シーン4 二人の教授

「まるで、双子みたいですね」


 四ツ谷で地下鉄に乗り換えた私は後楽園で降りて、神崎の研究室を訪ねていた。入って正面に開口の大きな窓がある。見えるのは後楽園のジェットコースターやドーム。執務机は景色が見えるように置かれており、神崎は椅子ごと振り返ってこちらを向いていた。背が高く。椅子に座ると猫背になる。黒縁の眼鏡が下がってくるのであろうか、鼻当てを指で押し上げながら答える。


「ええ、実際、僕もそんな気分です」


 数多の拡張現実アストラルの本が壁一面を覆う。向かい合って腰掛ける私との間にも何人も座につけるような清潔な机がある。学生の指導に使うのだろう。


「お茶で構いませんか?」


 同じ声、同じように甘いマスク。もう一人の神崎がに壁の書棚アストラルに重なって隠れている冷蔵庫を開ける。扉の裏に入った麦茶のペットボトルを取り出して、机の上の三つのマグカップに注いだ。着ている物も、着崩し方も瓜二つ。どちらも首にはちゃんとアダプタ適合機を纏っているのがワイシャツの襟の下に見える。


 神崎 賢哉はここC大学で人工知能に付いて研究していると語った。私達の生活にはサーバーに遠隔操作される義体が欠かせない。クロエと行くファミレス。街中のコンビニ。行きつけの洋服屋。彼らは時にアンドロイドと呼ばれる。プログラムは同時に複数の体を操り、接客する。


「つまり、片方はコンピュータに制御された義体なんですね」

「そうです。最近では、学生も見分けが付かない」

「だから、講義を変わりに行うこともあります」


 交互に一方が喋り、片方が微笑む。趣味が悪い。頭が痛くなりそうだ。


「でも、法律では、非制限人工知能に加えて、限りなく人間に近いそれも研究してはならないのではありませんでしたか?」

「正確には違いますね」

「倫理的な観点から、人間のように感じ、考える人工知能は禁止されています」

「幾つかの禁止された手法を用いずに限りなく人間らしく見えて受け答えする」

「また人の思考や感性を理解して対応する。このアプローチは禁止されておらず、需要があり、さらに研究する余地のある分野です」


 互いに一方の発言を引き継ぐ形で発言する。段々どちらと話しているのか分からなくなる。


「失礼ですが、どちらがご本人ですか? 流石に困惑します。学生さんは慣れてらっしゃるんでしょうけど」


「失礼なのはお前だ」と思いながら、私は申し訳なげにして口にした。


「これはすいません。普段このままの生活をしているので配慮に欠けました」


 お茶を注いだ後、机のわきに立っていた方が答えて、椅子に座る。正面の神崎はお茶を口にする。


「本題にうつりましょう。夏雄の件で見えられたんですよね。私も彼の行方を心配しています。ぜひ協力させてほしいのです」

「ということは、神崎さんも吉川さんと連絡が取れないんですね」

「そうです。ですが是非とも彼に伝えて欲しいんです。当面の生活費が必要なら貸すことが出来るし、新たに事業を起こすなら出資する用意があると」


 私の顔に落胆の気配でも浮かんだのか、察するように続けた。


「それから、依頼主にはなれると思いましてね。お困りでしょう。娘さんは、未成年なんですよね」

「探偵行法上の制約、ご存じなんですね」


 これは有り難かったけど、少し迷った。正式に依頼を受けるなら「文月探偵社」を通さなければならない。ライセンスの無い私が受ければそれこそ違法になる。


「有り難いお申し出です。念のため確認させてください。吉川さんにお金をお貸しじゃありませんよね」

「平気ですよ。ずいぶん、夏雄とは連絡を取っていませんでした。SNSで再会して会社関する書き込みは拝見していたんですけれどね。なので誓って娘さんと利益相反することはないと思います」


 現在のお財布状況的に。経費は落としたい。それに仕事に結びついたのだから、営業した分、吹っ掛けよう。いや言いくるめて取ってやろう。そう思い浮かべつつ、不良老人の渋い顔を思い浮かべると、自然と顔がほころんだ。


「助かります。これで動きやすくなりそうです。後で見積もりをお送りしますね」

「それと此方を」


 神崎は名刺を私に差し出した。見ると吉川の会社のロゴと連絡先の下に、橋田博子と名前があった。


「こちらの方は?」

「夏雄の会社で役員をされていた方です。去年の夏、展示会に参加した時にブースにいらしたのがご縁で何度か食事をさせていただきました。ひょっとすると何かご存じかも。会社の経営に関しても、こぼしてらっしゃいました。詳しくはご本人にお尋ねになられるといいでしょう」


 私がそれをアドレス帳のウインドウに置くと、リストに追加されて、名刺は消えた。


「情報提供ありがとうございます」

「いやいや、私が依頼させていただいているワケですから」

「そうでしたね、忘れずに見積もりを送ります」


 私達を見ている正面の神崎と目が合う。彼は軽く会釈をした。


「ところで、吉川ご夫妻とはどういうご関係ですか。学生時代のお友達なんですよね、よかったらお二人のこと聞かせてください」


「私と夏雄と春香は、同じ専攻で似たような研究をしてました。専門的なことを徹夜で議論したり、飲んだり、遊びにいったり、三人で良く馬鹿なことをしたものです。春香は学部一の才媛でした。本人の美貌もさることながら、理系には女性が少ないですからね。大層もてました」


 思い出したように笑う


「半面、夏雄は、そこそこ出来るんですがちょっと研究ではパッとしませんでしたね。でも実務能力に優れた男で当時の指導教官から色々頼まれていましたね」

「お二人の馴れ初めは、夏雄さんからアプローチされたんですか」

「いやそれが違うんですよ、むしろ春香の方が熱心でしてね 比較的お堅い夏雄が口説かれ陥落した様子でしたよ」

「その…。奥さん情熱家なんでしょうね」

「いやどうなんでしょうね、普段はクールでしたよ。むろん、研究には並々ならぬ情熱を注いでいました。まぁだけど彼女が浮気していた訳ですよね」

「意外ですか?」

「当時の夏雄へのアプローチを知っているとね。彼は大学を修士を中退してから、起業しました。二人の式はその直後でしたね。春香は、結局、博士課程終わってすぐに、ノヴァーリス・システムに研究者として採用されましてね それが16年前ですね」


 神崎は窓の外を見やって、遠い目をする。正面の神崎は学会誌らしきものに目を落としていたのをふっと目を上げて言った。


「しかし、今日まで、そんな大きな娘さんが育っているとは存じませんでした。考えれば当然ですよね年齢的に。是非、お目にかかりたいものです。きっと利発でな方でしょうから」


 私はまた、どちらが神崎准教授なのか分からなくなった。

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探偵少女エリカと拡張された事件簿 秋吉洋臣 @lesaria

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