終章

 元旦。快晴。

 珍しく伊吹おろしは止んでいた。

 ほぼ満車状態の駐車場から降りた親子連れは砂浜へと歩いて行く。

 美塩(みしお)市の旅館街の前面に広がる砂浜は、ワイキキ市公認の、ワイキキビーチと名乗れる海岸だ。

 翌日の同時刻は伊良湖岬先端の恋路ヶ浜で親子連れが集まっていた。

 ただし、鈴鹿おろしと伊吹おろしが絡み合って、砂を巻き上げている。

 両日とも、それぞれの海岸で親子が手に持つのは凧。

 その六割は、渚のカッカブのキャラクター製品だ。路子の会社が樹脂部品を作っている。


 二日間に渡る凧揚げイベントは、地元を舞台にしたアニメ『渚のカッカブ』が春休みに劇場公開されることを記念した全国キャラバンの先行企画である。

 スポンサーである玩具メーカー、ユウジンが主催し、地元の旅館組合が協賛している。

 凧の殆どはTENSHOだ。


 TENSHOは玩具用の凧としてユウジンが昨年十月に発売した。

 大人の凧揚げブームを生みだした注目商品であり、高額商品ながら大人買いで品薄気味となっている。

 適度な高さで位置固定の設定をすれば、多少の風の変化でも、その凧は位置がほとんど変わらない。

 これは翔馬が開発した制御システムによって、TENSHOが形状を変化させるからだ。

 TENSHOの操作は簡単で、掌で糸巻きリールを操作するだけである。

 TENSHOの高い浮力は玩具用でも百グラム程度の機器を難なく持ち上げる。

 小型CCDカメラ搭載モデルが人気だ。

 ゴーグルタイプの装着型ヴァーチャルリアリティ用ディスプレイと組み合わせれば、自分が空に浮かんでいるような錯覚を覚える。

 このオプションセットの使用者をカイト・ウォーカーと呼ぶ。


 そんなカイト・ウォーカーも親子に混じって興じていた。

 参加者が一頻り楽しんで、ちらほらと凧を仕舞いだす頃、サプライズのイベントが始まった。


 徐(おもむろ)に一人の男性が波際まで歩いて行った。

 抱えていた物体の黒い覆いを払うと、警察庁の警ら装備として採用されているTENSHO/Pの、カスタムバージョンが登場した。


 すかさず鳴った、スマートフォンや一眼レフカメラのシャッター音が風に紛れた。

 一般人が手に入れることがでないTENSHOの持ち主とは……。


 開発者である石川祥馬(しょうま)である。


 渚のカッカブのキャラクターで彩られたTENSHOに会場は歓喜の渦となった。

 群衆の中に、慣れない一眼レフカメラを構えた彩智(さち)がいるのだが、祥馬が彼女にアイコンタクトしていることは、誰も気づかない。


 逆光を狙ってくれと祥馬から頼まれた。

 そのための撮影モードは祥馬が設定してくれたので、彩智はベストポジションで、オートフォーカスのタイミングを狙えばいい。

 太陽とTENSHO/Pが近づくポジションを探して、三脚ごとカメラを置いた。

 おおよその方向にカメラを向けて、モニターで位置決めした。

 最終チェックでファインダーを覗いた。

 えっ、と彩智は声を発した。

 彩智がファインダー越しに見たTENSHO/Pは、あの垂直離着陸機だ。


                                   終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ジモリベ 海道久麻 @kaido

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ