さんしゃめんだん、かっこわらい

 扉を開けるとそこには、今やっと起き出して来たかのような桜華がいた。

 勿論扉はすぐ閉めた。


「瑞貴、ちょっと待ってて?」

「お、おう……」


 玄関から廊下を覗かれないように、滑りこむようにして自宅に入り込んだボクは、寝起きのぼやーっとした表情でリビングで寛いでいる桜華の前に立つ。

 まあ、ボクと桜華の仲だから、ここが自宅のような態度になるのは仕方がないよね。

 でも起きてくるのがちょっと遅いよね?


「あら、燈佳、早かったのね」

「そりゃあねえ! 人を連れてくるって言ったじゃん!」


 台所で昼食の用意をしている母さんがめざとく気付いて、ボクに声を掛けてくる。

 ただ、ボクにとって一大事なのは、未だにパジャマの桜華である。


「桜華」

「んー?」

「立って」


 久々に怒っているのです。ボクは怒っている!


「顔恐いよ?」

「恐くもなると思います」

「なんで?」

「桜華が一番わかってると思うけど」

「しょうがない……」


 何とは言わず、言いたいことを理解してくれた桜華がよいせっと立ち上がり、リビングから出て行く。

 分かってくれてよかった。分かってくれなかったら実力行使も辞さないところだった。


「瑞貴を誘惑するような格好しないでね!」

「私がするわけないでしょ……」


 念を押してみたけれど、呆れた様な物言いで部屋へと戻ってくれた。

 それでも不安しかない……。


「何も追い返さなくても……」

「母さん、母さんへの来客中にボクがパジャマだったらどうですか」

「それはいやねえ」

「そういうことです」

「そういうことかしら?」


 そういうことったらそういうことなんです!


「燈佳、あまり友達を外で待たせる物では無い」

「あ、うん」

「今日は特に冷える、早く入れてあげなさい」


 父さんがテンパってるボクを宥めてくれる。

 もうなんというか、ボクの頭の中に描いていた今日の親に瑞貴を紹介するフローが完全に崩れてしまっていて、自棄になっていた節がある。

 だけど、とりあえず持ち直した。


 一度自室に戻って、桜華に釘を刺して玄関で待たせている瑞貴を招き入れた。


「お待たせ」

「大変だなあ」


 苦笑して上がり込む瑞貴。

 綺麗に靴を並べて、行儀よく。動きが硬かったりとかそういうのは無い。

 ボクは瑞貴の部屋に行くのもかなり緊張したというのに。


「連れてきたよ」


 リビングに案内して、顔見せ。

 別にそのまま部屋に行ってもよかったんだけど、今回は、瑞貴の事を親に紹介するっていう名目上だから、致し方ない。


「あ、初めまして、瀬野瑞貴と言います」


 瑞貴がぺこりとお辞儀をして、新聞を読んでいる父さんの前にずっと持っていた紙袋を差し出した。


「気持ちばかりですけれど」

「……学生が変な気を回す物では無い、しかしこれを突っ返してしまっては燈佳がむくれるな、ありがたく受け取ろう」


 ふっと小さく笑みを浮かべた父さんが、席を立ち母さんの元に向かう。

 瑞貴の手土産を渡して、ポットと湯のみなんかが乗ったお盆を手に戻ってくる。

 定位置に戻って、瑞貴に席に座るように促してみせる。対面に父さんの対面に瑞貴が、その横にボクがそれぞれ座る。


「ところで瑞貴くんだったか?」

「はい」

「燈佳の事はどこまで知っているんだい?」

「それは……えーと、元々男だということでしょうか?」

「そうか、親に話すよりも早く信用できる人見つけていたのか」


 少しだけ残念そうに顔を歪めた父さん。

 悪いとは思うけれども、ここに帰ってくるまで父さん達のことを全くもって信用していなかったからだし、諦めて欲しい。


「まあ、事情が事情ですし……。俺も同じようなことされたら信用できないですね」


 苦笑して正直に応えたであろう瑞貴に、父さんがそうかと項垂れた。

 やっと、悪いことをした認識を持ってくれたらしい。


「燈佳くんと初めてあって、その前に家を追い出されたという話は聞いたんですけど、その時、なんて酷い事をする親なんだって思いましたからね。こんな可愛い子を追い出すとか……」


 か、可愛いとか、親に向かって言うの止めて欲しいんだけど。

 恥ずかしい……。


「きみにとって、燈佳は女子なんだなあ」

「そうですね。男の姿も知ってるけれど、俺にとって燈佳くんは女の子です」


 それはそれで、嬉しい。

 最初からボクの事を女の子扱いしてくれていたのはくすぐったいと思っていたけれど、今ではそれが当たり前のように感じている。

 だから、ボクが男である事を明かしても、態度を変えることなく、ボクの事を女の子として扱い続けてくれている瑞貴は素直に凄いと思う。


「まあ、それに女の子で良かったなあとは思いますよ」

「ほう……?」


 考える素振りを見せ、瑞貴はそのまま口を開いた。

 別に隠すことでもないということだろう。


「俺にも、似たような時期があったんですよ。それでゲームに逃げました。そこで、燈佳くんだけは励ましも慰めもせずに、ただ一緒にいてくれたってだけですけどね」


 それは、ただボクが荒れていた瑞貴にかける言葉がなかっただけなのだ。

 慰める心遣いも、励ます気力も、その時のボクには無かったから、ただ側にいた。無気力で、生きたまま死んでいたボクができたのは、それくらいしか無かったから。

 瑞貴が立ち直る頃に、ボクもやっと少しだけ前に進もうという気概を持てただけの話である。


「息子は人知れず人助けをしていたと?」

「そうですね。部屋に籠もっていても、誰かと繋がりをもっているなら、無理に追い出す必要は無かったんじゃないかなって」

「しかし……」


 言い淀む父さんを窘めるように、台所からやってきた母さんが口を開いた。


「十五で一人前として扱うと言ったのは誰よ。中学を卒業したら自立はさせるが、好きなようにやらせると言ったのは誰?」

「それは……」

「あまり詮索はしてはいけないのよ。人に言える話と言えない話くらいあるでしょう」

「そうだな……。瑞貴くん」


 納得したような顔で、瑞貴を真っ直ぐ見る父さん。

 相変わらずボクは隣に座っているだけで蚊帳の外である。


「これからも燈佳と仲良くしてやってくれるか? 手元を離れていたから今はどうかはわからないが、人の目に晒されるのが苦手で、人付き合いも下手になってしまったが……」

「そこらへん、もう随分と治ってますよ。今じゃ人の輪の中心のことも多いくらいですし」

「そうなのか!」


 それは事実である。

 リーダー気質があるかないかで言えばあった方だったボクは、少しずつだけれどみんなと仲良くなって話の中心にいることも増えた。

 特に二学期に入ってからは、男女問わず話をすることが増えたし、クリスマス頃には気軽に話をする人達が増えて、色々な情報交換をすることも増えた。

 ゲームだったり、本だったり、ファッションだったり。万に通ずというわけじゃないけれど、男子の話も女子の話もどっちもついて行けるというのは、高校じゃあ類い希なる武器だった。


「それは良いことを聞いた。姿が変わっても、元気になれば今まで通りの燈佳なんだな」

「そうですね。面倒見が良くて、困ってる人を放っておけない。それは燈佳くんのいい所だと思いますよ」


 こう、恥ずかしい。三者面談を受けている気持ちになるし、ボクが口を挟む隙が無い。そろそろ解放して欲しい。

 そう思って、話を聞いていると母さんと目が合った。

 微笑みを浮かべて、ボクの方をじっと見ている。

 言いたいことはわかる。いい人を見つけたねとかそう言う所だろう。


 本当にそうだ。奇異な縁とはいえ、ここまでボクの事を好きでいてくれる人が桜華以外にも存在しているなんて思わなかった。

 だから、本当にこの縁を大事にしたい。

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