魔法少女も今じゃ社畜

柴駱 親澄(しばらくおやすみ)

第1話

     ○


「犬飼さん、ここ、指定と全然違うじゃない」

「そのレイアウトだとバランスが変だと思いましたので、こちらで修正してみました」

「ダメだって、こっちで勝手にそんなことやっちゃ。学生のときはそういうので良かったかもしれないけどさ。わかるでしょ? そういう仕事だって、何年目? 慣れたでしょ? じゃあ納期間もないからさ、さっさと片付けて。指定通りにね。もう次のやつも一緒に出して」

 上司を殺そうと思ったのはもう何回目だろうか。昨日は言われた通りに仕事をすればデザインを分かっていないと貶されて、今日はまた違うことを言う。理不尽、社会はどこまでも理不尽であった。

 上司を殺そう、会社を燃やそう、こんな国滅ぼしてしまおう。そんなことに魔法の力を使いそうになり、思いとどまる。あの頃の純粋な私はこんなことになるだなんて全く思っていなかったのにな。

 説明が遅れました。私、犬飼アキコ、二十六歳。元・魔法少女、現在はデザイン会社勤務の社畜です。


     ○


 私が小学四年生のとき、ぬいぐるみを巨大化したような可愛い敵がこの国に襲来してきた。何故か現代兵器では太刀打ちできず、モモちゃんと名乗る謎のマスコットが私とクラスメイトの雉谷フユミ、猿渡コハルを魔法少女に半ば強制的に任命して謎のフリフリ衣装に変身させられ魔法の力とやらで戦わされた。思えば敵は必ず週一回ペースで放課後に現れたし、高校受験前にはラスボスを倒し魔法少女卒業という都合の良すぎる日々であった。何かに熱中できるというのは楽しかったし、周囲に秘密で正義の味方ができたりと優越感があったりして充実していた。しかし魔法少女を卒業してしまってからは学校生活に馴染めないままぼーっと過ごすようになり、仲が良かった(と思っている)三人も中学卒業以降はバラバラになり連絡も取らなかった。なんとなくで過ごしていた私は周りが用意してくれた環境にしがみつくように生きるしかなかった。そして現代社会の闇に流されるまま、社畜に至る。

 私たちが魔法少女を引退するとき、モモちゃんは言った。

『これからの未来で、どうしても困ったときのために、最後に一回だけ魔法が使えるように魔力をちょっと残しておいたプリ。でも無駄使いはダメだプリプリー☆』

 納得のいかない人生のために、私利私欲のために最後の魔法を使うのはためらわれる。でも、ついつい発動しかけてしまうのだ。あの社会生活を乱す敵よりも、社会のほうがよっぽど厄介なのだから。あのとき必死に守った街に、価値はあるのだろうか?


     ○


 データの修正をしているとマウスポインタが虹色のぐるぐるになった。しばらく待っても変わらない。

『予期せぬエラーが発生しました。イラストレーターを終了します』

「ああああああああ予期せぬじゃねえよ! もう何回目だよ学習しろよポンコツがああああああああああああああああ!」

 こんな独り言を叫んでも周りの社員は誰も反応しない。もう慣れっこなのだ。ちなみに現在午後九時、社員はとっくに退勤して誰も残業していないことになっている。タイムカード上ではな、ファ●ク!

 細かくデータを保存しておいて助かったが、結局終電まで仕事してしまった。まだ残っている社員にエールを送りつつ退勤。もう一件は明日朝早く出勤して上司が来るまでにざっくり形にしておこう。営業がホイホイと安く仕事を請け負うものだから、こちらは毎日がほぼ納期だ。大学ではかっちょいい映画のポスターや一流雑誌の表紙なんかに携われると夢見ていたのに、今は誰が見るかわからん悪徳商法まがいの広告チラシやヒット商品の後追い二番煎じパクリ商品のパッケージとかそんなんばかりだ。こんな仕事に意味なんか見い出せるはずがない。

 辞めたいとは何度だって思った。でも私には辞めた後何がしたいかが全くわからなかった。またデザイン関係の仕事に就きたいと思えない。この街に残ってとりあえずバイト、でもそれは答えを先延ばしにしているだけ。実家に戻る、両親のプレッシャーに耐えられるわけがない。大学卒業を機に遠距離になって自然消滅した彼氏のところへ、……どうせ白人美女の巨乳に目がくらんでいるに違いない。そうやって私の頭の中も虹色のぐるぐるになり、思考を停止するのだ。少ない賃金でなんとか生き延びるしか選択肢がない。

 深夜帰宅の私を受け入れてくれるのは二十四時間営業のコンビニか牛丼屋くらいだ。入社したての頃はまだスーパーの半額弁当が買えたんだけどなあ、と思いながら今日も栄養ドリンクと発泡酒を買ってしまう。出費がかさむのはわかるけども依存しないとやってられない。

 薄暗い、片付いていない一人暮らしのアパートに戻るたび虚しさがこみ上げる。ペットとか飼ってみたいけど絶対に餓死させる自信がある。

 スーツを脱ぎ散らかし化粧を落としシャワーを浴びて、発泡酒を一口。染み入るこの瞬間だけが私に生きている実感をくれた。晩酌しながらテレビを眺めて寝落ちする生活サイクルが定着してしまった。厳格な母親が知ったら絶対怒られなあコレ。

 深夜番組ではネットアイドル特集というものをやっていた。思わず私は吹き出しそうになる。かつて一緒に魔法少女をやっていた猿渡コハルが出演しているではないか。

「魔法☆天使コハル、十八歳っておいおいサバ読みすぎだろお前。最近のテレビの画質じゃその化粧の濃さで誤魔化してるのバレバレだっつーの!」

 軽く酔っ払いながら私はテレビにツッコミを入れる。一時は楽しいが後で冷静になると寂しいものである。私は衝動的にコハルについてネットで調べてみた。どうやら歌ったり踊ったりアニメキャラのコスプレなんかしたりするネット活動でそこそこ人気があるらしい。高校時代はいじめられて引きこもっていただとか、リストカット跡を隠すために手首は必ず隠すとか、メンヘラ発言が多いとか噂程度の情報も書き込まれていたが私にはそれが真実だとわかり胸が痛くなった。確かにコハルは昔から可愛い容姿に自信を持っていてお嬢様キャラを通していた。やや難ありの性格で男女共に引っ掛ってくる輩はいたが高校になれば丸くなってうまくやると思っていたのに。

「あちゃー、でも自分を貫き通してるみたいですごいなー。あと画像編集技術もすごいなー」

 今は人前で自分を表現することを生きがいとし、私の住む街の近くでもライブ活動を近日行うみたいだ。久しぶりに会いに行ってみようかな、私のこと覚えていてくれるか不安だけど。それが寝る前の最後の意識だった。翌朝、アラームを設定していないことにめちゃくちゃ後悔した。


     ○


 土曜日の夜、自分の仕事はなんとか終わらせたものの、仕事が遅い先輩のヘルプをやらされることになり帰宅できたのは日曜日の朝であった。この日はようやくの休日なので構わず朝ビールする。たまんねー!

 テレビでは朝アニメを放映していた。深夜アニメと違い子供向けの夢のある内容である。魔法少女ほにゃららシリーズも長いなー、最近戦闘描写のクオリティ高すぎるだろーと私は独り言をつぶやいていく。画面の中の女の子たちはキラキラと輝いて、この世界にはなんの汚れもないと信じきっている。敵との対決シーンで私は大人気なく声に出して応援していた。

「私だってまだまだ魔法少女なんだからー!」

 シーンに関係なく私はボロボロと泣き出した。もうアニメの内容は頭に入ってこない。感情のまま涙を流す。お願い、あの幸せだった頃に戻りたい!


     ●


 何か大きな揺れのようなものを感じて目を覚ました。何やら外が騒がしい。ベランダに出てみるとたくさんの人たちが何かから慌てて逃げている様子だった。見覚えのある巨大な黒い影。あのファンシーな巨大生物は、かつて私たちが戦った敵だった。

「また現れたんだ……」

 驚きつつも、私はちょっと嬉しかった。敵は道路なんか無視して建物を壊しながら突き進む。目からビームを出す。会社のある方角一帯が炎上した。

「いえーい! やっちゃえー!」

 奴らにミサイルは効かない。戦闘機は虫みたく簡単に叩き落される。人間に勝ち目なんかないのだ。私は大声で敵を応援していた。何かに酔っていた。敵は私のいるアパートも攻撃してきた。崩れた瓦礫の山から這い出す。私は大丈夫だったが近所の人たちは崩壊した建物の下敷きになっていた。助けを呼ぶ声が呻く。私は冷静になり、恐れた。私の役目を果たさなくちゃ! 最後の魔法を信じ、私は変身を試みた。

 しかし私の変身した姿は魔法少女ではなく敵と同じ格好であった。おかしい。眼前にはかつての私たちと同じ衣装を着た魔法少女たちがいた。ステッキを振りかざし、こちらに魔法攻撃をしてくる。そうか、私たちの時代なんてとっくに終わってるんだった。

 お願い、馬鹿な大人を許して。怪物の声が少女たちに届くはずはなかった。


     ○


 目覚めれば私は缶ビールを握り締めたままベッドに突っ伏していた。窓からオレンジの斜光が差し込む。外の景色に敵はおらず、崩壊した建物もなく街は相変わらずそのままで平和そのものだった。

「夢かよ。ていうかもう夕方かよ!」

 せっかくの休日、やりたいことは色々あったのに何もできずにほぼ寝て終わってしまった。それにしても嫌な夢だった。気分が悪いので私は新しい缶ビール片手に近くの公園に向かった。おまわりさんに職質されませんように。

 公園のベンチでビールを飲みながらボンヤリしていると足元にボールが転がってくる。受け取り、走り寄ってくる幼女に手渡す。小さな声でお礼を述べる姿は本当に可愛らしく、酔っ払っている私は調子に乗って頭を撫でた。ほっぺもプニプニしてやろうかと思っているとその子の母親が近づいてきた。やばい、やりすぎたか。

「ちょっと、すみません」

 金髪にジャージ、少し怖そうな雰囲気の母親。私も人のこと言えない格好だが、少し関わりたくなかった。

「あれ、もしかしてアキコじゃない?」

 もしかして高校のときのヤンキーグループの誰かだろうか。気まずいぞ。

「覚えてるかな? ほら、一緒に魔法少女やってた雉谷フユミ」

「え、マジで」

 私の知っているフユミは地味でメガネで大人しくて、教室の隅でいつも読書しているような女の子であった。別人じゃないか? でも魔法少女のことを知っている人間なんて三人以外誰もいない。

「私クソ地味だったからさ、自分変えたくて高校デビューしてみたらちょっと路線間違えたみたいで」

「ちょっとていうか……」

「そのとおり、外面だけ気張っても中身は中途半端なままだったからさ。流されるまま無責任な男にホイホイされて、今はシングルマザーです」

 フユミは私の隣に腰掛け、あっけからかんとこれまでを喋ってくれた。娘ちゃんは砂遊びに夢中だ。

「あの子、いくつ?」

「今年で六つ。子供ってさ、手はかかるけどやっぱ世界で一番可愛いね」

 正直、フユミも私と同じように社会の窮屈さに疲弊してると思った。確かに苦労はしてきたと思うんだけど、それでも生き生きしている。

「アキコも公園でビールってなかなかおっさんになったよね。無職?」

「働いてます! まあクソみたいなことしかしてない社畜だけどねー」

 久しぶりに気兼ねなく話せる相手に会えて、互いに会話が弾んだ。友達と喋るだなんてここ最近全くなかったのだ。

「フユミはさ、モモちゃんが言っていた最後の魔法ってもう使った?」

「そういえばそんなこと言ってたね」

「ってことはまだ?」

「うん、たぶん使うにしても子供が本当に困ったときとかかなあ? というかまだ魔法が使えるなんて信じられる?」

「うーん、ビミョー……。でもさ、私社畜だからしょっちゅう色んなことにムシャクシャしてて、その度に地球爆発しろって思っちゃうんだよね」

「何それ、下手したらアキコの不機嫌で世界滅亡って」

「世界ってさ、全力で守った意味あったと思う?」

 フユミは黙って目を伏せた。

「……全然関係ないけどさ、うちの子めちゃくちゃ可愛くない?」

 いきなりの親バカ発言。

「私にはそれだけの理由で十分かなー、あと今日は久々にアキコに会えて嬉しかった」

 おい、照れるだろ。

「私たちが全力で戦ったことって誰も知らないし誰も褒めてくれなかったし。でも不思議と不満はなかったでしょ?」

「うん、ただ毎日が楽しかったから」

「あとさ、魔法少女だけが特別じゃなくてさ、普段の何気ない仕事も誰かを助けて生かしてるんだと思うよ。私は子育てしてなんとなくそう思うようになった」

「私の仕事も?」

「ま、自分が苦しんでたんじゃ周りも見えないさ。転職転職! 一緒に鶏の屠殺しようよ」

「えぐいのは無理~」

 心が軽くなって、笑えた。人生は自分だけのものじゃないって当たり前のことだよね。独りじゃないんだ。

「ねえ、これから飲みに行こうよ」

「あんたもうベロベロじゃん。また今度ね」

「やだー! さみしー! そうだ、コハルも誘ってさ。あの子今ネットアイドルやってんだよ」

「アイドル?」

「年齢ごまかしてんの! 今度ライブ近くでやるみたいだから冷やかしに行こうぜー」

「いい迷惑だけど楽しそうかも!」

 なんだっけ、ラスボスを倒したときの必殺技は友情パワーが満たされないと発動できないとかなんとか。しばらく魔法は使わなくても、なんとか生きていけるんじゃないかって思えてきた。もしかしたら、三人また巡り会えることが魔法のような奇跡かもしれない。世界は色を取り戻し、ちょっとだけ美しく思えた。

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