第32話
クロフォードの屋敷はそれにしても広い。廊下を通して左右に部屋がズラリと並んでいる。若干腹が立つのはドアノブ1つ1つが意匠を凝らした出来であることだ。金銀細工の細やかな模様が彫り込まれておりなるほどこれが貴族の邸宅かっという理想を体現しているかのようだった。だがそれらに見とれている暇は無い。ただでさえ不法侵入者だ。それを南部人のブライアントがやっているとなると・・・・・・怖気と寒気が同時に襲って来た。
急に目の前のドアがガチャっと開いて後ろ向きでメイドが1人出てきた。体が凍り付いたように動けなくなる。マズイ、ここで見られて悲鳴でも上げられたら・・・・。
ブライアントの脳内に瞬時に2つの選択肢が上がった。1つはこのままそろーっと退却する。こいつがこっちを振り返る前に安全地帯へ逃れるのだ。そしてもう1つは少し荒っぽい手段になるかもしれないがこのまま近づいて悲鳴を上げる前に気絶させて部屋に隠してミラーノの元まで向かう。ええい、迷っている暇は無い。後者の方が手っ取り早いと近づこうとした瞬間、まるで誰かに引っぱられるかのようにメイドが部屋の奥へと消えた。と同時にドアもバタンと閉まって一気に危機を脱した。地獄から天国へと超速の落下と上昇をしたことで一気に体の力が抜けて汗がドバっと噴き出した。しかし一体あの女はどうなったんだろう?不思議に思ったブライアントは止せばいいのに近寄って部屋のドアに耳を当てて中の様子を探る。
そして最高に後悔した。
「あ、ダメですぅ。そんなとこ、ひあっ」
「いいじゃないかマリリン。あぁ、君はそんなに積極的に・・・・」
「そこ、そこは・・・・ああああ」
「くうぅぅぅ」
死ねと本気で思ったのはいつ以来だ?
このまま突撃となりの晩御飯で部屋に押し入って2発ほど頭をぶっ叩いてやりたかったがそれをしたら事だ。しょうがないから腹いせに部屋のドアを思い切り殴って気を晴らした。その後部屋の中でドタバタと慌てふためいている音を聞いて溜飲を下げると先を急いだ。
屋敷の1番高いところだということは知っていたがそこまでたどり着いてもまだまだ部屋が多い。しかしすぐにどこがミラーノの私室かは分かった。部屋の外で捨てられた子犬のような顔をした。何も聞かずにドアをひたすらノックする。最初はコンコンと弱くノックしていたが一向に反応が無いので周りに響くのもいとわずダンダンダンと大きく叩く。流石に鬱陶しくなったのか反応があった。
「帰って!あたしなんて要らないんでしょ?!臆病者に用事は無いって言ったばっかりじゃない!もう撤回する気?」
「Excuse me, but may I come in?」
(すまないが、入っても?)
「・・・・誰なの?真ね、ふざけてるんでしょ?そんな安っぽい手に乗らないわよ!」
「No! I’m not kidding. Milano. I am the one you have met before. Bryant, I have beaten your boyfriend」
(違う、ふざけちゃいない。ミラーノ、前に会ったことがあるだろ。ブライアントだ。お前の彼氏をぶちのめした)
「・・・・・・誰、今すぐ出て行って!!全くわからない!何喋ってるの?人を呼ぶわよ!!
そうか、こう言っても何を喋っているのか理解してくれないか。
「ブライアントだ。あの時真に買われてお前の連れを殴り飛ばした男だ。覚えてるか?」
暫く沈黙が続いた後でゆっくりと思い返すようにミラーノが返答する?
「あの時のデカイ黒人?どうしてここにいるの?それより何の用事?」
「とりあえず中に入れてくれないか。絶対にお前を傷つけないことを約束する。俺は他の卑怯者とは違う。約束は必ず守る男だ」
テクスス人とは違ってな、と付けない方が正解だろう。
「・・・・どうせ説得に来たんでしょうけど無駄よ。わたしはもう心に決めたの!何て言われたって構わないわ」
「唯の話さ。確かに俺はあんたを説得したいけど無理強いはしない。ただ、ほんとにチャンスが欲しいだけだ。分かってくれ。ただ聞いてくれるだけでいいんだ」
やはりダメか。何の物音もしない。これじゃ打つ手なしだ。焦って後ろのロイを見たがすっかりお手上げのようだ。半ばあきらめていると急にドアの鍵が開いた。どうやら今日はドアにツキがあるらしい。外をのぞいて真がいないことを確認するとドアを全開にしてブライアントとロイを部屋に入れた。
「Thank you very much」
(ありがとな)
「やっぱり近くで見ると大きいわ。故郷ではみんなあなたぐらいあるの?」
ドアを閉めると恐る恐る尋ねる。ミラーノでも肩くらい、ロイでもブライアントの顎に届くか届かないかくらいだ。それに体の幅が全然違う。ロイやミラーノをハムスターとするなら体感、大型のネコ科の猛獣くらい差がある。
「いや、俺だけ特にデカイんだ。それにジョーだって、かなりのじゃないか?」
言ってからマズイと思った。ミラーノの前ではジョーの話は厳禁か?だが、思ったほど悪感情の反応は無い。口元に手を当てて考え込みながら言葉を吟味している。
「そうね・・・・正直な話。私あなたちが怖かったわ。言葉も通じないし、肌も真っ黒ですごく筋肉質だし。それにいつの頃からかは分からないけどあなたたちが怖ろしい生き物だって教育を受けてた。だから初めてジョーって男に会って、誰にもあの雰囲気でいけるところが少し羨ましかったわ」
こいつは意外だ。ジョーをそういう風に見ていたとは想像もしなかった。
「そうか、実は俺もお前のことをこうして話をしてみるまで憎んでた。俺の親兄弟を苦しめてる奴らのトップだって分かってたから・・・・でも今話してみて少し考え方も変わった。先入観でものを見るのは良くないって、思った」
「・・・・・・ごめんなさい」
そうとしかミラーノには言えない。実際兄を止めようと思っても止めることも出来ないし、彼女自身が戦争に行っているわけではない。だから責任なんて一分も無いというのに。
「・・・・・・謝られたいわけじゃない。でも俺達はきっと妥協点を探り合えるはずだと思うんだ。俺はこの戦争を早く止めたいし、お前は恋人と静かな場所で幸せを掴み取りたい。そのためにはそれ相応の覚悟がいるだろ?俺は命を懸けるんだ。だからお前にも愛する人の命をかけて欲しい!俺は強制はしてない。でもきっとここが妥協点だ。そしてそのために最大限利用できるのがジョーってことだ」
「ジョーを嫌っているのも信用できないのも知っている。だけど少なくともあいつは俺たちが何年かかっても出来ないようなことをこの短期間で大幅に実現している。俺だって分かる、あいつの底知れなさと容赦のなさが恐ろしい」
「・・・・・・でも」
「これを見てくれ」
心が大分揺れているのが分かってから、打算的で卑怯だと思っても最後の切り札を切った。靴底を弄るとパカッと外れて中からプラチナ製の鎖に繋がれたエメラルドグリーンのロケットが出てきた。表面には体半分の幾何学模様的な蝶が刻まれている。
「うぁ綺麗な人ね」
褐色の健康そうな肌に大きな目。全体的に細身な印象を受けるプロポーション。ベリーショートでパーマーがかった黒髪。そして何より幸せそうな満面の笑み。その姿にミラーノは自分を重ねてしばしトリップした。こんな、こんな未来があるのだろうか?
「俺の恋人だ。戦争が無きゃ結婚する予定だった。お腹にはもう子供がいる。多分双子だ。きっと最高にキュートなベイビーになるはずだ」
「おめでとう、でも・・・・・・」
それより先は辛くて言えなった。彼が、ブライアントがまともに帰ることが出来る確率はコンマ何パーセントだろうか?そんなの、そんなのって・・・・・・。
「あぁ、だけどもしかしたら帰れるかもしれない。お前さえ頷いてくれたら!少なくとももう一度会える。その後は戦争で死ぬかもしれない!でも最期に会える。どうか俺の希望をくれ。頼むー!」
頭を地面にこすりつけて土下座に頼み込む。打算的だろうと何だろうと自分の気持ちに正直になった。俺は最期にどうしても会いたい、ただそれだけだ。
「ずるいわ!どうしてそんなこと言うの?ホントにずるいよ」
「それじゃ」
「これ以上は野暮ってもんでしょ?!」
生涯で1番かっこいい女の笑顔というやつを見た。
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