みんなで遊びに行った

 五月五日。

 前日の連絡で、十時に駅前に集合って事になったんだけど、見事にボク以外の二人が寝坊しました。


「おせえ……」


 瑞貴くんが若干不機嫌です。

 ボクは悪くない。断じてボクは悪くない。

 二人を見捨てて来ても良かった! けどそうしたらボクは一歩も外に出られないポンコツにクラスチェンジしちゃう。だから、遅れました。


「ごめんなさい」

「燈佳はちゃんと連絡くれたし、事情知ってるから許す。だがそっちの二人は……はあ……」


 肩を落とす瑞貴くん。

 今の時刻は十二時ちょっと前。うん、ボクでもこれは怒る。

 笹川家から駅まで歩いて二十分。どうしてそんなに遅れたかというと……


 まずボクは一度九時頃に起こしに行った。けど起きる気配が無いから、その時点で瑞貴くんには遅れる旨を連絡しておいた。ボク偉い。

 そして、二人が起きたのが十時過ぎ。この時点でアウト。ボク悪くない。九時四十分の時点でアウトだけどちゃんと起こしたから。

 そして、二人が起きたの十時二十分。完全に寝坊である。二人してボクを批難したけど、断じてボクは悪くない。

 ボクは今日遊びに行くの結構楽しみにしてたんだから、ちょっと気合い入れたんだよ?


「まあ、いいや。三人ともおはよ。服似合ってるぜ」

「はいはい、どうも」

「それ遅れた奴の台詞かねえ……?」


 不機嫌なのは桜華ちゃん。服装も普段外に出かけるような気楽な感じだ。


「瑞貴、本当にごめん! 桜華と遅くまで話してたら……」

「いいさいいさ、俺との約束より女子会の方がいいんだろ?」


 ああ、これは完璧に拗ねてます。


「折角人が親父に頼み込んでテーマパークのフリーパスチケット融通して貰ってきたのによー」

「え……。今日遊園地行くの……」


 人混みはちょっとボクにはハードル高い。後まだ終わってないからトイレに並ぶのはキツイ……。

 今日の服装もお腹を冷やさない系と昼間の暑さで蒸れない感じの格好だし。そういうの大事って書いてあったから。後色も濃いめ。書いてあったから。

 最近のインターネットはとっても便利です。大体の事は知恵袋に質問が乗ってる。凄い。文明の進歩は凄い! 女の子初心者にとっても優しいよ!!


「あ、いや、あー……ごめん。燈佳のこと考えてなかったわ……」

「ううん、気にしないで。折角だし行こう? 今からでも少しは遊べるでしょ」


 瑞貴くんが用意してくれたのは、ここから三駅先のテーマパークのチケットだった。

 こっちにきてから一か月、何処にも出かけていなかったから、というか一人じゃあまだどこかに行けるほど良くなってないから、誰かと遊びに行くってのは凄く楽しみだった。


「……なんか、あたし達お邪魔虫みたいなんだけど」

「しょうが無い。寝坊した私達が悪い」

「そうね、今日は大人しく我儘を言わないでおく……!」

「無理ね」

「なんでよー!?」


 後ろで、ぎゃあぎゃあ喚いてる二人は放っておいていいかなあ。

 ボクもちょっと怒ってるし。


「二人置いていく?」

「それも悪くねーなー。そしたら二人でデートだ」

「で、デート……」

「いや、そこで赤くならんでくれ……」


 いやだって、二人っきりってのを意識したら、生理が来た日に言われた桜華ちゃんの台詞が頭を過ぎるんだもん。

 だって、誰を好きになるかなんて本人の自由だって。それって男の子を好きになって、体面上の男女の付き合いをしてもいいって事だし。

 でもそしたら、ボクはずっとこの秘密を抱えたまま生きていかないといけなくなるわけで。

 それはそれで胸が張り裂けそうなほどに辛い。だって、父さんや母さんともまだ和解してないのに。

 って、ボクは一体何を考えている!? ちょっと思考が変な方向に行ってた。


 でも、瑞貴くんとなら手繋いで歩きたいなあ……。


「燈佳、どうした?」

「ううん、何でも無い」

「ならいいけど。おーい、二人とも早く行くぞ」


 未だにちょっと喧嘩っぽくなってる二人を連れて、ボク達はまずお昼ご飯を済ませてから電車に乗った。

 ICカードを持ってないのはボクだけで、そこで手間取られたのは悲しかった。

 車内は殆ど満員と言っても差し支え無い。三駅先で、大体十五分。その間押しくらまんじゅうだ。


 二駅が過ぎ、ぼんやりと流れる景色を眺めていたら、お尻に変な感触がした。

 最初は車内の揺れで当たったのかと思ったけれど、違う。

 明らかに誰かに触られてる。

 嫌だ、怖い。怖くて声が出ない……。ロングスカートだから手が中に入ってくることは無いけれど、とても気持ち悪い……。冗談で桜華ちゃんとかに触られる事はあるけれど、それとは質が違う。

 揺れて当たっているというのを演出している中に、撫でたり揉んだり。


 どうしてボクなの……? ボクよりも可愛い子は一杯いるのに、どうして。

 でも、今我慢しておけば後少しで駅に着く。あと少し……。

 電車の窓ガラスに映る冴えないおじさんの行為に耐えれば……。


「おい、おっさん。人の女に手出してんじゃねえよ」


 ドスの利いた声。声の主は瑞貴くんだった。


「みず、きくん?」


 ぱしっと痴漢していたおじさんの腕を掴んで、瑞貴くんは目をつり上がらせた。今まで見たことの無い顔だ。ボクでさえ怖さで震え上がりそうなほど、瑞貴くんは怒っていた。


「わ、私は何もしていない! 言いがかりはよしてくれ!!」

「うっせーよ。いくら俺の女が無防備だからって、やって良いことと悪いことの区別くらいつけやがれくそったれ。次で降りろ。突きだしてやる」


 ボクを触っていた、スーツ姿のサラリーマン風の冴えないおじさんは何度も違うと言っていたけれど、瑞貴くんが止めに入ってくれてすぐ止んだから間違いなくこの人だ。下卑た笑みが気持ち悪かったし。


「燈佳、ごめんな、怖い思いさせて」


 甘く囁くように、瑞貴くんがボクを安心させてくれているのがわかる。

 そんなにボクは怖がっていたのだろうか……。

 おかしい。ちょっと前までだったら別にどうって事無かったはずなのに。自分で自分がよく分からなくなってる。


 電車が止まって、ボクに痴漢をしていたおじさんは駅員さんに連れて行かれた。無実だと訴えていたけれど、ボクがしっかりトドメを刺した。


「すぐ気付いてやれなくて悪かった」

「ううん、あれってホントに怖くて声でなくなるんだね……」


 取り調べとか色々終わって、解放されてすぐ。外の空気が吸いたくなったから我儘を言ってホームに降りてきた。

 プラットホームのベンチに腰掛けて、来る前に買って少し温くなったミルクティを飲む。


「災難だったね。でも、燈佳ちゃん可愛いのに無防備だから。満員電車でぼんやりしてたら痴漢してくださいって言ってるような物だよ」

「そんなのボクには分からないよ……」


 でも、うん、今日でよくボクが無防備だって言われる所以はよく分かった。

 少しは野良猫さんを卒業して、飼い猫くらいにならないと……って飼い猫は余計ダメだよ。ちゃんと警戒心は持とう。

 うん、今はもうボクは女の子なんだから、しっかりしないと。


「でも、俺の女って。瑞貴が俺の女って! にあわなー! ぷくく……」


 今でこそ笑ってるけど、言われた瞬間の悪鬼羅刹はボク忘れてないからね!

 凄かった。でもそれだけ瑞貴くんの事すきなんだなあ……。


「ああいう手合いは強きに出ないと意味が無いからな。笹川さんや相月が同じ目に遭ってたとしても同じ事言ってたぞ。近くに男がいるっていうのが一番の防衛だしな」

「そ、そう……。それはそれで嬉しいかも……」


 そして一転して、もじもじとしおらしくなる、と。百面相が凄い。


「でも、瑞貴くんありがと。格好良かったよ」

「お、おう。サンキューな。でどーするよ。なんか遊園地って感じでもなくなったなー」


 うん、確かに遊園地って気分でも無い。近くを少しうろうろするだけでもいいような。

 あわよくば大型書店……!


「本屋さん……」

「それは却下」

「なんで!?」

「却下ね。楽しいの燈佳ちゃんだけだし」

「酷い!」

「あたしは、別にそれでもいいけど」

「仲間! 緋翠ちゃんは女神!」


 瑞貴くんから却下され、桜華ちゃんからも却下されたけど、緋翠ちゃんが救いの手を差し伸べてくれた。


「あー、ゲーセン行くかー。沙雪さんに恩売っとかないと」

「え、あれまたやるの? 大丈夫? 今日人一杯だから白い目で見られるんじゃ?」

「いいだろ別に、意外とおもしれーんだよ!」


 少し赤くなって答える瑞貴くんが面白くて、盛大にからかってあげた。

 そして、目的地を変更してゲームセンターに。夕方まで遊び倒して、ボクはまた瑞貴くんからぬいぐるみを頂きました。

 今度は水色の三つ子の子犬のぬいぐるみ。縫い付けてあるから一体一体を自在に配置できないけど、円らな瞳がキュート。

 桜華ちゃんが物欲しそうにしてたけど、絶対にあげないから! ボクだって自分で取ろうと少しは頑張ったし!


 ちょっと嫌なことがあったけど、おおむね楽しかった!

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