好きだって言うきもち

 浴衣のお値段を聞いてびっくりした。

 なんと言ってもタダである。店員さんが頭を抱えていた。ブランド服をほいほい人にあげる社長がどこに居るのかと。それになんだかんだで、この浴衣は一品物になるらしい……。

 それを聞いて店員さんの気持ちが少し分かってしまった。


 とてもいい物だった。

 ボクのは白を基調とした、淡い紫色の紫陽花や朝顔が裾元に描かれている。それに鮮烈な紫の桔梗の花が咲き誇っていた。

 服を見て息を飲んだのは初めてだ。なんというか、すごい……。そうとしか言えない。


 三着ともに意匠が凝らしてある。

 桜華のは夜色に桜の花びらが散りばめてあり、胸元に来る所には淡いピンクの椿の花――後から聞いたら乙女椿というらしい――が咲いていたし、緋翠ちゃんのは裾元から昇るように淡くなる赤に、金盞花や新緑の枝葉が咲き誇っていた。どれもこれボク程度の知識じゃ筆舌しがたい代物だった。


 ただただ凄かった。この気持ちは二人も一緒だったみたいで言葉を失っていた。


 そして、サイズを合わせて貰って、着付けの仕方を教えて貰った。

 なんというか、なんていうんだろう……。ワンピースの時もそうだったけれど、これがボクだけの物だって事を考えたら、胸にこみ上げてくる物がある。

 誰かから、ボクの為だけにって事を考えるだけで溢れる気持ちがある。嬉しいのに涙が溢れた。

 急に泣き出したボクにみんながオロオロしていたけれど、ボクはボク以外の誰かがボクの事を気にかけてくれるのが、どうしようも無く嬉しく思ってしまうらしい。それが分かっただけでも十分だ。


 気分上々で家に帰って夕飯を作る。余り物にしては豪勢な料理を作って、桜華と一緒に楽しく食べて、ボクはシェルシェリスにログインした。

 この時間なら沙雪さんは絶対居るだろうし、お礼言わないと。

 メッセージで一応お礼は言っておいたのだけど、やっぱり直接お礼が言いたくて。電話番号は知らないしね……。


『こんばんはー』

『結姫ちゃんだああああ!!』


 すぐさま返事が返ってきたのは沙雪さんだけだった。何人かは多分狩りに出かけてるのかな。瑞貴も緋翠ちゃんもまだログインしてない。


『沙雪さん、今時間大丈夫?』

『うんいいよー』

『ちょっと個別飛ばすねー』


 そう言って、ボクは一対一のチャットウィンドウを表示する。

 何を切り出そうか、少し迷って、やっぱり直接的に言うことにした。


『浴衣ありがとうございました。本当に貰ってもいいの?』

『いいよいいよー。久々にひらひらしてない服作れて楽しかったし! それより、気合い入れてたみたいだけど、意中の人には通じた??』

『えっと……』


 どうしよう、言ってしまおうかな。ボクの好きな人のこと。

 沙雪さんはなんだかんだで口は硬いし、進路のことで相談に乗ってもらった事があるし……。なんだかんだでギルドのお姉さんだし。ボクも信頼してはいる。

 だけど、ボクだけで解決しなくてもいいのかな。


『おーい、だいじょーぶ?』

『え、あ、うん。ワンピースは似合ってるって、見惚れたって言われた。沙雪さんの作る服は凄いね。ボク今日の浴衣見て、泣いちゃった。なんか凄かった!』

『そう言ってくれるのは嬉しいねえ。作り手冥利に尽きるよー』

『それで、えっと相談というか、少し話を聞いて貰いたいんだけど、いいかな……?』

『あら、結構真剣な感じ? まさか、恋の悩み?? 結姫ちゃんもお年頃だもんねえ』


 何でバレてますかね。

 まあ、でも実はそうなんだって言っちゃえばいいだけだし、幾分か気は楽かも。


『うんそのまさか』

『やっぱりー。その人格好いいの?』

『マスターだよ』

『そっかー。結姫ちゃんずっと懐いてたし、マスターが危ないときとかもずっと側にいたもんね。やっぱりその頃から好きだったの?』


 沙雪さんは驚いた素振りも見せずに即レスをしてくれる。


 マスターが追い詰められてた時期があったのはギルドのみんなが知ってるけれど、その時はボクは仲のいい人程度だった。

 何も言わないマスターがいつ言ってくれるのかなって思ってたけど、いつの間にか一人で立ち直ってたから凄いなあとは思ったけれど。

 拾ってくれた恩もあるけれど、やっぱりギルドの中で一番仲が良かったから、本当に心配だったわけだし。

 親愛はあったけれど、情愛には至ってなかった気がする。


『本当に好きになったのは最近だよ。ボクちょっと酷い目に合わされたことがあって、その時にマスターに助けて貰って、それから、かな』


 あの時の事はもう一か月も経ったのに昨日のことのように思い出せる。

 嬉しさと恥ずかしさと、ふわふわした気持ち。

 もっと触っていて欲しいとか、頭を撫でて欲しいとか。

 今日感じた、側に居たい、居て欲しいという気持ちも合ったと思う。


『えっとそれで、とある女の子に告白されて、その子を振ったときに、ボク、マスターのことが男の人として好きなんだって気付いた感じ』

『あら、結姫ちゃんって女の子にもモテるんだ』

『その子が特別なだけだよ? 小さい時からずっと付き合いがあった子だしね』

『そっかそっか……。人を振るのって辛かったよね。結姫ちゃんは強いねえ』


 ボクは強くは無いけれど、気を持たせるのはダメだと思った。

 だから、はっきり脈はないと伝えた。それで泣かれたしし挙句キスまでされたけれど。


『それで相談って?』

『相談、というか、えっと、すっごく変な話だけど聞いて貰っていい?』

『うん。おねえさんに任せない!』


 どう言えばいいかな。

 ここで例え話と言っても、すぐにボクの事だって看過されるだろうし……。

 あっ、そうだ、ちょっと聞きたい事があったんだ。そっちでお茶を濁そう。


『男の人ってやっぱり、胸が大きい方がいいのかな……? マスターはどっちにも魅力があるって言ってるけれど……』

『そうねえ……私は男じゃないからなんとも言えないけど、セックスシンボルだし主張した方がいいかもねー。別に胸じゃなくてもお尻でもいいし、髪型でも、か弱さでもそういうのは表現できると思うけれど、やっぱり結姫ちゃんくらいの大きさだったら気になっちゃうんだね』

『うん』


 周りをみても、ボクより小さい人なんてくるにゃんだけだし。

 触りたいとは思わないけれど、やっぱり、ちょっと羨ましい。

 お風呂の時に毎日揉んではいるけれど痛いだけですぐやめてしまうからダメなのかな。

 でもなあ、たまになるそう言う気分の時は痛みとか無いんだよね……。


『うーん、一応貰ったデータから見ると、少しは成長してるけど、本当にミリ単位なんだよね。でも諦めなければ大きくなるかも?』

『まだ希望捨てなくてもいいのか……!』


 朗報だ! これは朗報である!! やった、まだ諦めなければ成長の余地がある!

 せめてAできればBまで育って欲しい。がんばれボク。


『豆乳とか良いって聞くけど、どーなんだろうね』


 豆乳……なるほど。でもあれ、あんまり美味しくないんだよなあ。コーヒーのミルク代わりに豆乳を入れるか……。


『で、実際の所、これが本題じゃ無いんでしょ?』

『ばれてた……』

『そりゃあねえ。私だって一応それなりに人生経験積んでるからね』


 どうしよう……。

 もう殆ど後戻りできない状況だけど……。


『まあ、言い辛いなら言わなくてもいいけど、私に相談を持ちかけるってことは身近に相談できる人がいない状況なんでしょ?』

『うん……』


 第三者、特に沙雪さんのような境遇としては瑞貴と同じ境遇の人に話を聞いて貰うのは悪くない。

 といっても、突拍子も無いことだからどこまで信じて貰えるのか分からないけれど。


『ちょっとね、なんか話の流れで考えることになっちゃったんだけど』


 結局ボクは誤魔化すことにした。真面目に考えてくれなくても良いけれど、今のボクの気持ちを吐露したかった。

 誰かに聞いて貰いたかった。

 ボクは説明した。ボクの取り巻く状況のことをできるだけ詳細に。

 ボクが魔法で男から女になっていること、レイプ未遂にあって、助けてくれた男の子を好きになっていること、そして、幼馴染みの女の子からの告白を袖にしたこと。

 明らかにボクの周囲のことだって分かるけれど、沙雪さんは茶化さずに聞いてくれた。

 あるいはもしかしたら、これがボクの事だって分かった上で聞いているのかも知れない。

 なんて言ったって、大人の人だ。子供のボクが考えるより遥かに色々と考え事をしている人達だ。


『そっかー、その元男の子は男の子に恋しちゃってるのかー。それはなんていうか辛いねー』

『うん。どうすれば幸せにできるかなって』

『その元男の子は、女の子として生きていきたいって思ってるのかな』

『うん。多分そんな感じ』


 ボクはどうしたいんだろう……。

 瑞貴と結ばれたい思いはあるけれど、どっちとして生きていきたいのかそれは決めかねている。なんとも宙ぶらりんな状況だ。


『ふうむ……その相手の男の子のことを考えたら身を引くのが妥当だけど、恋ってそう言うものじゃ無いからねー。私としては全部打ち明けて受け入れて貰うかなあ。その状況なら多分十中八九受け入れて貰えると思うけど、元男の子側は結構怖いね』


 そう。打ち明けるのが怖い。特に打ち明けるために元戻る切符が一枚まだのこっている。けれどそれを行使して、嫌われるのが怖い。


『ありがと、聞いて貰ってちょっとスッキリした』


 どうしたいのか定まらないけれど、沙雪さんは沙雪さんなりの答えを出してくれた。

 ボクはやっぱり瑞貴が好きで。瑞貴に可愛いって言ってもらえるのがたまらなく嬉しくて。

 あの手で体中触られてもいいって思うくらいには、心を許している。


 打ち明けるべき、なのかな……。


 あっ、念のためにアルバム送ってもらおう。いつになるか分からないけれど、もしかしたらそう言う話をする事があるかも知れないし。

 母さんにメッセージを送る。

 家族とは月に一度か二度、近況連絡のメッセージをやり合うだけだ。学校は楽しくやっているってこと、カウンセラーの人がなぜか養護教諭をやっていること、そう言ったことは、肝心なところをぼやかして伝えてある。


 返事はすぐ返ってきた、用意して送ると。

 本当はこうなってしまったことを打ち明けたいけれど、やっぱり怖い。ボクが榊燈佳だって認識されなかったら、多分ボクはこれから先真っ当に生きていけないかも知れない……。


 どうすればいいんだろう……。

 みんなにおおっぴらに打ち明ければ、この胸の内にある苦しみは軽くなるのかな……。


 分からないや。

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