おわかれ・後

「今度、女の姿になったときに、これを頼む」


 出されたのは、フリーズドライ用のパックと、数本の綿棒が入った品物だった。


「DNA鑑定で、親子の証明をする。まずは、女のお前が、親子としての繋がりがしっかりある事の証明をする。話はそれからだ」


 言っている意味がよく分からない。

 ボクは袋と父さんの顔を交互にみやった。


「意味が分からないという顔だな。戸籍の問題だ。ちゃんと父さん達と親子であるという証明が出来れば、戸籍の取得が容易になる」

「それって……」

「……家族として認めていない訳ではない。こちらも少々心の準備がいる事柄だっただけだ。もし、鑑定結果で親子では無いという証明をされたとしても、養子縁組で娘として引き取る事にしている。だから、安心して、お前の好きなように生きろ」


 それは、考えてはいたけれども解決方法が分からなかった事柄で。

 そして、父さん達はその解決方法を知っていて。


「すまなかった。桜華ちゃんにお前が今にも死にそうだという話を聞かされてやっと事の重大さに気付いた。無理強いをして悪かった」

「それは……もういいよ……」


 辿り着くまでが辛かったけれど、辿り着いた後は目まぐるしく変化が訪れて自分の事を考えている余裕なんて全然無かったし。

 だからこそ乗り越えられた部分もある。


「桜華が、ボクに考える時間をくれなかったから、一番最悪の事態にはならなかったんだろうし、謝るんじゃ無くて桜華にお礼を言って」


 現状に順応するために自分の事を考える時間を極限まで減らすというのは、この場合の最善だった可能性はあるのだ。

 あの時のボクが死ぬのかと言えば、多分答えはノーであるのだろうけれど、今から考えれば桜華の必死さはあの時から端々に滲んでいた。


「でも、女のボクも家族だって認めてくれるのは素直に嬉しい」


 よそよそしさは相変わらずではあるけれど、どちらのボクも認めてくれるというのは心が晴れるような感じだ。


「そうよー。燈佳はどんな姿になったも私たちの子供なのには変わりないって言ったじゃない?」

「そうだけど……」

「なら、何を気にすることがあるの。確かに燈佳に相談も無しで、急に家から追い出すような真似をしたのは悪いと思ってるけれど、そこまでしないとどうしようもないという考えに至った事も分かって欲しいかな」


 やり方は多分、間違っていたんだろうけれど、どうにかしないといけないという気持ちはお互いにあったのは確かだ。

 父さん達は強権を使って、ボクを追い出しただけであって、そこに悪意はない。

 行動の後の結果がどうなるかなんて、誰にも分からない事である。


 だから、すまなかったと父さんが頭をさげたことで、ボクの溜飲は下がった。

 ボクに取って理不尽な事柄に腹を立てていただけなのだ。

 だから、その行為に対して、謝って貰えたなら、ボクが態度を硬化させる理由が無くなる。


「いいの?」


 ボクは聞いた。

 最悪家を追い出される覚悟をしていたのに、受け入れてもらえる事にびっくりして聞いた。


「更生のやり方は間違ってしまったが、常に燈佳の事は自分たちの子供だと思っている」

「そうよ、だから、お母さん達のことは嫌いでもいいけれど、家族である事は忘れないでね」


 柔らかく笑む二人に、今まで頑なだった自分がバカらしく思えてきた。

 ボクを追い出したのは、どうすればいいかのやり方が分からずの矯正。裏を返せばそれはボクの事を気にかけていてくれたからで……。


「は……はは……」


 苦笑が漏れる。

 胸のつかえが洗い流されるような、そんな気分だ。


「今まで、話をしなくてごめんなさい……それと、自分勝手だけれど、男のボクはいなくなります……。親不孝をゆるして下さい」


 謝罪と、懺悔と。


「今までありがとう……。それとこれからは女のボクをよろしくお願いします……」


 御礼と、懇願を。

 涙だけは見せないように、顔を伏せて言った。


「ああ、わかった。後の事は任せなさい。父さんたちもお前に随分と酷い事をしてしまった。すまない……」


 貰いたかったけど貰いたくなかった、そのすまないの一言。

 ボクの胸を打つには十分すぎた。

 耐えてきた涙が自然と溢れる。


 悪いと思ってくれていたことが嬉しくて。

 心配してくれていたのが今になってわかって。

 そして、また迷惑かけることが情けなくて。


 ボクがボクのまま違うボクになるということは、とても重要なことで。

 受け入れるには相当の勇気がいる事柄で。

 父さんたちは、自分たちのことを嫌いでもいいから、家族である事にはちがいないと教えてくれた。


 それが何よりも嬉しくて。

 引き籠もっていたボクの扱いに困っていただけなんだと言う事に気付かせてくれて。

 とても申し訳ない気持ちもあったけれど、それ以上に、ボクの事を考えてくれていたということに気付いて嬉しくなった。


「うん……。ボクも、ゴメン」


 今のボクにはそう言うだけが精一杯で、どうしても気の利いた言葉がでてこない。


「……今日は遅いからもう休みなさい」

「うん、わかった。さようなら、父さん、母さん」

「ふふっ……息子も育てられて……娘まで育てることになるなんて、母さん嬉しいわあ……」


 母さんのその台詞が、強がりだと言う事は、今のボクには痛いほど理解できた。

 だけど、それが親の維持であることも、なんとなく察したボクは、早々に部屋に戻ることにした。

 お別れを告げないといけないのは、何も桜華や両親だけじゃない。

 あと一人、これからのことで、心を痛める人がいるかもしれないから、その人のためにも、ちゃんとお別れの言葉を残さないといけないのだから……。

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