第2話

「ヒューマンエラー」「あみぐるみ」「炭火」でお願いします


 炭火の専門学校に入学してから半年になる。妻からは定年してからの習い事は意味がないと嘲笑されたが私は炭火のプロとして一から勉強したいのだ。年齢の壁みたいなものも最近では低くなりつつもある。現代は年寄には追い風の時代なのだ。

「今日の授業は、あみぐるみの炭についてですが、誰かこの炭について何か知っている方はいますか?」

 ホワイトボードに、熊の絵を描きながら三野講師が訊ねる。二月に結婚したばかりのこの講師は極端に色気を増していて、私でさえいきなり発情してしまう程だ。

「先生。そもそも、あみぐるみは現在の法令でポリエステル35%、アクリル52%、羊毛13%の毛糸を使用することが推称されていますが、市場に出回っているものには、その殆んどがポリエステルとアクリル素材で出来た粗悪品も多いです。そのような熱に非常に弱い粗悪品では炭化させること自体が困難なのでは?」

 静かに手をあげた女生徒が逆三角のシャープで端整な顔立ちの中心にある縁のない眼鏡を指先でズリ上げながら訊いた。この女性もまた先週新しい彼氏が出来たばかりで、知的で聡明なイメージの中に隠された艶が最近になって開花された。

「でも、私はあみぐるみの炭火で作られた串焼きを食べたことがあるよ」

 眼鏡の隣に座る豊満な身体が魅力的な熟女が呟く。正しく熟女は、こうあるべきだと言わんばかりのそのふくよかな肉体には幾度となく貪りつきたい衝動に駈られてしまう。

「美味しかったな……」

 熟女が呟くと、「私も食べた」とか「美味しかった」と、若くて艶のある声が幾重にも重なって、私は、もう、悶絶しそうな程に興奮勃起して、堪らずモゾモゾと股間に手をやる。

 それに気付いた講師が、私に微笑む。自らの真っ赤な口紅をひいた唇を舐めて、トロンとした甘い視線を私に向ける

「今日も、野田さんはヒューマンエラーを発症したようですので皆さんは気にせず授業を続けましょう」

 言った後で、講師が私の隣に来て屈み込む。私は喘ぎながらズボンを下ろして陰径を握り締める。講師は私が果てる迄、私の股間に注視するだろう。私は自分が燃え尽きる迄、握り締めたものを擦り続ける。

 炭火のように燻り続けていた平凡で従順な生き方を棄てて、燃え尽きて灰になる迄それを擦り続ける。

 私は炭火のように最後の最後まで自らを燃やし続けるプロになる。



おわり






 

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