なんでもない昼休み

 それは何気ない五月半ばの昼休みの事。天気は晴れ。外は気持ちのいいそよ風が吹いている。

 衣替えがあって、ブレザーを脱いだのはいいけれど、下着が透けるからと脅されボクは桜華ちゃんにサマーセーターを着せられている。とても暑いから涼みたかった。


 学校という閉鎖された空間で、ボクは一人で散策出来る位には慣れていた。

 探しているのは涼しくて、静かなところ。教室は煩いし、図書室は意外と人がいるから嫌。


 校内探索も含めて色々やってるんだけど、中々見つからない。

 とてもよいロケーションの場所を見つけたけれど、そこで一度逢い引きの現場を見た。その時はどうしようかと思ったけど、とりあえず見なかったことにした。それ以来そこには近寄ってない。


 結局巡り巡って教員棟の屋上まで来てしまった。

 生徒用の校舎と特別教育用の校舎、そしてその間に挟まれるように教材なんかや先生達が詰める教員棟がある。事務所や校長室も全部ここにあるし、移動教室の時なんかは必ず通らないといけない。

 設計思想的に先生達が屋上に出てタバコなんかを吸うために作られたのだろうけれど、もっぱら先生達は喫煙室でコーヒーとか飲みながら吸ってるみたい。不健全だ。


 だから、以外と教員棟の屋上は穴場である。

 他二棟の屋上は基本的に施錠されているから、外に出ることは出来ない。


「あれ、瑞貴くん」

「おー、燈佳。どしたん?」

「涼しくて静かなところで本が読みたくて」

「図書室行けばいいだろ」

「人の目あるし」

「そうかー」

「ここなら人いないと思ったけど……、残念だよ」


 うん、とっても残念だ。ボクだってたまには一人になって静かに日の光を浴びながら本を読みたいときがある。だけど、知り合いがいるならやっぱり話はしないとダメだし。


「本当に残念そうだな」


 苦笑する瑞貴くんの横に座って、遠慮無く本を開く。図書室で適当に借りてきた益体の無い暇つぶし用の本だ。

 その中から面白さを見つけ出すのが最近の楽しみ。面白くなければすぐ返却してしまえばいいからね。そういう意味じゃ図書室で本を借りるっていいかも。元手がかからないし吟味する必要無いし。


「本当に残念なのか……?」

「残念。だけど瑞貴くんはボクの邪魔しないって信じてるから」

「まあ、俺も昼寝に来ただけだしな」

「珍しい。いつも誰かと一緒に馬鹿話してる気がするのに」


 瑞貴くんは、意外とやり手だ。クラスの壁なく誰彼と仲が良くて、お昼の時はボク達と食べてるけどそれ以外は結構誰かといる。とっかえひっかえ男友達が一杯だ。わざと語弊があるように言えばだけど。


「だなー。今日は何というか眠かった。話変わるけど、そろそろ体育祭だな」


 そういえば、そんな話がちらりと聞こえた気がする。

 ボクは不参加決め込もうと思ってたけど、これが意外と盛り上がるらしい。


「あんまり出たく無い」

「えー、俺姫さまのチア姿みたいんだけど」

「絶対着ない」


 あんな恥ずかしい物着てたまるか! まだ学ランの方がいいし、着慣れてるから!


「えー……」

「着ないったら着ない。コスプレも絶対嫌」

「そこまでか……。それならこっちだって考えがあるぞ!」

「できるの? 瑞貴くんが? ボクに? 強気に出れるの?」

「え、あ……いやまあ、分かってるならお願いくらいきいてくれよお」


 情けない声をあげる瑞貴くんが面白くて、ボクは何度となくからかった。

 いつもの四人の関係は三すくみな関係だ。

 ボクは瑞貴くんに強くて、瑞貴くんは緋翠ちゃんと桜華ちゃんに強い、そしてその二人は主に桜華ちゃんがボクに強い。いやホント、ボクに何かさせたかったら緋翠桜華ペアを使うんだね!


「目立つこと以外なら聞いてあげるけど」

「じゃあ、膝枕」

「えー……。まあそれくらいならいいけど」

「燈佳は意外と好きだよな、膝枕」

「まあ、別にこれくらいならねー」


 おいでと、ボクはぽんぽんと姿勢を崩した太股を叩く。

 まあ、スカートで膝まで隠れてるから別に直に触られるわけでもないからね。


「ううむ、これで姫さまにおっぱいがあれば絶景なんだが……」

「はいはい、なくてごめんね。怒るよ」

「すまん、悪かったこの通りだから、甘美な一時を過ごさせてくれ!」

「はあ……。それより瑞貴くんもやっぱり大きい方が好きなのね」


 意外な事実だよ。

 緋翠ちゃんは小さい方が好きみたいだって言ってたけど。そうじゃなかったのか。やっぱり少しは豊胸マッサージを調べてやるべきか……。いやでも、一か月前とくらべ少しくらいは大きくなってないかなボクの胸。後で桜華ちゃんに聞いてみようかな。


「何を言ってる! 大きいのにも小さいのにもそれぞれ魅力があるだろ!? どっちがいいかなんておっぱいに失礼だ!」

「あ、うん。ごめん。黙って」

「あ、はい……」


 暫く無言の時間が続く。当りに響くのはボクが本のページを捲る音だけ。

 そよ風が髪を揺らして、心地良い空気と、顔を上げたときに広がる雲一つ無い青空が綺麗だ。

 ふと視線を下げると、瑞貴くんがじいっとボクを見ていた。いつからだろう、全く気付かなかった……。


「えっと、何?」

「いや、なんか燈佳ってあんまり女子って感じしないなーって改めて思っただけ。可愛いんだけどさ」

「割と可愛いとかって誰にでも面と向かって言ってるけど恥ずかしくないの?」

「慣れだな。世辞とかそういうので言い慣れた。でも本気でそう思ってるよ。普通男に膝枕せがまれてほいほいする奴いるかなーって思って」

「いるんじゃない? 緋翠ちゃんとか」

「あー、まあ、もしかしたらいるかもな……。でも燈佳が近くだと気が抜けるから楽だわ。俺、元の性格あんまり明るくないしなー」


 確かに今日は気を抜いてる。だらけてると言っても過言じゃない。

 でも、それが自然体に見えて口を挟むことは無かった。

 ボク自身そこまで気にしてないのもあったけれど。


「ほら、女子って俺が爽やか好青年ぽい感じを演出してるのにきゃーきゃーいってるだろ?」

「そうなのかな……一部は知らないけど」

「ん、まあ、そうなんだよ。実際この一か月で十回くらい告白されてるからな。全部振ったけど」

「凄いね……」

「そのうち燈佳にも来るんじゃね? 番犬代わりの笹川さんが怖くて手を出してない人多いぞ」

「まさか、ボクなんて……」


 最初に女の子になった時は、確かに可愛いと思った。けれど時間が経つにつれ、今では本当に可愛いのかよく分からなくなってきている。


「まあ、知らずは本人だけってな。とりあえずそろそろ戻ろうか」


 瑞貴くんが腕時計に目をやって時間確認した。


「さっき先生に聞いたけど今日のLHRに種目決めするらしいぞ」

「だから、体育祭の話振ったんだ」

「だな。俺は姫さまの出る種目が気になる!」

「サボりたい」

「別に運動出来ないわけじゃないだろ」

「そうだけど、人前に出たく無い」

「自分が思ってるほど、人は自分の事見てねーよ。目立つのが嫌なら手抜きすればいい」

「手抜きはダメでしょ!」

「面倒な性格してんなあ……知ってたけど……」


 やれやれと溜息を吐く瑞貴くん。

 ボクだって自分が面倒な性格している事くらい分かってるよ。

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