喧噪の中で
準備が整った教室。どうしても参加できない人を除いて二十五名近くが参加しているから、とてもごちゃっとしている。
ボクは隅っこを陣取って、のんびりとその喧噪を眺めていた。
やっぱり主役に祭り上げられるのはまだ得意ではない。
賑やかしの人が話をして、その話を笑いながら眺めているくらいが丁度いい。
机を結構な数使って、作られた即席の円卓もどきには、お菓子やジュースがいっぱい乗っている。実はケーキはまだ登場していない。
ボクが万人であるのです。
お菓子が減ってきて、宴もたけなわというところでケーキを振る舞うという手はずになっている。
どうしてそうなった。
と言いたい気持ちをぐっとこらえて、大皿にのった切り分けられたケーキはボクのそばに置いている。荷が重すぎる。
「ケーキ……食べたいなあ……」
食べたいんだよ……。ボクはスナック菓子とかより、今は生クリームが甘いケーキが食べたいの。
ほら、クラスの人もちらちらボクのほう見てるし。
わかるよ、ケーキ食べたいんだよね。
ボクもそうだもん。
にまにましながら、この喧噪を眺めていたら、男子グループの中から一人、背中を押されてボクの前にやってきた。なんだろう?
頬を赤らめて、恥ずかしそうにしているのは……あれ、手島くんだ。
「さ、榊さん!」
「は、はい!」
急な声にボクはびっくりした。
よくよく見ると、手島くんは目をぎゅっと瞑って、一生懸命言葉を探している風だった。それがなんなのか分かってしまった。
「この後少し時間を貰ってもいいですか!」
未だに瑞貴からのお誘いはない。
いや、こちらをみて、目配せを投げてくれている。
……けしかけたのは瑞貴か。
どうしてなのかと問いたい気持ちはあるけれど、それよりも、目の前の問題だ。
手紙や人伝なんてのはよくあった。けれど、対面でこうやって誘われたのは初めてだ。思っていたよりもクるものがある。
「うん、いいよ?」
「ホントか!?」
「え、うん、何か用があるんだよね?」
つとめて気付かないふりをする。
実際問題、いつもと態度が違うから何をしようと考えてるのか分かりきってはいるのだけれど、それはそれ、これはこれ。男の尊厳という物がある。
未だにお誘いがないのが悪いんだから、少しくらい意地悪してやる、
ボクは悪くないから。
「ああ……ええと、それじゃあ、これが終わってから講堂の方にいいかな……?」
「うん、桜華か緋翠も一緒に付いて来て貰っていい?」
「あ、いや……できれば一人がいいんだけど……」
「ごめん……流石に一人は怖い」
悪い人ではないのは分かっているけれど、やっぱり男性と二人きりの状況下はまだボクには耐えられない。
元々男だって言うのに、男が苦手になってしまっている。向けられる性的な、愛玩目的な、そんな視線はやっぱり怖い。
取り乱したりなんかはもう無いんだけど、やっぱり冷や汗とかでるし……。
ボクにこんな思いをさせたあの人……名前はもう忘れちゃったけど、許したくないなあ。他の男子と遊んで瑞貴に嫉妬して貰うとか、そう言うことできないのが悔しい。
手島くんは文化祭以降時折話をする仲ではある。
話が合うと言うよりも、ボクを気遣ってくれる感じだけど、正直瑞貴より気が利いてて嬉しく感じるときはあるけれど、でも友達の範疇なんだよねえ……。
「あー……それじゃあ、笹川さんで」
困ったような、諦めたような笑みを浮かべた手島くんが、ボクの提案した妥協案に乗ってくれた。
手島くんはボクが考える限り、悪い人ではない。調子のいいところはあるけれど、一線は引いてくれる人だ。深く突っ込んでこない辺りもいい。
顔は……、そりゃあ瑞貴には負けるけれど、そこそこいい方だし。ボクじゃなかったら付き合う人もいるんじゃないかな?
「うん、ごめんね、それじゃ、終わった後に講堂の方にいくから」
「いや、俺も無理言って悪いね」
手島くんはそれだけ言って、元のグループ内に戻っていった。
ボクはその様を見る。
肩を組まれて、もみくちゃにされて、よくやったとか言ってるのかな。喧噪に巻き込まれて話は聞こえない。
「なんの話だったの?」
「あ、桜華」
遠巻きに見ていた桜華がボクの元にやってくる。
「終わったら講堂の方に来てくれって、多分、告白、じゃないかなあ……」
「私もついていく」
「それ、ボクからもお願いしようと思ってた。一人はちょっと怖い」
「ん、流石に学習したみたい?」
「大丈夫だと思うけど、用心のためだよ! 知らない人じゃないんだし!」
「まだ懲りてない感じね……」
深々と溜息を吐く桜華。
え、なに、ボク何か変なこと言ったのかな。
「まあ、いいや。燈佳だもん仕方ないね」
「ボクだからなにさー!」
「べつにー?」
そういって、隣に桜華が座る。
ボクの静かな人間観察のスポットが侵略されてしまった!
いや、別にいいんだけどね。本当はケーキの守番もしなくていいんだけど、なんとなくここに居たかっただけだし。
「燈佳」
「んー?」
「頑張ってね」
「うん」
よく意味は分からなかったけれど、とりあえず頷いておいた。
瑞貴に渡すプレゼントはまだ鞄の中で眠っている。
今日はこれを渡すためだけにあると言っても過言じゃない。
だから、早くこの時間が終わって欲しい気持ちで一杯だ。
楽しくはあるんだけれども、その後の事を考えたら、ね?
ボクだって、瑞貴に告白したいことあるんだから……。
「ボク、頑張る」
そう言って、ボクは立ち上がった。
もうケーキを振る舞ってもいい頃合いだ! 景気付けにケーキを食べるんだ!
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