬ身体にしてくれたのは、ファーストだった。
それから暫くの間、彼に絶え間なく愛されて―快楽と欲望の日々を送っていた。
セックス三昧―そう言っても良い。
彼が求めるなら俺が疲弊しようが拒否しようが
時を問わず抱かれていた。
たまには―いや、「彼の希望」により暫く俺が抱く事もあったが
ほとんど彼に抱かれた方が多い。
そして、そのご褒美に
潤うばかりの血を啜る。
吸血鬼なんて言い方はちょっと美化したようなもんで
真っ向から言うならば「化け物」だ。
「戦場で……死んだのは、50年前と」
「お前がまだ生まれちゃいない時だな」
「第一次大戦の時か。その時に……冴木、君は」
―神室の御声と、薄っぺらい仲間の絆と共に
死を肯定するような戦いを続けていた。
その戦争を引き起こしたのは、神室だ。
「……神室を憎む、という意図が何となく分かった」
「……」
「僕には直接関係ないだろうけど、当時の神室が戦争を始めた事によって―君は死の淵に立たされた」
赤紙を貰った時、俺はあんまり覚えちゃいないが
多分喜んだのかもしれない。
でもその歓喜はどこか「神室」と言うシンボルがもたらした洗脳で
鈍った喜びなのだと思う。
そこから逃げなかった俺も悪い。信近とて50年前の事だ。
直接関係していないから全否定するのも今更間違っている、とは思う。
しかし、神室の存在と知った以上―どうしても好きになれなかった。
死に瀕し、挙句の果てに人間とは遠ざかる「吸血鬼」としての人生を
歩む羽目になったのだから。
「そう言えば……お前以外が全員殺されたんだってな」
「尖閣が殺したと思っていた。彼女もね」
「ヒステリーの事か?そうだろうな。だが、尖閣の話を聞いて奴が神室の人間を全員殺す事に利益は生じない」
一先ず、誰が殺したか。
それはゆくゆく分かるのだろう。
俺が望まずとも、運命の輪が廻り―聞いたところでどうというのか
それでも知るだろうからこそ、真相を追いかけはしない。
「そして……生き残ったお前だけでも神室としての価値を見出し、戦争の承認を得ようとした」
「……」
「重いだろうが、そういうこった。その血に生きた以上な」
―
ふと、思う。
彼は尖閣と俺との会話を終始聞いていたはず。
その話に含まれていたのは「必ずナカグニに勝てる」という確固たる自信を
裏付けるかのような、戦力の存在。
その戦力の根底には、恐らくファーストの息吹が既にかかっている。彼とてもうそれを
更地にしようとは思わないし、興味も失せていよう。
ここまで戦争に勝てるという立証を聞いた信近は
果たしてその言葉を信じて戦争を承認するかどうか。
普通なら、いや。俺が知る限りの神室のイメージならば、さあ戦争をしましょうと
快諾するに違いない。
だとすれば、ゲーム等もう止めて
戦争をすれば良いと彼は思っているのだろうか。
俺は信近の本意を聞いてはいない。戦争をすべきかどうか。
するべきではないと勝手に豪語しているのは恐らくヒステリーとその仲間。
そこに信近の本意が混じっている―かと言えば、疑わしい。
「尖閣があそこまで言うんだ。戦争には勝てるだろう」
「……」
「刺客に怯える事無く彼の元に戻り、戦争を始める選択肢を選ぶ事だって出来る」
俺は、正直
戦争をしようともう自分には関係ないと思っている。
赤紙がまた来るのだとしたら、遠くに行けば良い。
知らない土地で、人としての生き方を演じれば良いだけの事。
信近―お前にとっちゃ重いだろうが、ゲームが始まる云々より
お前の真意がどこまで固いか、知る義務がある。
それに、神室がどうこうというより
護衛という任務は結構面倒だ―
「僕は……」
―
―
その時、俺は
別の気配を感じた。
流石に信近も僅かな俺の動きに口を閉ざす。
ゲームが始まっているのか。
それとも野良猫か、野良犬か。
広場でセックスする恋人か。
それとも、それとも―
―その、どれでもない―
ああ、結構面倒な方だ。
気づけば俺と信近の周りには、憲兵が数人
軍棒を手にして距離を近づかせていた。
その、どれもが
人間の目をしちゃいない。
これがゲームの始まりか、それとも余興と言う名の前菜か。
『これが尖閣の切り札?』
月光に背いた、薄暗く虚ろな
愚兵と表現に等しい奴ら。
「……まだ、話し合いの途中なんだがな」
俺はベンチから立ち上がり、信近の前に立った。
まだゲームを快諾した訳じゃないが、戦意をたぎらせる
憲兵の存在が今本当に疎ましい。
だから、信近―
その目で一先ず見るが良い。
射殺されても息があり
腹を抉られてもまだ生きて
血と肉を欲する化け物としての俺を―
「こんな俺に……護られたいか?」
一度は僅かに潤された本能を、今度は自らの意思で
覚醒へと解き放つ―
視界が赤く染まり、獲物を欲する
『吸血鬼』への、目覚め―
「……ふ、はははっ……」
「……」
―……覚醒しないと、彼を護れないよ―
「ファー……ス、ト」
ざわざわと、昂ぶる―己の全て。
―……そんなこたぁ分かってる。
ただ、護るかどうかはまだ決めかねている。
そこまでして戦争を止め、ニチモトの暴走を阻止するか。
信近、お前の真意と
俺の姿が結びつく時こそ―
「本当に」ゲームは
「始まる」のだと思う。
―
THE FOOL まだなの @madanano
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