NIPPON TOWER

TKMR

希望と絶望の狭間で

現実的ではないように思われるが、この世にはパラレルワールドというものが存在する。科学者たちは、それはまやかしだ何て言うけれど、実際には存在するのだ。これからのお話は、現代の時空を超えた日本が舞台である。


無数のフラッシュがたかれる中、東京の中心で一人の男性が大勢の民衆に囲まれている。盛大に演奏される君が代が東京で反響する。男が一言発する度に民衆は沸き立つ。拍手や声援は途絶えることはなく、男は満足したような笑みを浮かべる。そんな彼らを見下すように、壮大に聳え立つタワー。地上から見上げても、どこまで続いているのか分からないほどの高さである。今日というこの日は、まさにこのタワーの完成を祝うセレモニーが行われている最中であった。耳を劈くような機械音が辺りに鳴り響く。


「皆さん、この塔が意味するものを感じ取ることができますか。東京を代表する壮大なタワーは世界一の高さをギネスと言う名の記録の中に刻むことができました。この塔のゴールは雲を突き抜け、どこまでも発展し続ける今後の日本の姿を表すのです」


叫びに近いほどの歓声に混じり、涙を流しながら嗚咽をもらす者までいる。まるで何かに取り憑かれたかのように、皆空の向こうを見つめた。


「私たちが誇るこの国は、今まで一度たりとも戦いを行わず、いつでも対話を通じて平和に物事を解決してきた。日本国民誰もが平等であり、そして常に協力しこの国に貧困などという言葉は存在することはない。今日から、このタワーの誕生と共に我々はより結束し共存を試みるのです」


鼻息混じりの興奮した口調で、男はそう語った。男は恐らく40〜50歳ほどで太い眉に髪は少し白髪が混じり癖っ毛なのだろう、あらゆる方向に毛先が向かっている。姿勢はしっかりと保たれており、はきはきとした口調で語る姿はより彼を若く見せている。


男は日本を代表する総理大臣を務めている。彼の人気は日本一と言っても過言ではない。日本国内の全国民は、男の言ったことは何でも信じ賞賛し支持をした。今回のタワーも、彼を信じれば日本は平和でいることができると皆信じた結果の産物であろう。国民は陶酔というより最早、洗脳の域に達しているように見えなくもない。男が悪知恵を働かせているというわけでもなく、疑うことをしらない日本人の性質がそのまま現れているのだ。


この塔が建てられるまでには、数重なる会議や国民参加型の投票や意見交換がなされてきた。日本国憲法が制定されてから250年の時が経ち、その記念と今後の発展ということも兼ねて世界一の高さを誇る塔を設計するに至った。最先端技術や設計を駆使し、高さに耐えられるように何度も何度も試行錯誤と推敲を繰り返された。


「ニッポン万歳」


と男の側近の者が声を荒げると、忽ち水面のようにその声は広がっていった。しかし、もう既にこの時からこの国の歯車は何処か狂い始めていたのだ。


東京に世界一のタワーが建てられてからというものの、東京周辺には数多くの企業や人々が集中し、海外からの観光客も今までとは比にならないほど跳ね上がった。東京は過密地帯と化す。観光業などあらゆる業界は、この塔に着目しビジネスを発達させようと意気込んだ。日本は平和で争いのない国だから、蹴落としあいや汚職などは一切露見したことはない。皆が皆のために日本のために力を尽くそうと決意した。


一方、日本と友好関係を結ぶ世界を代表する隣国はこの発展を良きと思わぬ人々がいた。


「日本の一時的な平和は誰が継続させていると思ってるんだ、我が国では貧困に苦しむ多くの人種が混在している、これ以上日本を支援している場合ではない」と。


そして、他国でも宗教の名のもとに41人の処女に囲まれる極楽を求め花と散る若者が急激に数を増した。世界一と誇る国を報復するために。


そのような物騒な不安を掻き立てるような話が、日本でも耳に入るようになる。国民は総理大臣様がいれば我々は守られると自分に言い聞かせた。そして総理大臣様と呼ばれる男は、塔が災いを招くのではないかと懸念するようになる。


そんなある日の日曜日、東京の大型ショッピングモールで爆発が起きた。人で賑わう空間は一瞬にして静寂と悲嘆の声に包まれた。


「ニッポンハ我ラノ敵デアル、報復ヲ」


と何者かが叫び声に近い悲鳴を上げ、銃声音が多くの人の耳を劈いた。真っ白な大理石の床は薔薇の花びらのように真っ赤に染まる。両親と逸れてしまった小さな子供は恐怖に怯え泣きじゃくる。次の瞬間には声も出さずに、絶望の表情を最後に浮かべ地面に倒れ込んでいた。


この事件を機に、日本国民は初めてテロという報復行為の恐ろしさを目の当たりにし、自分達に危機が及んでいることに気づき始めた。やがて、塔を中心に進出する海外企業が東京に一気に押し寄せ市場を支配し始める。争いをしたことがない日本は、ただただ支配されていく市場を指を咥えて眺めることしかできなかった。


「あんな塔があるから、日本はこんなになってしまったんだ」


国民の声は、いつしか塔を憎むものになっていた。


「総理大臣が大きな過ちを犯した、私たちは初めからこんな案に賛成していなかったのに」


有名なニュース番組では、かつて塔の建設に賛成していた政治家が


「日本を脅かす東京の塔をぶち壊せ」


と過激な発言で民衆の意識を引きつけ、全ての責任は現総理大臣の無責任な決断にあると責任を転嫁しようとした。


「もし、あの塔がテロや何かの拍子に崩壊したとしたら、東京の街も同時に崩壊するでしょう」


有名な専門知識を兼ね備えた人々も、東京は塔の崩壊と共に終末を迎えるという見解を出した。


東京に移動してきた人々は、あの人たちの言っていることは正しい、だから今すぐ東京から逃げ出さないと殺されてしまうという恐怖から東京から逃げ出した。塔を中心に回るビジネスは海外企業に占領され日本企業は撤退を始めた。こうして東京は、外国のものであるかのように変化を遂げていったのだ。総理大臣も罷免され、新たな総理大臣が誕生した。民衆は、あの人について行けば明るい未来があるから大丈夫だと信じ込んだ。


そして永い年月が経ち、新しい首都となった大阪では今日150年記念感謝祭が行われている。小太りの人当たりが良さそうな柔かな男性を、数え切れないほどの民衆が拍手喝采で取り囲む。


「東京のあの悍ましい光景を目の当たりにし、我々は新たな大阪を拠点にここまで数多くの試練を乗り越えた。日本はこんなに平和なのにもかかわらず他国の奴等は、その平和を打ちのめそうとしたのだ。今こそ日本国民の意識を一つにするために、皆の同意を得て作られた大阪の塔に黙祷を捧げよ」


地上から空を眺めると、そこには天まで届くかの如く聳え立つ壮大な塔が頭角を現す。


他国の大統領はテレビ越しに中継を見ながら呆れた溜息をつく。


「東京に懲りずまた歴史を日本は繰り返すつもりか。懲りない奴らだ」


学び反省することもできない、三歩歩けば忘れてしまう鳥のような日本人は掌で転がしておけばいいのだ。陽気な鼻歌をうたいながら、手元にあるホットドッグにケチャップをかけ、テレビのリモコンを消した。

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