第17話 食べちゃった


―ガリッ、グッ……ブチッ……グチャッ―


鈍く、神経をかく乱させるような

何かを引き千切り、貪る音が聞こえる。

常人が聞けばその光景を見ずとも、音だけで正気でなくなるような

酷、かつ歪で―おぞましい音を。

いや、音だけでなくその光景すらも動じる事無く、ただ一人の老軍人が

主の満足を聞くまで、椅子に座って黙視していた。


「足りますかな?それなりの数は用意したつもりですが」

「私が満たされるのは、涼と言う存在でしか叶わない―こんなもの、その場しのぎだ」


そう言って、己の欲望はまだ渇いていると

手にしてそそる様に舐める―それは


『頭蓋骨』


まだ血肉が付着したままの頭蓋骨をしゃぶる様に舐めては噛み

味に飽きたと言わんばかりに、その骨を投げ捨てる。

骨はそれだけか―いや、美しき化け物の御身の下には

無数の血骨が散乱していた。


―先程まで、生きていた。

人であった。息をしていた―そして、彼

「ファースト」の手によって、全ての血肉が貪り喰われた。


生きたまま―


その狂乱かつ獰猛でもあり、だとしても醜いとは表現しがたい

ファーストを満たさんばかりに酒池肉林の席を設け

生贄と称しても可笑しくない人間を提供したのは、尖閣だった。


尖閣にとって、その生贄は

別にどうでもいい存在だった。

何故ならば自分の近辺でこそこそと動く、反戦争組織側の

スパイだという事を知っていたから。


その存在がちらついても尚、尖閣はスパイの好きなようにさせていた。

自分が求める戦争の開幕に、どれだけ小さなドブネズミが抗えるのか―と。

何時でも捕え、殺せるだけの余裕はあった。


しかし涼と信近を解放し、三か月間のゲームに興じると決めた尖閣は

今更自分の近辺を調べようとするスパイの存在を疎ましく思った。

そして反戦争組織の見せしめにと、一人だけ重傷を負わせ―彼らの拠点に戻る事を許し

後は酷く―とても、酷く。血肉に渇くファーストに


『お好きなように』と、捧げたのだった。


それから、どれだけの断末魔を聞いた事か。

生きたまま我が身を喰らわれるという―聞いただけでもおぞましい。

しかし尖閣にとって「どうでもいい」スパイの存在が、ほんの僅かでも

ファーストの血肉となるなら、自分が衝動的に殺し捨てなくて良かったと

赤く染まるファーストの光悦な姿に、満足した。


「一番欲しいのは……涼だけ。私が愛した涼だけ」


数は決して、少なくはない。

それだけの血を彼は飲みほし、肉も喰らったと言うのに

自分を満たすのは涼だけだと、一先ずゲームの為に離れる事を決意したファースト。

しかし彼は思っていよう。いずれは自分の元に帰るのだと。


―尖閣が放つ刺客を、ファーストは非力と思ってはいない。

その理由はファースト自らが「刺客」と称する存在に「手を加えた」からだ。

かと言って彼はその刺客には興味が無い。

手を施され、人ならざる力の保持者として存在する尖閣の

切り札と称する「戦力」も「刺客」も自分の同胞と言っても過言ではないとは言え

ファーストは己と等しいと名乗れるのは涼だけだと、それ以外を決して認めはしなかった。


「もし、私の刺客が涼を殺したとすれば―ファースト様は、どうされますか?」

「ああ、彼が死ぬ……そんな事は無い。尖閣、君ももう分かっていよう」

「もしかすると、の可能性を示唆したまでの事です。殺す事は出来ないにしろ、傷はつきましょう」


するとファーストは別の骨を手に取り、まだ匂いか血が残るか

名残惜しそうにしゃぶりだした。

尖閣はその姿を見て、やはり彼の渇きを満たすのは―涼でしかないのだとらしからぬ嫉妬を僅かばかり抱いた。


力も得て、不死として、酷く―ファーストに愛されて

何を不服とするのか、と。


「傷つくのは仕方ない事だ。どのみち君は本気になって、ゲームに勝ってもらわないと」

「尽力を尽くしましょう。私とて信近様の御身を必要とし、戦争を始めたい」


今頃、信近と冴木は何処で

息を潜めているのか。

尖閣は暫しの猶予を与えている、途中である。

いきなりゲームを始めても、それは決してフェアではない。


ある程度の準備が整うのを待っているのだ。

涼の性格を知っている尖閣からすれば、そう簡単に

信近を護るというゲームをすんなり飲み込むとは思えない。


ある程度の対価を用意されるか、それとも

話し合う時間も必要とするだろうか。

いずれにしてもゲームを始めるにはまだ準備が必要なのだと

尖閣はあえて時間を設けている。


そして、どの「刺客」から動かすか―

それも考えている。


「涼……お前がのうのうと暮らしている間に、ニチモトは変わっているのだよ」


―その言葉に、ニチモトは

堕ちる所まで堕ちたのだと、尖閣は嗤う。


いずれは、ナカグニだけでなく―全ての国を

掌握せんとする力を確信し、杖を握りしめ

昂ぶる理想郷を今はまだ、幻想に見る―


頂点に立つのは、己であると。

老いと共に喪失してきた昂ぶりを、今再び芽吹かせる。


「―ファースト様。もし……ゲームに勝てた暁には」

「ああ、約束をしたところだったね。別に構わないよ」

「そのお言葉を信頼しております。涼と同じ領域を望む私をどうか導いてください」


―ファーストと、尖閣が取り付けた約束。

それは人間なら、万民とは言わないが

一部こそ、本能的に望むであろう―


『我が身も―力を手にした「吸血鬼」へと』


それもこれも、尖閣が「ゲームに勝てたら」の、話だが―


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