恋敵と親友になった日
もうすぐ夏休みも終わる頃。
外では蝉の声が未だにけたたましく鳴り響いていて、九月に入っても、すぐには涼しくならないんだろうなあって、軽く鬱になる。
暑いのはダメだ。溶ける。
今日もボクは家でゴロゴロ。ベッドの上でゴロゴロ。
時折染みを作ってシーツを取り替える日が増えたけど、ボクは元気です。
時折桜華が飢えた野獣の目でボクを見てくるけど、元気です。
瑞貴のシャツは花火大会の日に返しました。実はあの後瑞貴のシャツを返すまでで両の手で足りるくらいはしました。洗ったけれど、微かに瑞貴の香りがのこってる気がして我慢できなかった。歯止めが利かなかったのしょうが無いの。
浴衣も、桜華がすぐに沙雪さんに連絡を取ってくれて、ダメにならずに済んだから良かった。本当に良かった。安堵してまた泣いたのは秘密だ。それくらいあの浴衣はいい物だったんだ。
今ボクの部屋には緋翠ちゃんがいる。
本当は桜華もいたんだけど、アイスが食べたいって言ってコンビニに出かけてしまった。
だって、ここで今必死になってるの緋翠ちゃんだけだし。
「どうして二人ともそんなに余裕なのよおおおおお」
「課題は七月までに終わらせる物です。ゲームしてないだけありがたいと思ってよー」
課題が終わらないって泣きついてきたのだ。一人じゃ絶対怠けるから監視してって。
「姫ちゃん、答え見せて!!」
「のー。自分でがんばるのです」
「そんなあ……」
ゴロゴロ。今日も部屋は涼しくていい気持ち。絶好のだらけ日より。
暫く、積んでた本を崩しながら、緋翠ちゃんの泣き言にのーせんきゅーを突きつけていると、集中力の切れたらしい緋翠ちゃんがぱたりと床に転がった。床ペロである。舐めてないけど。
「きゅーけー……」
「案外持たなかった……」
「ねー、姫ちゃん、姫ちゃんって昔のアルバムとかないの?」
むう……、あるけど。まさか打ち明ける日がこんなにも早く訪れるなんて。
あれ、もしかしてさっきから一時間以上帰ってこない桜華は、ボクに打ち明ける時間を作ってくれたのか!?
「あるけど……、むう……ついにこの日が来てしまったか」
「何その含みのある言い方」
「多分、驚かれて引かれて、気持ち悪がられると思うから?」
「なにそれ」
「見た方が早いよ」
ボクは言って、母さんに送ってもらったアルバムを本棚から取り出して、緋翠ちゃんに渡した。
小学校の写真は一杯あるけれど、中学の写真はクラス名簿に載ってるだけ。それも担任の先生がわざわざ自宅まで撮りに来てくれた上で、母さんが撮ったものだ。
緋翠ちゃんがチラチラとボクとアルバムを交互に見比べている。
「姫ちゃんと同じ名前の人いるけど……」
「うん、それがボクだよ」
「えっ……でも、どう見ても男の子……」
「うん、ボクは元々男だよ」
言葉無くボクを見る緋翠ちゃん。
何を考えているのか分からないけれど、多分、気持ち悪いとか、変態とか、そう言った侮蔑なんじゃないかな。男性器はついてなくて、おっぱいはちょっとだけあるけど、元々は男だったわけだし、騙されたって思うのが当然だよね。
「ごめん、ちょっとよく分からない」
「信じなくてもいいけど、ボクは元々男。それと桜華が好きだって言ってたのは男のボクの事だよ」
「あっ……、あたし、桜華に酷い事……でもなんで女の子になったの?」
説明が難しい所を付いてくる。
でも、ボクもいまいち理解してないんだけど、
「えっと、スマホで流行ってるおまじないって知ってる?」
「ああ、春先に流行ったあれ? 結局なんの効果も無いって事で沈静化したよね」
「うん、それ。まあボクはそのおまじないで女の子になっちゃったんだ。桜華がおまじないをしようとしててね。詳しいことはボクもよく分かってないんだけど、そこだけ分かってくれれば良いから」
それでね、と。ボクは言葉を続ける。
「緋翠ちゃんは気持ち悪いって思うかも知れないけど……」
「姫ちゃん、あたし驚きはしたけど、別に気持ち悪いなんて思って無い。勝手に人の気持ちを決めつけないで」
「あ、ごめん……。ううん、ありがとう」
「うん。それで、続き聞いてもいい?」
気持ち悪いって言われなくて、それが嬉しかった。
今のボクも過去のボクも認めてくれているようで、とても、とても嬉しかった。
「うん。ボク瑞貴が好き。男性の心じゃなくて、女性の心で瑞貴が好き。えっと……正直この体でえっちなことしたいなって思うくらいには……」
正直な思いを口に出して、頬が熱くなった。
「そっか……やっぱり、姫ちゃんも瑞貴が好きなんだね……」
「うん」
あっさりとボクが男だって言うことは流されてしまった。
ボクとしては結構重大な事だったのに! 緋翠ちゃんに取ってはボクが瑞貴の事を好きなのが重大なようだ!
ひどい! ボクの勇気を返して欲しい!!
「姫ちゃんって見た目と中身のギャップがあったから、何かあるのかなって思ってたけど、黙ってるから聞かなかったんだ。でもそう言うことだったんだね」
緋翠ちゃんがボクの横に座る。
ベッドのスプリングが軋んで体が少し跳ねた。
近い距離。男の時では絶対あり得なかった距離。肩と肩が触れ合いそうなほど近いのに、やっぱり同性にはときめかない。
「服の好みとか、スカートよりパンツがいいって言ったり、変だなって思ったの」
ああ、そうか。緋翠ちゃんの前では、スカートは嫌だって漏らしたんだっけ。
あれが引っかかっていたのか。
確かにあの頃は見た目と中身にズレは合ったと思う。
「そっか、緋翠ちゃんは最初から怪しんでたんだね」
「怪しむというか……、瑞貴がへこんでたときと同じような空気を感じてたの。言っても理解されないから言わない見たいな」
凄い、女の勘って怖い。それよりもボクが知り得ない瑞貴のへこんでるエピソードを聞いてみたい。聞いたら教えてくれるのかな……?
あ、でも、訝しみながらも緋翠ちゃんってボクに嫉妬していたような……?
「えっとね、緋翠ちゃん」
「なに?」
「ボク、緋翠ちゃんに負けない」
「あたしだって、負けないよ」
宣戦布告は静かに受け入れられた。
ボクを見つめる緋翠ちゃんの眼差しが熱い。
赤みがかった瞳に強い意志を感じる。だからといってボクも負けてられない。
ボクも同じように視線に絶対に負けない意思を込めて、緋翠ちゃんを見返した。
「あたし、文化祭が終わったら、告白する」
「うん」
「選ぶのは瑞貴だけど、それでも負ける気は無いから」
「うん」
ボクは頷くことしかできなかった。その決断を止めることはボクにはできない。
もう待っていられないのだろう。どれだけ思いを寄せていたのかはボクには計り知れないけれど、思い続けるよりも攻勢に出ることを緋翠ちゃんは選んだ。
ボクだって本当はもう待ちたくない。だけど、ボクの言いたいことは瑞貴がボクに告白してくれるまで待たないといけない。
ボクの本当の事を知っている人が増えた。
増えるに連れ胸の内が軽くなるけれど、暗い気持ちが日に日に強くなっていく。
知らない人が減っていくほどに……、騙しているかも知れないと思う罪悪感が積み重なっていく。
だけど、瑞貴なら、この思いも受け止めてくれるって信じてる。
「緋翠ちゃん」
「なに?」
「本当に気持ち悪いと思って無い? 体育の時に着替えとか見ちゃったし、プールに行ったときは裸も見たんだよ?」
「そんなこときにしてたの?」
緋翠ちゃんはボクの心配事を鼻で笑い飛ばしてくれた。
「だって、あたしから見たら、姫ちゃんって、見た目はお姫様なのに中身はボーイッシュな女の子にしか見えなかったよ? それに姫ちゃんは女の子の裸見たからって、えっちな気持ちにはならないでしょ?」
「うん、そういうことするなら、男の人……できれば瑞貴とがいい……」
「じゃあ、女の子だよ」
そう、断言してくれたのが嬉しくて、ボクは緋翠ちゃんに抱きついた。
驚いたように言葉を失っていたけれど、優しく抱きしめ返してくれた。
それが女の子の輪にやっと入れたような気がして、桜華以外の同年代の女の子にボクが女の子だって認められた気がして、とても嬉しかった。
「えっと、今更呼び方帰るの恥ずかしいんだけどさ」
言い淀む緋翠ちゃんは困ったような笑みを浮かべて頬を掻いている。
呼び方……、姫ちゃんという呼び方をやめたいのかな。
今でこそみんなボクの名前を呼んでくれているけれど、実は姫って呼ばれるの嫌いじゃないんだよね。
でも、その意思を汲んであげたい。
「ボクも今更だけど、呼び捨てにしたいかな」
「改まって言うと、なんか照れるね……」
全くだ。
ボク達は顔を見合わせて笑った。
「これからはちゃんとライバルね、燈佳!」
「うん。負けないけどこれからも友達でいてね、緋翠」
夏の終わり、同じ男の子を好きになったボク達二人は、親友になった。
「……ねえ、燈佳」
「なに、緋翠」
「課題見せてください、お願いします!!」
「いやでーす!」
「おーねーがーいー!」
親友は、とっても自分に甘い。もう少しストイックなってもいいと思うんだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます