ふたつめの願い

夏休みが明けて

 二学期が始まった。

 正直、この長期休みは、ボクの学校へ行く気力を奪うには十分であった。


「学校行きたくなあああいぃぃぃ……暑いし……」

「瀬野くんに会いたくないの?」


 うっ……それを引き合いに出されると辛い物がある。

 もうちょっと家でゴロゴロしていたい。まだ残暑が厳しいし、外に出たくない。薄着がしたい。だけど、桜華のせいでそれは許されない。夏休み中、外に出る機会が滅多に無かったから薄着しすぎた。キャミソールにショートパンツ穿いて家でゴロゴロするのが楽だったんだよ!!


「うぅ……、会いたい……けど、めんどくさい。迎えに来てくれたらいいのに」


 夏休み中家でゴロゴロしすぎたし、生理来てるし、何かもう色々めんどくさい……。

 周期ずれてくれませんかねえ……。


「辛いのは分かるけど、諦めないと……。男の子に戻ればその辛さともおさらばできるけど……?」

「そ、れ、は、イヤッ!!」


 もう、男の自分なんて想像できない。

 今までの事が嘘みたいに、一人でする回数が増えた。流石に毎日では無いにしても、今まで抑圧してきた物が溢れてきたかのようだ。

 今日に至っては、人恋しさが爆発して、ダメだと分かっていても桜華を頼ってしまった。人の温もりがないと悲しくて際限なく沈んでしまいそうだったのだ。

 通学中の今も、手を繋いで貰っている。

 まるで、入学式の日に戻ってしまったかのように……。


「でも、燈佳が、私を頼ってくれて嬉しい。帰ったらえっちしよ」

「しないから! それだけはしない! 初めては絶対……」


 そこまで言いかけて、想像して、頬が熱くなった。

 だって、アレをボクのあそこに入れるって。結構入り口小さいけどはいるの……?

 見た事無いけど。いや、厳密には大きくなったアレは自分のを見た事あるから分かるんだけど、人と比べたことがないからなんとも言えないし。

 でも、理事長のあそこには入ってたし……。入る物なのかな……。


「燈佳のえっちー」

「う、煩いなあ……。どうせボクは変態だよ……。でもさあ、たかだか二週間だよ、会えなかったのって。それでこんなに不安というか辛いというかそんなになるなんて……」

「私、そのスパンが一か月とか二か月が普通だったし……」


 今では桜華の気持ちが痛いほどよくわかる。

 ボクなんてゲーム内で話ができるだけまだマシである。でも、会いたいとは口が裂けても言えなかった。迷惑はかけたくなかったし。


「辛いね、でもなんか胸の内が暖かくなるような辛さだね」

「ね、辛いけど、次会うときが楽しみよね」


 そう言って、桜華がぎゅって手を握ってきたから、ボクも握り返した。暗に頑張れと言ってくれている気がして、それだけでちょっと勇気が湧いてくる。


「じゃあ、行こっか」


 歩みを止めて言い合っていたボク達は天乃丘の生徒でごった返した通学路を歩き始める。

 みんな、夏休み明けで、久々に友達と遭遇したのか、喜びに満ちた表情をしている人達が多い。

 問題児を受け入れるって言う噂の天乃丘でも、やっぱり友達ってできるよね。


「二人ともおはよう……」

「ひぃあ!!」


 背中から幽鬼のような暗く沈んだ声が聞こえて心底驚いた。

 心臓が飛び出るかと思った!!

 振り返ってみると、声の主は緋翠だ。


「お、おはよう……」

「おはよ。ひーちゃん、もしかして……」


 あー、これ、なんとなくオチが読めた。


「そうよ!! 課題終わらなかったのよ……」

「七月中に終わらせておけば良かったのに、バカね」


 うん、自業自得だ。あの後、桜華が戻ってくるまで感極まって緋翠にずっと抱きついて泣いてしまったけれど、それはそれ。緋翠の課題が終わらなかったこととは関係無いのである。


「二人が見せてくれないから……」

「わからない所はちゃんと教えたでしょ?」

「ずっとあたしに抱きついてた甘えん坊の言葉は聞きません!」

「ぐっ……」

「今日も、桜華に甘えてるし。しゃきっとしなさいよ、もう……」


 繋いでる手を指して、緋翠が言う。

 痛いところを突かれたけれど、別に横に居てくれるなら桜華じゃなくてもいい。緋翠でもいいのです。


「あげないから」


 ぐっとボクを抱き寄せる桜華。そこにはちょっと独占欲が見え隠れしている。


「いらないわよ!」


 ……いらない子扱いされた。悲しい。ぐすん。


「もう、燈佳は昨日から情緒不安定なんだから、優しくしてあげないと」


 そうなのです。実は昨日から……ムラムラして一人で致してその後虚無感に襲われて、今日を迎えてしまったのです。そしたら来ていたから、プチ惨事を引き起こしてアレだったのです。

 とはまあ、説明をする必要がないから、ボクは桜華の甘やかしに気分を良くして、緋翠にべっと舌を出すだけに留めた。

 正直そんなに傷ついてないし。


「こ、このっ!!」


 瞬間湯沸かし器みたいに顔を真っ赤にする緋翠。ヤバイ。からかうの楽しい!

 ちょっと癖になりそう!


「ふぅ……まあ、いいわ。瑞貴に見せて貰うから」


 その人選は間違っている。見せて貰うなら立川くん辺りを頼りにしないといけない。

 だから、ボクはその勘違いを正してあげる責務がある!


「瑞貴、課題ぶっちするって言ってたよ?」

「は……? はあっ!?」


 おおう……。耳元で大声出さないで、耳が痛いよ……。


「大学は自力で行きたい所に行くから内申はいらねえって」


 その言い切り具合がとっても格好良かったです。惚れ直した。元々べた惚れだけど。


「な、ん、で! あたしの周りには天才しかいないのよ!!」


 緋翠の絶叫が朝の通学路に響いた。

 なんだなんだと野次馬根性を持つ人達から伝播して、注目を集めたけれど、それも一瞬だった。

 一瞬くらいなら耐えられるようになったボクもなんだかんだで凄いと思う!


 でも、ボクはいたって凡人だけどなあ……。

 人間誰しも、ちゃんと学べば何でもできるようにできてるし……。

 流石にその道を極めたプロには勝てはしないけれどね。


「えっと……、今度の実力テスト、ボク本気出していいかな?」


 天才って呼ばれた事への昂ぶりから、少しだけ本気を出してみようかなって思った。

 緋翠に絶望を味合わせるのも悪くないかなって。


「目立つのは、嫌じゃ無いの?」

「あんまり好きじゃないけど、緋翠にまだ上があるって思わせたいのと、一番ってちょっと取ってみたいなって」


 緋翠が死体蹴りやめてと哀願して来たけど、無視です無視。いらない子扱いした罰でーす。


「いいんじゃないかな。じゃあ、今度は私と勝負ね」

「うん!」


 取れるかどうかは分からないけれど。

 中学の時は自学で、テストの時に勉強用具一式を部屋の外に出して先生にも扉の向こうで待って貰った上で、自室で受けさせて貰った結果が、学年五位だったし。

 多分、何とかなるんじゃないかなあ?


「……あたしだけ置いてかれてる。みんな雲の上の存在過ぎるよお」


 緋翠はもっと頑張った方がいいと思いました、まる。

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