挨拶で一波乱

 三人でわいわい騒ぎながら登校して、教室に入るとすぐに見知った顔を見つけた。

 すぐに駆けよって抱きつきたくなる気持ちをぐっと抑える。

 だけど、ボクが来たことに気付いて欲しくて、みんなが口々にかけてくれる挨拶に、


「おはよう」


 と、ボクも返した。

 そしたら、水をかけられたかのように教室が静まりかえった。


「あれ……?」


 どうして急に静まったの……。

 えっ、もしかしてボク実はクラス内に嫌われてた、とか……?


「び……っくりしたあ!」


 声をあげたのは、江口さんだ。大橋さんとの雑談を中断して僕の所に駆け寄ってきてくれた。


「姫ちゃんから返事が来るなんて思わなかったよ!」

「あ、江口さん」

「おはよ。いつもすぐ席に着くから、みんなびっくりしただけだと思うよ」

「えっと……、ボクって挨拶返してなかったっけ……」


 もう一か月以上前の事だし、記憶から綺麗さっぱり抹消されている。正直ここ最近思い出せるのって、桜華のセクハラ発言と、瑞貴を思って一人でしたことくらいで……ゲームの事もあんまり覚えてないや……。あれ、これ拙くない?


 えっと、ちゃんと返したつもりだったけど、もしかして声が小さかったとかそんなんなのかな。


「姫ちゃん、なんか夏休み明けてから雰囲気変わったねー。彼氏でもできたー?」

「ち、違うよ! 心境の変化はあったけれど……」


 それも、緋翠とライバル宣言したのとか、恋心を自覚したとか。瑞貴を好きで好きで堪らなくて繋がりたく思ってるとか、もうホント下半身に直結する思考でたまに嫌になるんだけど。


「そっかあ、だから今日は挨拶ちゃんとしてくれたんだ!」

「それはそうかも……」


 瑞貴に気付いて欲しくて出した声が、まさか波紋を呼ぶなんて思いもしなかった!

 改めて教室内を見渡すと、そこに嫌悪の空気はない。

 一部バツの悪そうな顔の人達もいるけれど、最終的にはその人たちとも仲良くなれたらいいなあ……。


 雑談から解放されて、自分の席に着く。

 このクラスは席替えがないと鈴音先生が言っていた。くじ作るのが面倒だとか言ってたけど、班を崩さないようにするための配慮なのかも。

 だから、ボクの隣には必然と瑞貴が居る。それがどうしても気恥ずかしい。

 ボクは伺うように、瑞貴を見た。

 クラスの男子と話をしている瑞貴は、ボク達と居るときとは違った顔をしている。

 屈託なく笑う顔が可愛くて、本当にドキドキしてしまう。

 学校に行きたくないなんて言って本当にゴメンナサイでした。


「よっ、おはようさん! 今朝は頑張ったなー!」


 にっこりと笑ってボクを労ってくれる瑞貴。それが堪らなく嬉しくて、学校に来た甲斐があったなあって思う。


「いやあ、榊さんの声が朝から聞けて良かったよ。元気そうで何より」

「そうだなあ、夏休み中にまた一段と可愛くなって……」


 伊藤くんと駒田くんが二人して、不出来な子を見守るような親の顔で、そんな事を言う。

 なんというか、わざとらしすぎて、お世辞だって言うのが丸わかりで、ボクも緊張しなくてすむ。目元を拭う振りとか、ノリがいいんだから。


「あはは、ありがと」


 ボクは笑ってそれにお礼を言うと、瑞貴以外の二人が固まった。

 どうしたのかな?


「燈佳……、笑うときはちょっと位計算をしろ! 無邪気に笑うな!」

「いひゃい……」


 頬を思い切り引っ張られた。痛い。

 な、なんで怒られないといけないんだよ! ボクこれでも愛想笑いのつもりなんだけど!?

 無邪気な笑顔は瑞貴とか近しい人達にしか見せてないよ!!


「瀬野ちょっと」

「あぁん?」


 あに濁点が付いていてもおかしくないくらいの濁った声で、ぞんざいに返事した瑞貴は、三人で内緒話を始めてしまった。

 ボクには断片的にしか聞こえてこないし。疎外感が半端ない。いいもん……男子と女子で聞かせたくない話があるのは知ってるし……。

 ただ、時折聞こえるのが、マジヤバイとか、死ね瀬野とか、物騒な物ばかりだ。


「とーかっ!」

「うひゃああ!!」


 後ろから、無い胸を揉まれた……酷い……。

 声の主は桜華だ。というか最近、桜華、こういうこと増えてきたなあ……。欲求不満なのかなあ。


「いくら何でも、物欲しげに見過ぎ。そんな無防備だと食べちゃうよ?」


 といって、ふっと耳に息を吹きかけられた。背筋がぞっとする! やめて欲しい!!


「桜華ぁ? 食べるって、なにさ、性的に? 桜華がボクを? そんな強硬手段に出て良いの? 泣くよ? 警察呼ぶよ? 暴れるよ? 翡翠呼ぶよ? それに……瑞貴も呼ぶからね」


 混乱してたから適当に口走ったけど、途中で冷静になって、最後はちらっと好意を込めて言ってみた。本人には気付かれないで欲しい。


「くぅ……燈佳、強くなったね……」


 なんだ、今日はお涙頂戴の日なんですか。同じ動作をつい数分前に見たんだけど。ひどいやい。

 でもいいさ、桜華がついに屈したのだ。初の快挙である! 教室中にどよめきが広がってるし、ボク達の行く末を見ていた層が一杯だったのだろう!

 後、桜華は髪切ってるしね、何があったのか察してる層多そうだけど。


 ただ解せないのが、まことしやかに聞こえた、これで名実ともに姫ちゃんがクラス最強か、とか言う声だ。

 ボクは最強になるつもりはない、です。


「全く……、ボクが一体何をしたと」

「大丈夫。燈佳はいつも可愛い、えっちしたいってだけだから」


 男子の何人かが、顔を赤くしていた。

 それを見て、ボクはやっぱり、そう言う目って向けられちゃう物なんだねって改めて思ってしまったよ……。

 瑞貴にならいくらそう言う目で見られても、それこそ一人用のアレにされてもいいんだけど、他の人はちょっとなあ……。


「えっちは余計だよ。後、桜華……ボクもう今月来てるからね……?」

「あれ、そうだったんだ」


 知らなかったらしい。態度で気付いて欲しかったけど。まあ、流石に人の周期事情なんて気にならないよね。結婚してるパートナー同士とかじゃない限り。


「まあ、でも安心して。私なんて胸しか見られてないから」


 何人かの男子がさっと目をそらした。

 しょうがない。桜華のおっぱいは大きい。まさにおっぱいである。

 ただ、触ったら負けだと思ってるから、触らない。

 けど……!


「桜華のおっぱいは大きいもんねえ……」

「触る? 燈佳なら良いよ」

「えー……ブラの上から触ってもねえ……」

「ん、そうだけど、ほら……」


 そう言って、桜華は周りを指し示した。

 完全に教室は静まりかえっていて、ボク達の一挙手一投足を見逃すまいと固唾を呑んで見守っている。

 男子は鼻の下を伸ばして。女子もなんだかんだで見てる。

 そんなに気になるのか。

 割と桜華のおっぱいは乳首まで合わせて形の良いおっぱいです。教えてあげないけどね!!


「あんたたちは朝っぱらから一体なにやってんのよ!!」

「あう……」

「痛い……」


 スパーンっと何かではたかれた。

 翡翠を見ると手にはハリセン。いやいやいや、それどこから出てきたの。


「昨日作っておいて正解だったわ。絶対夏休みの気の緩みで、自宅のいちゃいちゃ持ち込むと思ったから……」


 得意気に胸を張る翡翠なんだけど。


「ひーちゃん、正直なこと言っていい?」

「ボクも」


「その労力、課題に回せばよかったんじゃ?」


 その言葉を聞いた翡翠は項垂れていた。ざまあない!!

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