犬猿の仲に見える何か
それから、散々なまでに瑞貴がボクの事を褒めそやしてくれた。
気分はいいけれども、恥ずかしい。ボクがあえて触れなかった所とか、ばんばん言っていくスタイルに驚きを隠せない。
とりあえず黙ってと、脇腹をつねってみたけれど、痛がるだけで話をやめる気は無かったから、早々に諦めて辱めを受け続けた。
そして、遅めのお昼ご飯を桜華も交えて取って、やっと解放された。
父さんは瑞貴にまだ話があるみたいで引き留めていた。
ボクは早々に自室に戻ってしまった。何かあれば連絡してねと言っておいたから、暫くは家にいてくれるのだと思う。
部屋に戻ろうとしたときに、母さんに引き留められてキスの事が早々にバレた。
男衆は気付かないけれど、少しでも色が薄くなってれば分かるとか、探偵か!?
「ボクは疲れました」
自室のベッドにどうと倒れ込む。
客用布団は桜華の手によって綺麗に畳まれていたので、そっちにダイブできなかった。くやしい。
「お疲れ様」
ローテーブルの上に冬休みの課題を開いている桜華が、素っ気ない態度で言ってきた。
まあ、起き出して来たところで、無理矢理部屋に追い返されてご飯まで読んでもくれなかったら拗ねると思う。
声を掛けてくれただけよかった。
「協力してくれてありがとね」
「邪魔しようと思ってたのに」
「やっぱり!」
感謝の気持ちは星の彼方へすっ飛んでいきましたね。
ついでに、倒れ込んだ体を起こして桜華に向き直る。
「でも、流石におじさんとおばさんに悪いから、戻ったじゃない」
「ボクは!?」
「燈佳は、ほら、いつもお世話してるからいいかなって」
「お世話してるのはボクだよね!」
「そうかなあ?」
持ちつ持たれつではあるけれど、日常生活においてボクは割と桜華のサポートをしてるよ!?
なんでそんな心外そうな顔をしているのさ。そんなに部屋に追い返したのが嫌だったのか!
「まあ、それより、何事もなくてよかったね」
「え、あ、うん」
何事もなかったといえばそうなのだが、両親が瑞貴の事を痛く気に入ってしまったように感じるのはどうしてだろうか。
恋人かどうか聞かれたときに即断ではいと返事をしたのもそうだけど、これからずっと連れ添うのかと聞かれたときに、それはわからないと答えたのも多分印象的だったのだろう。
将来のことは分からない。もしかしたら、何かのきっかけで瑞貴と喧嘩して別れるかも知れないし、桜華の攻めに負けるかも知れないし。
でも、ボクは瑞貴の事も桜華の事も好きだし。
そこに代わりはない。
だから、ずっとと聞かれた瑞貴が分からないと答えたのは少しだけ残念に思った。
でも、父さんにはずっととか一生とかを今のうちに決めてしまわないことが好印象だったらしい。
よく分からないものだ。
「それよりいいの?」
「瑞貴の事?」
「うん」
「あそこにいたら、精神力がゴリゴリ削られていくから、逃げてきた……」
「一人残すのは流石に失礼なんじゃ……」
呆れた桜華の物言いに、ボクも確かにと思い直す。
思った途端に、部屋の扉が叩かれた。
「開いてるよー」
「入るぞ?」
瑞貴の声だった。その声と共に扉が開き、瑞貴がボクの部屋に入ってくる。
「うわ、笹川さんいたのか……」
「うわってなに、うわって」
「どっか出かけた物かと……」
「私、基本的に休みの日外に出ないから。それと、瀬野くん、私のことも名前で呼んでくれていいよ。名字呼び面倒でしょ」
その口ぶりにちょっとむっとくる。
こうなんというか、呼び名が変わる瞬間を目の当たりにすると、むっとくる。
「そうしたいのは山々なんだが……」
「あらー……」
「なにさー」
二人してボクの方を見て。なにさー。
「お姫さまがむくれておられるので」
「そうね、お姫さまの機嫌を損ねる方が問題ね」
別に呼び方くらいはどうでもいいです。ちょっとむっとくるだけで。当人達の問題だし。ボクにはかんけーないです。
「だろう」
「全くもっておかしい話。別に取るわけでもないのに」
二人して笑って、なんだよ、もー。
「呼び方くらい好きにすれば、いいと思います!」
ちょっとだけ語気を強めた物言いに、瑞貴と桜華が顔見合わせる。
「お姫さまがご立腹だわ、瀬野くん。さあ、熱いベーゼで宥めるのよ」
「明らかに炎上する案件じゃねーか!」
茶化して言う桜華に、瑞貴が呆れた。
なんというか暫くぶりに感じたいつも通りのやりとりに、ボクもほっとする。
「あの、ちょっとむっとしたけど、呼び方は本当に当人の好き同士でいいからね?」
さっきの今だったというのもあって、変なテンションだったけれど、冷静に考えてみれば、本当に呼び方なんてその人の自由なんだ。
緋翠は良くて、桜華はダメって言うのもおかしい話だし。
「そうねー。実際私も、燈佳が瀬野くんと仲良くなるの嫌だったしねー」
「明らかに敵意剥き出しだったし、なんで女の子にここまで敵意剥き出しで応対されねばならんのだって、心折れそうになった時もあったな!」
「実際敵だし? 燈佳に色目使う、敵」
「ひっでーな!」
仲がいいのか悪いのか分からないなあ、全く。
とっくみあいの喧嘩にはならないだろうけれど、このままじゃあ延々と言い合いを続けそうだ。
だから、仲裁もかねて、一言言ってやろう。
「瑞貴、いい加減座ったら? 流石にちょっと寒いんだけど……」
そう、扉を開けっ放しで、暖房の暖気がどんどん逃げているのだ。
パンツならまだしも、スカートなので、とても足下が冷えるのである。
「うおっ、すまん!」
「いいけどね! でも風邪引いたら瑞貴のせいだから!」
「流石にそれはないわ」
「ちぇー……」
悪態をついて、ボクもいそいそとベッドから降りてテーブルの前に座る。
クッションは二つしか無いから、迷った末、ボクのを瑞貴に渡そうとして、
「俺は地べたでいいよ」
「む、客を蔑ろにするつもりは全くもって無い!」
「いやー……」
「いらないなら、いいけど、うち床暖房とかないから、割と寒いよ……?」
「気にしない気にしない。体冷やさないように、そっちが使えばいいよ」
「それじゃ、そうする」
丁重に断られてしまったので、しょうが無くボクが使うことにした。
「さて、それじゃあ、何しよう……?」
実は親に合わせるのだけが目的で、それ以上の目的を全くもって決めていなかったのである。
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