寒空の下で
宴もたけなわ。三々五々に散っていくクラスメイトを眺める。
片付けは終わって、お祭りの余韻のような雰囲気の室内で、談笑する生徒、帰宅する生徒様々だ。
瑞貴は、クラスの女子に呼び出されていた。
胸の内がもやっとするけど、仕方ない……。ボクだけのものって言えないからね。
ボクもそろそろ行かないといけない。瑞貴が呼び出されているように、ボクも呼び出されているのだから。
「桜華」
ボクは桜華に声を掛ける。
桜華は別に何をするでもなく、ボクのオススメした本を読んでいる。
顔を上げ、ボクの言いたいことを理解してくれた桜華は小さく頷くと立ち上がった。流石に一人は怖いから仕方が無いのである。
「あまり待たせるのも良くないね」
そそくさと教室を出て行った、手島くんに遅れること既に三十分である。
すぐに出て言っても良かったのだけれど、手島くんから少しずらして来て欲しいとお願いされたから仕方が無い。
「うん、危なくなったら助けてください」
「わかった」
講堂まで歩く。
曇天の空は今にも泣き出しそうで、建物の間を吹き抜ける風はとても冷たく、意地悪にもスカートを捲り上げようとしてくる。
スカートの所作にもなれた。
風が吹けば、お尻の裾を抑えて上げればいいのだ。
「あら、お二人さん、今からどちらまでー?」
ばったりと遭遇したのは、渡瀬先生だった。
もこもこのセーターに、タイトスカート、それにタイツ。いかにも落ち着いた大人の女性って感じの装いである。
珍しく手提げを持っていて、少し忙しそうだ。
「講堂に呼ばれて」
「あら、告白ー? 性なる日を過ごすのー? ちゃんと避妊はしなきゃダメよー」
「え、いや……ちが……」
ナチュラルに飛んでくる下ネタに頬が熱くなる。
桜華の言動でなれていたつもりだけど、全然だった!!
「いいのよー。こういう日くらい盛り上がっても仕方ないと思うわー。というわけで、はいこれ」
渡されたのは錠剤のシートだ。
なんだろう、これ……?
「もしゴムが破れて中に出ても安心なアフターピルよー。飲んだ後に吐き気とかあるけど、まあ、不安になるよりかはマシだと思うから。望まれない子ができたら可哀想だしねー」
ボクと桜華の手に一シートずつ手渡される。
もしかして、女子生徒全員に配ってるんじゃあ……。
「ふう、忙しい忙しい。男の子にはコンドーム、女の子にはアフターピル……。結々里もよく用意するわー……あ、榊さんにはこっちも」
いやまって、なんでボクにはそのコンドームまで渡されるんですか。
というかこれで、貰ったの二箱目なんだけど……。一箱目は言わずもがな康文さんから。
「待って、先生、待って! ボク、女子です! 女子ですよ!!」
「……いつ何時男の子に戻るか分からないし? お尻でするときは衛生的に問題があるからちゃんとつけないとダメよ?」
「いやまってまって、待ってください!! どうして、ボクが男に戻ること知ってるんですか!? というか、お尻って何!?」
「くるみが言ってたからねえ」
頬に手を当てて、困ったように言う渡瀬先生の言葉に疲れがどっと押し寄せてくる。なんというか、酷い。
くるにゃん、パーティからいつのまにか消えてたと思ったら、そういう事だったのか……。口止めしておくんだった……。あれ、いや別にいいのか、な?
「それじゃあ、ちゃんと渡したからねえ」
手をひらひらと振って、去って行く渡瀬先生。
もしかして、出会う生徒全員に渡していくのかな……。凄く非効率的だ。
出鼻を挫かれる思いで、ボクと桜華は顔を見合わせて小さく笑った。
「えっと……、預かってて?」
渡された品物を仕舞っておく場所がない。
恥ずかしいけれど、桜華に持ってて貰う方が一番だ。
「ん……。なんか、これ使う機会あるのか疑問」
「あはは……そうだね」
「燈佳はすぐじゃない」
「多分、そんなすぐでも無いと思うけどなあ……」
彼氏彼女の仲になってすぐそういうことなんて、とんだ尻軽である。
だけど、だけど……誘ったらしてくれるのかなあ?
それに、ボクの方はいつでもイエス枕状態だし。
そんなことを考えながら、講堂に向かっているとスマホにメッセージが届く。
差出人は瑞貴だ。
脇目も振らずに中身を確認すると、そこには、
『用事が終わったら教室で待ってる』
たったそれだけの簡素なメッセージ。
続いて二通目が届く。
『話したい事があるから、時間を取ってくれないか』
もう、それだけでボクは期待に胸が高鳴る。
やっと……やっとだよ。
瑞貴らしいと言えばらしいけれど、やっとちゃんとボクの事が話せる。
ただ、でも、だからといって、今目の前の事柄を蔑ろにはできない。
手島くんには悪いけれど、ちゃんと答えを出して上げないと。
それがボクにできる誠意だし。
無碍には出来ない。
今まで見たいに手紙を入れてとか人伝にとかじゃなくて、はっきりとボクに声を掛けて、呼び出してきたんだから、それには答えてあげないと。
講堂はもうすぐそこまで迫っている。
呼び出しの手紙は何度も受けたけれど、講堂は初めてだ。
でもここら辺は人気もないから、色々と都合がいいかもしれない。
講堂の入り口の前に手島くんがいた。ボクを見つけたのか手を振っている。
「頑張ってね」
「うん」
桜華に背中を押されて、ボクは手島くんの元へと向かう。
「ホントに笹川さん連れてきたんだな」
「流石に一人は怖い、です」
「しょうが無いなあ……」
苦笑して手招きをする手島くんにボクはついていく。
講堂の裏、紅葉してもう落ち葉になってしまうまで、幾ばくの時間もなさそうな木々が乱立している。
剥き出しの地面はひやりとしていて、煉瓦造りの講堂の壁の色が少しだけ暖かみをくれている。
木枯らしが、体を冷やしていく。
「榊さん」
振り返った手島くんの上擦った声。
震える手は明らかに寒さから来るものじゃないのが分かる。
思ってること、緊張している様。
ありありと伝わってくる。
目の前で自分に向けられた好意を拒絶するのは二度目だ。
桜華とは、同性になってしまったこともあり、友達付き合いが続いている。
だけど、目の前のこの男の人はどうだ? 少しだけ仲のいいクラスメイト。
今までの関係を続けられるのかな?
多少ギクシャクはすると思うけれど、たまに話をする仲でいられるのだろうか?
「はい」
返事を返して考えれば考える程、分からなくなる。
ただでさえ、まだ桜華との気持ちの折り合いも実はまだついていないのに。
いいのかなって。こんなボクでいいのかなって。
たぶん、みんながみんな、いいって言うんだと思う。
ボクにはそれが納得できないだけで。
逆の立場で考えたら、そうなんだもん。
みんな、大なり小なり自分を卑下にする所がある。
「俺……、榊さんのことが……」
目の前で、一生懸命言葉を紡いでいる手島くんだってそうだ。
こんなボクになにがしかの魅力を感じてくれていたんだ。
桜華だってそうだ……。はっきりと魅力があるみたいな事を言ってくれていた。
「入学式の日から榊さんのことが……好きでした」
だから、そう言ってくれる手島くんも、ボクのどこかに魅力を感じてくれたのかなって。そう思うと、ありがたいという気持ちが湧いてくる。
「ありがとう」
自然とその言葉が漏れた。
けれど、ボクには好きな人がいて、手島くんのことを特別に考えるなんて事はできない。
「でも……ごめんなさい。ボクには好きな人がいます」
はぐらかさずに、しっかりと伝えることが大事だと思った。
それで傷つくのはもう仕方の無いことだ。人一人の思いを踏みにじるというのはそう言うことなのだから。
「ああ、知ってた。潔く振ってくれてありがとう!」
ボクの答えを聞いた手島くんはどこかスッキリした顔をしていた。
絶対に悔しいはずなのに、晴れやかな顔をしていた。
「じゃあ、ボク、呼ばれてるから行くね? また来年。良いお年を」
それだけ言って、踵を返した。
胸には罪悪感が募る。だけど、これを抱えて生きていかないといけない。
好意を受け入れることができないって、きっとそう言うことだろうから。
「……また、来年な!」
背中に掛かる声にボクは、振り向いて精一杯の笑顔を浮かべてその場を去った。
それが、今のボクにできる精一杯だ。
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