告白・前

 講堂の裏から出てきたボクを桜華が迎えてくれた。


「面と向かって断るのってしんどいね……」

「知らない人だったら、罪悪感ないけどね」


 うん。

 知ってる人だから、余計にきつい。

 色々と考えてしまう。


 夏のボクはどうしてあんなにも浅はかな答えを出してしまったのだろうって、余計にそう思ってしまう。

 いまなら、一晩寝込むレベルで悩んでしまうだろう……。


「難しい事考えてる……」

「そ、そんなことない、よ!」


 見透かされていた。

 だけど、気にするなと言わんばかりに、桜華はボクの頭に手を乗せてきた。

 髪を優しく慈しむように撫でて、風で絡んだ部分を優しく手櫛で梳いてくれる。


「これからが本番なんだから、そんな顔しちゃダメだよ」


 ぱしっと頬を挟まれて、桜華が柔らかく微笑む。といっても殆ど表情は変わらないから、それが微笑みだって分かるのはボクくらいなものだけど。


「うん……!」

「わたし、先に帰ってるね」


 瑞貴なら二人きりで居ても安心だ。

 それに、もし襲われたとしても、瑞貴なら……いい、かな。


「あ、あとこれ」


 預かった荷物を返して貰う。

 むき身のそれは少しばかり恥ずかしいけれど、すれ違った人達の声に耳を傾けたら、みんな貰ってるみたいだし、突っ込まれたら先生に貰ったって堂々と答えよう。


「頑張ってね」


 教室を前にして、桜華がボクの背中を叩いてくれた。

 そのちょっとした痛みがとても心強くて、勇気が湧いてくる。

 先に桜華が荷物を取りに入った。そのまま、鞄を持って中に人がいないことを教えて貰って、ボクが入る。

 自分の鞄の中に貰った物を詰め込んで、そこからプレゼントのマフラー……流石に手編みは重いと思ったから市販のちょっっとお高めの、ロングマフラーだ。

 巻こうと思えば二人で巻けるやつ。

 色はクリーム色。赤のチェックと悩んだけれど、制服の上着と合わせたときこっちの方は映えるかなって。

 なけなしのセンスを総動員して選んだ!

 家事とかはできるけど、化粧とか服選びとか未だに全然なんだよね……。


 教室はもう既に誰もいなくて、しんと静まりかえっている。

 暖房も切られていて、室温は下がる一方だ。

 上着を着たまま、待ち人を待つ。


 鞄の中から読みかけの本を取り出して、読みながら待つ。

 内容は頭に入ってこないけれど、ぼんやりと待つのはなんか違う気がしたんだ。


 暫く何度も同じページをぐるぐるしていると、がらりと教室の扉が開いた。

 反射的に顔をあげて、そちらを向く。

 目に飛び込んできたのは、男子学生服。そして目の覚めるような鮮やかな金髪。


「瑞貴!」


 本を閉じ、がたりと椅子を慣らして立ち上がる。

 恋い焦がれていた、今この時。

 急くなと言う方が無理な話だ。


「おう……、待たせたな」

「ううん」

「寒いだろうけど、屋上、行こうぜ」


 少しだけ震えの混じった声音。緊張が見て取れる。

 それはボクだってそうだ。待ちわびた時だというのに、膝が震えている。


 こわい……。真実を全て話して、嫌われるのが……とてもこわい。

 気持ち悪いって言われるのが、ものすごくこわい。


 机の足に、引っかかって転びそうになる。


「だ、大丈夫か!?」

「だ、大丈夫!!」


 まるで、自分の体じゃないみたいだ。

 こんなこと初めてで、どうしていいか分からない。


「ゆ、ゆっくり行くから先行ってて」


 顔が熱い。恥ずかしいところを見せてしまった。


「いや、一緒に行こうぜ」


 うぅ……。こういうときに限って変に気を回してくるし……。

 心臓が、どくんどくんって、ボクの意思を無視して鳴り続けてる。大きく、胸を締め付けるようにずっと、早く大きく……。


「う、うん……」


 急激に乾いていく口の中。唾すら全く出てこない。

 ボクと瑞貴の秘密の場所に行くだけなのに、どうしてこうもドキドキしてるんだろう……。


「大丈夫か?」

「だ、大丈夫、だよ……?」


 ボクが、瑞貴に言わなきゃいけない事。

 それを考えるだけで、心の中を恐怖が支配していく。

 こわくて、とてもこわくて、いまにも膝から崩れ落ちそうなほどに足に力が入らない。

 時間が、経ちすぎた。

 大丈夫だろうと高をくくっていた。


 だけど、蓋を開けてみたらどうだろう?


 今まで積み重ねた想いが、あまりにも重たい物になってきている。

 溢れた、好きが、肩に背中に、お腹に、心に、重くのしかかってくる。


 気持ち悪い……。

 そう言われるのがとても怖くて。

 前を歩く、瑞貴の背中がとても遠くて、視界は暗く狭い。


 夢現の思いで、何とか背中を追って、時折階段を踏み外しそうになったりした。

 気がつけばガチャリと重い鉄扉が開く音がして、冷たい冷気が頬を撫でる。


 視界が広がる。

 今にも泣き出しそうな曇天の空と、木枯らし。

 ボクは、鉄扉を跨ぎ、屋上へと出た。


「なんかさ、やっぱりここだと思ったんだ。うひぃ……さっみぃ……!!」


 さっきからずっとバクバク言っている心臓。

 ボクは瑞貴を見上げることしかできない。


「燈佳……」


 瑞貴がボクに振り返る。


「待たせて悪かった。こっちの事は全部済んだんだ」

「うん……」


 そっぽを向いて、視線を彷徨わせて、ああでもない、こうでもないと言った風に言葉を探してる瑞貴に、ボクも少しだけ冷静さが戻ってきた。


 怖いのは、誰だって一緒なんだ。

 告白なんて、誰でも怖いんだ。


 ボクはどれだけ受け身になって甘んじてきた?

 誰だって、怖い物を渡されるがままにいらないと投げ捨ててきた?


 じゃあ、いまボクがしないといけない事って……?


「瑞貴」

「お、おう?」

「これ」


 手に持っていたのは、クリスマスプレゼントに渡す用のマフラーだ。


「クリスマスプレゼント。いつもお世話になってるから」


 包装を丁寧に剥ぎ、タグなんかは切ったマフラーを手渡す。

 毛羽が立たないように、一度クリーニングに出してある。


「巻いてくれる?」


 困惑気味に、受け取った瑞貴が恐る恐ると首に巻く。

 長いひたすら長い。

 ちょっと笑いがこみ上げてくる。

 普通なら、一周でいい物が二周三周と首に巻かれていく。


「ぷっ……思ってた以上に長い……くくく……」

「おいおい……そりゃあ、ないだろ……」

「だって、瑞貴がマフラー欲しいって言うから!」

「そりゃあ言ったけど、こんなに長いのは求めてねーよ!!」

「それ……ちゃんとした使い方あるもん」


 困ったように考え込む瑞貴に、ボクは切り出すことにした。

 ボクの恐怖は今、この時はとりあえず置いておくことにする。


「話が、あるんだよね?」

「おう」

「ここまで呼び出したんだから、ちゃんと聞かせて?」

「分かった」


 大きく息を吸って、吐く。

 深呼吸を何度か繰り返した瑞貴が、制服のポケットに手を入れて小さな箱物を取り出した。


「燈佳……ううん、榊燈佳さん」

「はい」


 視線が絡み合う。

 片時も目を逸らすことも、離すこともできない力強い視線だ。


「一足飛びだと思うし、まだ俺達は子供だ。だけど、これを贈りたかった。

 よそよそしい態度を取ってゴメン。悲しませてゴメン。だけど、全部話してしまいそうだったから、冷たい態度を取った」


 小さな箱が開けられる。

 そこに入ってるのは、小さな輪っか。飾り気も何もない、銀の小さな輪っかだ。


「サイズは、衣装担当の奴から、聞いたから合ってると思う……。最悪買い直すから、ネックレスにできるようにチェーンも買ってきた」


 いまいち、それがなんなのかピンとこない。


「……これ、なあに?」

「えええ……。いや、うん……こんな遠回し意味が無いって分かってた」


 がっくりと肩を落とす瑞貴。

 いや、多分、指輪だってのは、わかる。けど、なんで指輪?


「ええいくそ!! 燈佳、俺はまだ結婚できる年齢じゃないけど、俺と結婚を前提にお付き合いして貰えませんか!!」


 あっ……。

 やっと、差し出された箱に入った指輪の意味に気付いた。


 つまり、これは、そういうことで……。

 顔から火が出そうなほど暑さを感じる。

 ちょっと前のボクをぶん殴ってやりたい。


 うわあ……、えっとそれって、うわあ!!


「えっと……?」

「ふ……」

「ふ?」


 何か、何を言っても変な声しか出ないのは想像に難くない。

 でも、何か言わなきゃ。何か言って上げなきゃ。


「あ、ありがとうごじゃいましゅ……」


 噛んだ……。

 言い直す気にもならない。けど、差し出された箱は受け取った。


「わりぃ……。手、出して」


 瑞貴がボクの手を取って、指輪をはめる。

 ぴったりだ。どこの関節にも引っかからずするりと収まった。


「瑞貴……」

「おう?」

「か、屈んで?」


 ボクの身長じゃあ、今の瑞貴に届かない。

 だから――。


 少しだけ屈んでくれた瑞貴の肩に手を置いて、もう後は流れだ。

 二回目だから、怖がったりなんかしない。


 淡く口付けをする。

 キスをするとも言う。

 接吻とも言った。


 つまり、これがボクの返事。


「ちょ、おま……なにを……」

「これが、ボクの返事。でも、最終的な判断は、ボクの話を聞いてからにして?」

「なんだ?」


 瑞貴がくれた勇気を糧に、ボクは、ボク自身の話をする事を決めた。

 黙って隠し通すのは簡単だ。

 年月が経てば何れ忘れる事だろう。

 だけど、隠せない事情がある。

 ならば、受け入れて貰うのが一番だ。


「あのね、瑞貴――」

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