第33話

「意外でしたよ。ブライアントさんがあんな風に感じていたなんて」

「どうだろうな・・・・・」

自分でもあそこまであけすけの赤裸々に語るつもりなど無かったんだが、それもテクスス人相手に。

だから自分自身に驚いている。もちろんそんなことはおくびにも出さないが。

「こんな時は何て言うんですか?南部のリッジマンデの言葉で」

唐突にロイが質問した。少し驚いたが同時に自分の故郷について興味を持ってくれるのが嬉しいとも思い軽口でこう言った。

「そうだな・・・・ I got made it!かな?こんなうまい具合に事が運んだんだから」

そしてロイがにっこり笑って繰り返した。


荷を用意をさせている間ジョーは何もせずに黙っているつもりはなかった。広い敷地内を暫く歩くと兵士たちが方々でだべって話をしたり煙草を吸ったり、その上基地内には売店もある。そこでホットドッグを買ってかぶりついている奴らもいる。どうやらいい感じで基地の風紀は乱れているようだ。

ここにいる人間を観察することがジョーの目的ではない。彼の目的は敷地の丁度中央にある大きな建物だった。コンクリートで頑丈に防御されているそこは重要機密情報の保管場所だった。彼にはここで調べ物をする必要があった。

「失礼ですが入場許可証をお持ちでしょうか?」

よく訓練されていると一目で分かる兵士2名が入り口でジョーを呼び止める。ここが基地内の最後の良心かもしれない。

「お前、名前は?」

ジョーは眉根をキッと上げて威圧するように相手の名前と所属を尋ねる。彼らには職務と矜持があるだろうがそれを徹底的に破壊したい。それこそルールではなく自分に縛られる存在にしておきたいからだ。

「は、ハポン要塞情報統合戦略部付きマイケル・ブラッド軍曹であります」

「同じく戦略部付きジャレッド・ドリー伍長であります」

「そうか、職務ご苦労。わたしは知っていると思うが特務指導監だ。許可証は持ち合わせていないがクロフォード卿直々の任命証を賜っている」

「存じ上げております。しかし、軍法により書庫内の情報は第1級機密情報が多数保管されております。許可証が無ければ入場はお認め出来ません」

頑として首を縦に振らない姿勢を見せるマイケル。ここで苛立って無理矢理入ってことを大きくしたくはない。そこでジョーは一計を案じた。

「なるほど。その責任と義務感は大変立派なものがあるがわたしとしても黙って引き下がることは出来ない。どうだ、情報の漏えいが心配ならばどちらかが中へ帯同すればいい」

「しかし我々には入場の権利がありません・・・・・・」

はーっとジョーは大げさにため息を吐いて激しいジェスチャーを駆使して大仰に語り出した。

「そうか、わたしはこの基地内の統治権の委譲を受けている。それもこれもハポン要塞の国家戦略的重要性を考慮した軍参謀本部が決定したことだ。ここでわたしの行動の総てに国家の生存戦略がかかっているのだ。この書庫内の情報の分析もその一端である。それが君によって阻止されるのは大変遺憾なことであり最終的な責任のありかも大きく変わることとなると思うが」

チラッと相手を見てジョーは脅した。要するに俺の邪魔をすれば全責任をお前に押し付けてやると言ったのだ。あっという間に相手の顔が強張りジョーの道を開けた。

「大変失礼いたしました。特使殿の任務遂行を邪魔する気など毛頭ございません」

「結構、それでは引き続き見張りを頼む」

ジョーは意気揚々書庫内へ入っていった。


中は思った通り広かった。内部には受付の係が暇そうに欠伸をしてカウンターに座っている。こんな所に訪れる人間など滅多にいないのだろう。それも珍しく女性の、司書のような小柄で眼鏡をかけた人物だった。

「失礼、軍の所有している最先端技術の研究について調べたいのだが」

紳士然として尋ねると相手は随分驚いたようだ。軍人にしては物腰が柔らかいとか感じたのだろう。若干ずれていた眼鏡を直して場所を教えてくれた。

「あー、向うの2列目の棚全部ですね。館内の見取り図もお渡ししましょうか?」

向うがはにかんできたのでジョーも笑顔を返す。

「ありがとう。そうしてもらえると助かる」

手渡しで地図を渡してきたその手を少しだけつかみ取りジョーは一言。

「こんな男くさい場所でこんなに綺麗な手に出会えるとはすばらしい幸運ですね」

パッと頬を染める相手を残してジョーは礼を言い早速棚の方へ向かった。


棚の上には数百というファイルが所狭しと並んでおり、ファイルの中にはまた数百という資料が収納されている。この中から目当ての物を見つけるのは骨が折れるぞとジョーは舌打ちをした。

望みの物はこの国ではそれほど普及していないものだ。それも大半は軍隊所有だ。だが今回の計画にはどうしてもそれが必要である。

「お、こいつか」

手に取った資料はテクススの車両製造研究に関する報告書だ。それこそジョーが求めていたものだ。

テクスス人の大半の移動手段となっているのは馬車だ。特に貴族などは好んで使う。少し高みから庶民の暮らしを眺めるのは言い知れぬ快感があるのだろう。だが、戦地や基地では物資や兵士の輸送の効率という観点から積極的に自動車が導入されており配備も進んでいる。

「どこかで1台調達したいところだな」

しかし、市販はおろか貴族階級にさえ普及していないものだ。その理由が資料から推測できる。どうやら基礎研究も発展していて製造も可能なのに普及しない背景にはクロフォードが絡んでいるらしい。

毎年の予算申請である年までは年々増加が認可されているのに対してそれ以降予算の増額はされていない。その年とはクロフォードがファーマー家の当主になっている。

だが、それではまだ疑問が残る。クロフォードは性格的にかなり合理的な人間だ。馬より便利な自動車への移行をなぜ阻止する?実際有用性が認められたから軍隊では使用されているのだ。それを知るためにはこの国の政治体制についてもっと知る必要があった。その為にはもっと資料が必要だった。ジョーが資料を取りに立ち上がろうとすると横から急に声を掛けられた。

「あ、あの」

流石に驚いて手に持っていた紙の束を投げ出しかけたがすんでのところで踏みとどまった。声の主はさっきの女性だ。いつの間に近づいたんだ?驚いたのを取り繕って何とか威厳がありそうなふりをする。

「あぁえーっと名前は窺っていませんでしたね?」

「あ、すみません。メアリー・ラウリーです。急にお声がけしてすみませんでした。ただ、何かお探しの様子でしたのでお力になればと思いまして。ところでその・・・・汗、すごいですよ」

リスのように小首をかしげてハンカチを差し出して来た。お前が急に声をかけたせいで焦ったんだろ、そう言ってやりたいがどうも調子が狂う。今までこんなタイプの女は苦手だから避けがちだった。

「あぁありがとう。メアリーそれじゃ少し用事を頼んでいいかい?ファーマー家に関する資料なんかがあれば持って来てほしいんだけど」

「ファーマー家ですか。それなら多分第3列の棚にありますよ。持ってきますね」

トコトコと一生懸命歩いていく後姿はある意味笑える。だが、持ってきた資料に目を通すと笑えない事実が浮かび上がった。

「一体なんだよこりゃぁ?」

流石に大貴族の雄とも言うべき立派な家系図だ。蜘蛛の巣のように細かくびっしりと見開きに名前と線が書き込まれている。歴代当主は赤字で、それ以外にも重要と思われる人物は目立つように太文字で記されている。権力の源がここに集約されているのだ。特に数人は王族との婚姻関係もあるほど立派なものだ。

次のページにいくと歴代当主がそれぞれどういった業績を残したか、ページごとに1当主が組み込まれている。大してない奴から素晴らしい偉業を成し遂げた男まで。

だが、クロフォードの父、ビル・ファーマーのページだけ存在しない。

いや、正確には切り取られた跡が残っている。確かに昔はあったのだろうが、人為的に消失させられていた。

「それですか。実はですね、国の命令で先代のビル・ファーマー様の記録の大半が公文書として存在しない状態になっているんですよ」

メアリーはこともなげに言った。だが、ジョーにも思い当たる節がある。それは以前ブライアントや真と話していた時のことだ。確か、国内での評価が大きく分かれている人物であるとは聞いていた。それにクロフォードとの折り合いも家族中では悪かったことも。

だが意趣返しにしてはやり過ぎだ。

「彼の、ファーマー氏に関しての情報はもう残っていないのか?」

「それが、現在この書庫には存在しません」

悪くもないのに済まなそうな顔をメアリーはする。

「・・・・・・うん、分かったよ」

うわの空でジョーは返答する。手元にある別の資料を見返すと車両製造の基礎研究が大幅に進んでいる陰には確実にこの男が関わっているはずだ。言うなれば自動車の生みの親。その功績は評価されて然るべきだというのに。

技術的な評価を下せる知識は持ち合わせていないが、図面だけを見ると自動車の構造は正しいだろう。

その時パッとあるアイディアが頭を突き抜けた。ジョーは持ってきたデータをひっくり返して1番下にあった初期段階の研究ノートを掘り起こす。これだけ手書きである理由は恐らく本人が寄贈したのだろう。あり得ない話じゃない。自動車に関することだから没収を免れたのだろう。

走り書きされたノートは専門用語や数値が奔放に紙面を覆っていた。もちろん内容を理解することなどできないがどこかに手がかりはないだろうか?

これだけのデータを詳細に取るためにはどこか研究室のようなものが必要だ。

もしそこが閉鎖されずに残っていれば、もしかしたら試作段階の車が残されているかもしれない。

今度は王国各地の地図を睨みながら各地の生産拠点を洗い出す。首都近郊には存在しないし、クロフォードの所領も同様だ。大半が北部の国境付近に集中している。だがどれもこれも数百キロは離れている。日常的に出向くのは不可能だ。

「ビル・ファーマー様のことについて調べているのですか?」

まただ、いつの間にか隣に来て一緒に地図を見ている。その気配のなさというか遠慮のなさに少し辟易してジョーは答える。

「そうだ、何か彼とこの自動車研究に関する情報がないか?」

「そう言えばほら、覚えていますか?初めてテクススに王立の研究工場が竣工されたとき大々的に報道されてましたよ」

全然覚えていないが、というか初耳だがさも思い出したかのようにぴしゃりと額を叩く。全く小芝居には疲れるもんだ。

「その時の報道記事は残っているか?」

「残念ながらそれも処分されてしまいました」

また振出か。遅々として進まないこの作業に嫌気がさしてメアリーに八つ当たりしそうになったが何とか堪えた。

「他には、そうですねぇ・・・・・・あ、そう言えば」

顎に指を当てながらメアリーは考え込む。そして何か思い出したようだ。次の一言はまさに天啓だった。

「この資料なんですけどね、自動車史をまとめたこの年表に発明者の名前が載っていますよ」

そんな名前だけ言われてもどうしようもないと半ば諦観がこもった瞳を向けたジョーだったがそこに記されていた名前は意外なものだった。

確かに、ビル・ファーマーその人の名前は残っている。だがその隣に記されたもう一人の女性の名前に見覚えがあった。

「テレサ・マルシェラ・・・・この女」

そう言ってジョーはさっきの家系図に戻る。歴代当主以外にも太文字で記された重要人物。その中に彼女の名前が残っている。

やっぱりだ。現国王ジョンの横に二重線で繋がっている名前がテレサ・マルシェラ、その人だ。ということは王妃ということなのか?

「どうしました?何か分かりましたか?」

ジョーはその質問には答えず黙考する。確か王族についてもブライアントが言っていた気がする。歴代でも屈指の愚王と評判高いジョン王だがその家族関係も謎に包まれている。それが国民の不信感を煽っていると。

なら今度は王家の家系図が必要だ。裏を取りたい。そう考えに耽っているとピッと指の先で眉間のあたりを突かれた。

「もう、どうして黙っちゃうんですか??そんな顔してたら怖いですよー、だ」

またか、メアリーの見た目に似つかわしくない積極性に苛立ち驚きの方が募った。この基地で俺にビビらずにここまで接近してくる奴は男女含めて彼女くらいしかいないだろう。

「悪い、別に無視した訳じゃない。ところで王家の家系図は残っているか?」

「あ、それなら一緒に持ってきましたよ。入り用かと思いまして」

準備がバカにいい。流石書庫とはいえ軍の施設で働いているだけのことはある。意外な有能性を見て、ジョーの中ではメアリーの評価が少し高まった。

受け取った家系図を慎重に広げて裏が取れた。確かにジョン王の正室はテレサ・マルシェラとなっている。だが2人の間に子供はいないようだ。

「ジョン王についてどう思う?」

何気ない質問だが、相手は動揺したようだ。よく考えれば今の自分は監察官だ。ヘタなことをぽろっと喋ったら拘留も出来る身分だ。それに警戒したのかさっきまでとはうってかわって口が重い。

「メアリー、別に君を罰するつもりはない。ただ率直な意見を聞きたいだけだ。思った通り話してくれて構わない」

なるべく優しい声を出すように努めてその思い口を割った。メアリーはまず世間一般の評価を口にした。彼には政治的決定力が不足しているだとか、貴族集団をまとめ上げる威厳が無いだとか。

「そもそもテクススの政治体制にも問題はあると思います。国王様の責任だけではありませんので。王国と言っても貴族階級の方々がそれぞれ所領を持ち直轄地は全体の1/3程度ですので。後はファーマー家を初めとする大貴族たちの合議制で国家運営してますし、更にそこで派閥争いも・・・・」

「お妃については?」

いよいよ探りを入れていく。するとこの質問には女性特有の噂に対するある種異常な関心を孕んだ目つきで喜々として語り出した。

「正直、私たち下々の者にとっては政治は難しくて分かりませんが、でも一番の関心ごとがここにあると思うんです。だって、亡くなったお妃さまの出自も少し変わっていましたもの」

なるほどとうなずきながら話の続きを促す。2人の間で秘密を共有するかのように彼女は声を潜めて続きを言った。

「だって、お妃のテレサ・マルシェラ様は確かにファーマー家に連なる人ですけど分家の方です。貴族とはいえ余りにも身分が低いです。それに、あくまで噂ですけど貴族の子女らしくなくてかなり奔放な方だと窺ってます。学問的な素養もあったらしくて国内の学校教育整備にかなりご尽力されたとか。それに・・・・こ、これも噂ですけど、ビル・ファーマー様とはご実家同士のつながりで大変懇意にされていたそうで、お二人ともご結婚な査定ましたが、テレサ様がよく邸宅の方へ行かれていたと聞いてます」

なるほど、クロフォードが嫌うわけだ。親父が家に堂々と女を連れ込んでいたらな。

「ただ、ある時期からそう言った交流は控えなさったみたいでお世継ぎも生まれるのではないかと言った噂もありましたけど、結局なしのつぶてで。お存じでしょけど、数年前から体調を崩されたとかでご公務もままならず去年国葬が執り行われました」

悲しそうな顔をして最後を締めくくった。だが、ジョーにしてみれば抱き着いて喜びたい話だ。これで話がようやく前に進んだ。

ビル・ファーマーが潤沢な資金を研究に投入できたのはこのパイプがあったからだ。

そして、ここから先は想像だが、テレサ・マルシェラが交流を控えたのも子供が出来たからじゃない。

出来たのは子供じゃなくて自動車の原型だ。

そしてその後大金を投じて実用化がほぼ確実になった自動車の応用研究へと入っていったのだ。この事実と仮説がジョーに大胆な考えを呼び起こさせた。

ならば、頻繁に交流していたのはなぜか?それこそクロフォードの屋敷のどこかで研究を共同で行っていたからではないのか?

こうなると研究ノートを笑えない話だが、徹底的に研究する必要がある。場所を示しそうなところを徹底分析して細かく判断しなければならない。その為にはもう一芝居打つ必要がある。

「それじゃ取りあえずこのノートを持ち帰って少し調べてみようと思うよ」

小脇にノートを抱えてジョーは立ち去ろうとする。するとメアリーは困り顔をして返答した。

「すみません、ここの資料は持ち出し禁止でして。調べるぶんには構わないんですけど」

ジョーは少し長めにため息を吐いて残念そうに首を左右に振った。我ながらいい出来だ。役者にでも転職しようか?

「メアリー、正直な話ここで調べる限りのことは大体調べたんだ。でも、それでもう2度とここに来ない、君とお別れじゃ寂しい限りだろ?だから明日もこのノートを返すためにここに戻ってくるという口実が欲しくてね・・・・・・何て言ったって私は特別監察監だから、職務多忙で中々こういった楽しい時間を取れないんだよ」

長身を屈めて目線を合わせながら顔の表情豊かに憐れみを誘ってみる。自分で自分ことをおぞましいと思いながらもこれが計画のためだと言い聞かせ、鞭打って実行する。

メアリーには効果てきめんだった。まぁこんな男男している環境じゃこういった簡単な配慮すら出来る奴の絶対数が少ないんだろうな。

「絶対、絶対返しに来てくださいね!そうじゃないとあたし・・・・怒られちゃいますから。明日には必ず、ですよ」

「分かっているよメアリー。ありがとう。わたしの為にこんなことまでしてくれて」

ウインクしてぼおーっと赤い顔をしているメアリーを残してジョーはまんまとノート1冊の持ち出しに成功した。

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