お祭りに行きたいお年ごろ

 桜華から、夏祭りが八月の十二日と十六日の二回に分けてあると聞いた。

 天乃丘では、どうやら、お盆の迎え祭りと送り祭りと言うらしい。

 霊魂を迎え入れる為の前準備のためのお祭りと、霊魂を送り届けるための儀式。

 前半は普通のお祭りだが、後半は花火大会や盆踊りといったものになるそうだ。


 ボクのすんでいたところだと夜市といって毎週日曜日の夕方五時から九時までの短い間だけ商店街に出店が並ぶという物だった。

 やっぱり、場所によってお祭りの特色は違ってくるものなんだなあ。


「ねえ、桜華、髪とか変じゃないかな?」


 結って貰った髪が普段と違う感じで落ち着かない。もう何度となく桜華に聞いている。

 だって、不安なんだもん……。

 不安で、緊張して、さっきからもう既にペットボトル飲料を一本空けてしまっている。

 桜華にはトイレ近くなるよって釘を刺されているんだけど、だって、喉が渇いて仕方が無いんだもん。変って思われたら嫌だし。


「大丈夫、安心して、可愛いから」

「う、うん」


 そう言われてもやっぱり自信は持てないわけで。

 もうなんだろうね、このそわそわした気持ち。

 貰った浴衣を着て、下駄を履いて、巾着を持って。人の流れに沿ってボク達は待ち合わせ場所を目指している。

 商店街から伸びる神社の鳥居の側。この街で一番高いところがそこで、そこが中心地であり、メインの待ち合わせポイント。


 町を半分に割って、平地側が前半で、海側が後半。といっても海はリアス式海岸で接岸はできないし、天乃丘に港は無い。

 だけど、海に花火を設置して、近くの展望施設から夜景に映える花火を見ることができるらしい。それは少しだけ楽しみだ。


 浮かれた人達……勿論ボク達も含んでいるんだけど、その人達がわいわいと騒ぎながら各々が人を待っている。

 待ち合わせまではまだ十五分も時間に余裕がある。

 ボクが早く浴衣姿を見せたかったから、早めに出てきたのだ。

 付き合わされた桜華はうんざりだろうけれど、たまにはボクのワガママに付き合ってくれてもいいと思う。


「燈佳ってお祭り好きだよね」

「だって、太鼓の音とか、提灯の明かりとか、出店の独特な感じとか、よくない?」


 本当は、みんなを待たずに早く行きたいくらいなんだけど……。

 騒がしいのは嫌いだけど、賑やかなのは好きだ。

 プールなんかのレジャー施設もそうだけれど、暗い顔をしている人が少ないのが何よりもいい。

 大体がこの場の空気に浮かされて、注目を浴びにくいというのもあるけれどね。


「はあ……燈佳は気付いてないだろうけれど、私たち注目されてる」

「嘘!? ボクが人の視線に気付かないとかあり得ないんだけど」

「それ、良くなってきてるんじゃ無いのかな」


 嘘だあと言いたい気持ちを抑え込んで、改めて周囲を確認すると、確かに。ちらちらとボク達の方を伺っている人たちがいる。数人じゃなくて、十数人。

 男性の視線だけじゃ無くて女性の視線も混じってる辺り、単純に興味本位で見ているだけだろうか?


「あんまり気にしてなかったけれど……そういえば人の視線、怖くない」

「良かったねえ」

「うん……」


 恐怖は感じないけれど不躾な視線に嫌悪は感じる。でもそれは誰だって一緒だろうし、何もボクだけのことじゃないってのは桜華と過ごして、話をして分かっているつもり。


「おー、やっと見つけた」

「……こんばんは」


 その顔を見ただけで、どきりと心臓が跳ねた。

 久しぶりに見た瑞貴。いつもと変わらない気がするのに、なんだか新鮮だ。


「その手に持ってるのはなに?」


 じとーっとした感じで、桜華が言う。瑞貴の手には大小様々な袋が下がっている。

 匂いからして食べ物なのは分かるけれど、匂いが混ざりすぎて混沌とした有様を醸し出している。正直に言って、ヤバイ。ソースとフルーツと甘味と、混ぜるな危険とはまさにこのことだ。


「夕飯の代わりになー。何か食べるか? 燈佳にはチョコバナナをオススメしたい! フランクフルトでもいいぞ!」


 チョコバナナは嫌いじゃ無いけど、一体全体どういう意図があるんだろう?


「変態、死んだら? 燈佳に何させるつもり……」

「あー……。瑞貴、浮かれるのは良いけど公衆の面前だからね?」


 桜華の一言で何させたいか分かってしまった。酷すぎる。何も気付かなければボクはボクが気付かないうちに辱めを受けていたのか!

 そして、桜華は瑞貴の手荷物から、目当てのもの……ビニルで包装されたトッピングが乗ったチョコバナナを取り出すと、


「こうして欲しいのかな……?」


 がぶりと噛み千切った。

 そのままもぐもぐと咀嚼していると、瑞貴が相当青ざめていた。

 なんで青ざめたのかは分かるような分からないようなだけど……。


「ひっ……まじすんませんでした!!」

「……んぐ……分かれば良い。でも美味しいから、燈佳も食べる?」


 半ばから噛み千切られたそれは、トッピング部分は殆ど無くなって、チョコでコーティングされたバナナがあるだけである。


「うーん、他に何があるの?」

「色々買ってきたぞ。お好み焼き、焼きそば、たこ焼き、綿飴、金平糖、りんご飴、ポテト、フランクフルト。メジャー所は一通りなー。焼き鳥も買ってこようかと思ったが流石にあれは量が多すぎた!」

「えっと、じゃあ食べやすいたこ焼きちょーだい、いくら?」


 お祭りの雰囲気合わせて選んだがま口の財布を巾着から取り出して、お金を払おうとしたんだけど、


「いらんいらん、奢りだ奢り。強いて言うなら、一口食べさせてくれ!」


 なんか分からないけれど、それくらいなら別にいっか。

 人様のお金で食べる食べ物はとっても美味しいしね!


「それくらいならお安いご用だよ」

「マジか!?」


 何でそんなに喜んでるんだろう?

 別に食べさせるくらいなんてこと……あっ。

 気付いて途端に頬が熱くなる。だけど、一度言ったことの取り消しはしたくない。ボクの矜持として。


「自爆してどうするの」

「むう……! 言ったからにはやるし!」


 受け取って気付いたのだ。楊枝が一つしかついていないことに……。おのれたこ焼き屋の店主めっ、謀ったな……!!

 でもしょうが無いやるしかない。


「燈佳、顔にやけてる」


 にやけてないよ! 気のせいだよ!!

 まあ、ちょっとやりたかった気持ちはある。


「はい、瑞貴」


 たこ焼きを一つ差し出す。さすがにあーんって言うのは恥ずかしかった。

 時間が経って少し冷めたたこ焼きが、瑞貴の口元に運ばれていく。

 そして、ぱくりと。

 なんだこれ、なんだこれ!! たったこれだけのことなのに凄く恥ずかしいんだけど!?

 そして、ボクがこの楊枝を使うのか……。は、恥ずかしすぎる……。


「うむ、出店の安っぽい味だが、まあ雰囲気に合致してるな」

「あ、あはは、そ、そうなんだ……」


 やばい。乾いた笑いしか出てこない。

 どうする、ボク。


「だから、自爆っていったのに……」


 じっと楊枝を見つめるボクに、桜華が呆れた様に言った。

 しょうが無いじゃん、気付いたときには遅かったんだから。

 うう、くそう……か、間接キスだよ、これ……。

 前だったら全然気にしなかったのに、好きだって気付いたらこんなにも気になるなんて。


 意を決して食べる。

 なんというか、安っぽいソースの味とえも言われぬ幸福感が満たされた感じがした!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る