ラブレターをもらった

 体育祭はさんざんな目に遭った。

 まさかのボクが最多出場の四種目。


 そして、二人三脚では瑞貴くんと組まされ男子からも女子からも大ブーイングを受けた。その中ボク達は爆笑しながら一位でゴールしてやった。いっそのこと振り切ってしまえばこっちもギャグとして受け取ることが出来るし。


 騎馬戦は思い出したくない。女子が修羅だった。それだけだよ……。

 さらに障害物競走にも出場した。他の組が胸部装甲的な意味で戦力の高い人達を出してくるのに対してボクの戦力は心許ない。うん、あの視線は痛かったよ。そうだよね、揺れるおっぱいがみんな見たかったよね、ごめんね。文句は他薦したクラスメイトに文句言ってね。


 後は、タイム順で出場が決まった男女混合リレーだけど、それはまあ、無難に終わった。普通に問題無く勝ったよ。四組はなんだかんだで強いねえ。

 まあ、勉強もそこそこ出来て、運動もそこそこ出来るボクに対してみんなが酷いいいようだったけど。ずるいって。万能おかん系姫って酷くない? ボクそんなにおかん的な事やってないんだけど?



 そして月が変わって六月。梅雨の時期になってしまった。

 ……ちょっと予想はしてたんだけど、ボクの髪が酷いことになってるんです。

 爆発しなかっただけマシってみんな言うけど、割とちょっと自慢出来てた髪がぺたんこになってるのはショックなんだよ?


「ちゃんとケアしないからそうなるのよ」


 とは桜華ちゃん談。

 ちゃんとしてたつもりなんだけど、手入れが足りなかったらしい。

 いつもと変わらない様子の桜華ちゃんは相当気を遣ってるんだろうなあ。お風呂長いしね。

 でもたまにお風呂場で喘ぐのはやめて欲しいです。何をしてるのかは聞かないようにしてるけどさ。一時間以上戻ってこなかったりしたら流石にボクだって心配になるんだから。


 曇り空の下、また衣替えが済んで夏服に替わった。半袖はちょっと恥ずかしい。腕が細いのもあって、見る場所からは脇とか脇腹とかブラ紐とか普通に見える。というか、割とそこに視線が集中してるのが分かる。

 手荷物には傘が増えて、雨で出来た水たまりに浸かった日には一日憂鬱として過ごさなければいけない日々になってしまった。

 あんまり梅雨の時期は好きになれないなあ……。


 そんなこんなで六月のある日、いつものように桜華ちゃんと一緒に登校して来たら下駄箱に一通の手紙みたいなものが入っていた。

 えーと……これ、なに。はたしじょう? 知らないうちにいろんな所から恨み買ってた……?


「ついに来てしまったのね……」


 固まってるボクの横から桜華ちゃんがしみじみ言う。


「えっと……これ、もしかして」

「うん、そのもしかして」

「そっか……。果たし状貰うほど恨み買っちゃったか……」

「どうしてそうなるの!?」


 珍しく桜華ちゃんが声を荒げた。え、違うの?


「どう見ても、ラブレターじゃない。今時こんな丁寧に宛名まで書いて……」


 うん、封筒の前面には、ちょっと神経質な字で榊燈佳様へと書いてある。

 でも差出人の名前が書いてないし、もしかしたらラブレターに見せかけた悪戯かも知れない。

 表面的な嫌がらせは無くなったけれど、まだ渡辺さんたちのグループからは時折嫌がらせを受けているし。


「何を難しい顔してるの? 素直に喜べば良いじゃない」

「いや、でも、なんでボク……?」


 こんなもの貰う資格なんてボクには無いのに。

 表面上は本物だけど、中身は真っ赤な偽物のボクにどうして?

 ボクなんかより、周りにはもっと素敵な人が一杯いるのに。


「ボクよりいい人一杯いるのに」

「また、そうやって自分を卑下にして。燈佳ちゃんは可愛いんだからもっと自信持って」

「でも……」

「でもも、だっても無いよ。そんなのこれを書いてくれた人に失礼だし」


 あ……。

 うん、そうだ。

 なんで気付かなかったんだろう。

 ボクが自分を卑下にすればするほど、同じようにこの暫定ラブレターを送ってくれた人の価値も下がる。


「自分の事を可愛いと思えなくなったのは、多分、その体がちゃんと燈佳ちゃんになじんだ証だと思うの。私だって自分の事には自信ないし」

「そんな! 桜華ちゃんは綺麗だよ」


 うん。綺麗だ。

 艶やかな黒髪を伸ばして、高い身長に引け目を感じず堂々として、それにスタイルもいい。

 顔立ちも整っていて美人さんだ。


「ほら」

「あっ」


 今の一言で、分かってしまった。

 自分は自分にあんまり自信が持てないんだ。それを隠す為に装うんだ。化粧とは、そういうのを全部ひっくるめて化粧なんだ。


「だから、ちゃんと読んで答えてあげないと」

「……うん。なんか桜華ちゃん経験者みたいだね」

「一応、これでも中学の時は何回か告白されたことあるし」

「やっぱり」

「ちゃんと断ったよ。遠くに住んでる幼馴染みの事がずっと好きなので、ごめんなさいって」

「そうなんだ、遠くの幼馴染みさんも桜華ちゃんに思われて幸せだね」


 とぼけて見せた。

 流石に面と向かってボクの事が好きだって言われるとやっぱりドキドキする。

 でもこのドキドキが異性に対してのドキドキなのかそれはよく分からない。


「もうっ。別にいいけど、長期戦覚悟だし」


 桜華ちゃんが小さく笑ってくれたから良しだ。

 うん、ダメだね。必要以上に自分で自分を下げちゃダメだ。それは評価してくれている相手に失礼だもん。


「ボク、頑張ってみる。でも、お昼休みに相談に乗って貰っていい?」

「いいけど、瀬野くんはどうするの?」

「モテる人からの断り方を聞くのは大事」


 なんで、瑞貴くんの名前が出てきたのか分からないけれど、一緒に断り方を考えてくれる人がいるのはとっても大事なことだ。

 だって、今のボクは自分の事だけで手一杯で人のことなんて考えている暇がないんだから。


「断るの前提なんだ」

「うん……。こういうのまだよく分からないし」

「そっか。でも、そのうち分かるよ。あ、これが好きなんだって」

「そうなんだ」

「うん。だって、私がそうだもん」


 実感がこもってる。

 すごいなあ。


「だから、早く読んであげようよ」

「それ、桜華ちゃんが見たいだけなんじゃ」

「ううん、だって、大体の文面予想付くから」


 そう言う物なんだ。

 じゃあ、とボクは丁寧に糊付けしてある封筒の封を切る。

 白い綺麗な封筒の中からは、パステルグリーンの便せんが出てきた。

 そこには、


 放課後教室で待っていてください、伝えたいことがあります。

 これはいたずらではありません。


 手短にそれだけ書いてあった。

 本当に悪戯ではないのかと疑ってしまうが、今はそれを飲み込もう。

 それも踏まえて、みんなに相談してみようと思う。

 こんなのどうすればいいかなんて、ボクには時間のかかる問題だ。

 きっと一人だったら封筒すら開けられずにいたはずだから。


「うん、やっぱり、燈佳ちゃんがしっかり答えを出してあげるべき問題だね。受けるにしろ断るにしろ」


 訳知り顔で桜華ちゃんは頷いている。

 この手合いには慣れているのかな。羨ましいな。中学の時にボクに告白してくる人なんて居なかったからなあ。そもそも告白されたとしても冗談でしょってあしらって冷ややかな目で見られてたと思う。


「やっぱり、ボクみんなの意見が聞きたい」

「じゃあ、お昼休みに相談しよっか」

「うん!」

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