緋翠ちゃんがお泊まりにやってきた日

 夕方というか、もう夜だ。

 まだ少し体調が悪いから、ボクは赤飯の準備だけをして、二人が他の料理を作る指導をしている。


「まさか、姫ちゃんがまだ来てないなんて思わなかったよ」

「あはは……」


 緋翠ちゃんの言にボクは乾いた笑いで答える。

 しょうがないじゃない。ボクはついこの間まで男だったんだから。

 まあ、これは言った所で信じて貰えないことだし、言わないに越したことは無いんだけどね。


 今日の料理は、初心者向け。切ると焼くの料理。

 男料理と言われても文句は言えないんだけど、最初は料理という物を完成させて、達成感得ることが目的だ。

 ざっくり切ったサラダと、豚肉の薄切りロースを塩胡椒で炒めた簡単な物。

 準備に時間がかからず、失敗しづらい物を選んだ結果そうなった。

 案の定二人から文句の声が聞こえたけど、失敗してボクが疲れる目に遭いたくなかったんだ。


「でも、大丈夫よ。慌てるのは最初だけで、慣れたらまたかーって感じになるから」

「そうなんだ」

「そうそう、後、別にわざわざ着替えなくて良かったんだよ?」


 着替えなくていいっていうか……。まあ二人が来る前にまた汚しちゃったからついでにお風呂に入ったからなんだけど。

 今はお腹周りが楽になるような少し暖かい格好だ。

 流石に調べた。恥ずかしかったけど、こう言うので自分の体を労らないのはダメだと思ったし。


「ひーちゃん、流石に察してあげるべき。私達も通った道」

「あー……。しょうが無いね」


 こういうときに先輩達の察し力の高さには脱帽する。

 まあ、しょうが無い。連絡した後微睡んでたら、ね……。

 まさかの今日だけで二枚もショーツとパジャマが洗濯物行きになるとは思いませんでした。


「姫ちゃん、こんな感じで良い?」


 ボクにフライパンの中身を見せてくる緋翠ちゃん。

 薄切りロースなんて、焼き色がつけばそれで良い物だけど。


「うん、そんな感じで大丈夫。後はそれを二人分作って、桜華ちゃんが作ってるサラダの上に盛り付けたらおかず一品完成だね。一杯食べたいなら頑張って何か作るけど」


 煮るに分類される汁物はボクが作るつもりだし、もし他にも食べたいようだったら後一品二品くらいなら作る分は問題無い。


「無理しないで良いよ。それにダイエットしないと!」

「緋翠ちゃんそんなに太ってないじゃん」

「そうでもないのよ……そうでもないのよ!!」


 二回言った。そんなに大事なことだったの。


「ひーちゃんは大丈夫だと思うけど。おっぱいが成長してるんじゃない?」

「それはそれで嬉しいけど……。でも瑞貴は大っきいのあんまり好きじゃないっぽいんだよねー」

「そうなんだ?」

「うん、前好きだった子も胸大きくなかったしというか、姫ちゃん位の子が好きなんじゃないかなあ」

「変態ね。でも燈佳ちゃんは可愛いから。その前好きだった子も可愛かったんじゃ?」

「うーん……。あたしもよく分からないんだよね……」

「中学の同級生とかじゃないの?」

「それだったらどれだけ良かったことやら……」

「なんか根っこが深そう。ひーちゃんも詳しく知らなさそうだし、あんまり聞かない方がいいかな」


 そうだね。本人がいないところで、その人の野暮な噂をするのはいけないと思う。

 ここは笹川家だから、瑞貴くんが来ることは無いけれど、もしこれが学校で、彼が登校してきたりして気まずい事になったら目も当てられない。

 それはボク自身が経験してきたことだから、話には加わりたくなかった。

 止めてくれた桜華ちゃんには感謝が絶えないよ。

 思い出したくないことを思い出してしまって、ちょっとナイーブになってしまった。こうやって気分が浮き沈みしやすくなるのも生理の特徴だとか何とか書いてあったような。女の子って毎月こんな目に遭ってるなんて、本当に大変だ……。


「あ、うん。ごめんね、変な話して。でもあたし、瑞貴の事本当に好きだから……例え桜華でも、姫ちゃんでも負けたくないの」

「でも、誰を選ぶかを決めるのは瀬野くんだよ。私だって、燈佳ちゃんは誰にも渡したくないし」


 うわあ、なんかボクに飛び火したんだけど。

 でも、桜華ちゃんのそれってボクの事を男として好きなのか女として好きなのか、今ちょっと分かりにくいんだよね。もしかしたら愛玩用かもしれないし。


「いつも思うけど、それって本気で言ってるの? だって、変じゃない? 姫ちゃんは女の子だし、桜華も女の子なんだよ?」

「ひーちゃんから見たらそうかもね。でも、好きな人の性別ってそんなに重要?」

「ま、まって……ごめん、この空気ボクが耐えられない。終いには泣くよ!?」


 流石に耐えられない。仲のいい二人が喧嘩する所なんて見たくないし、これが原因でこじれたりするのはもっと嫌だ。


「あ、ごめん。どうしてだろ、今日楽しみだったのに、変なことばっかり言ってごめんね」

「ひーちゃんも近いんじゃない?」

「かも。最近まで近くに女友達いなかったから、油断してた。桜華、ごめんね」

「大丈夫、私は怒ってないけど、燈佳ちゃんがきつそうだから、やめよ?」

「桜華はホント姫ちゃん第一だね」

「うん。おばさん達から頼まれてるし。燈佳ちゃんは危なっかしいからね」

「わかる! 無防備だよね。時折男子がスカート覗こうとしてるし」


 え、それ、本当? 何処情報? ソースプリーズ!


「待って、ボクそんなに無防備じゃ無いよ? 警戒心剥き出しだよ!?」

「野良猫みたいな感じ」

「やめて、聞きたくない事実!! その例えで察したんだけど!?」


 人が近くにいれば警戒心剥き出しだけど、見られてないと思ったらあられも無い姿を披露してくれるって意味の野良猫さん扱い。


「まあ、うん。隠してたけど、実は大分パンチラとかしてるから」

「嘘だ!!」

「燈佳ちゃん、それは事実。諦めるべき」

「嘘だ……」


 ボクは力なく項垂れるしか無かった。

 別に見せて減る物じゃ無いけど、やっぱり見られるのは嫌だし。

 あれだよ? ぴっちりしたショーツに包まれたお尻が見られるんだよ? 恥ずかしいじゃん? 全体的にちんちくりんだし。


 マスコット扱いなのは諦めてたけど、え、まさか、ボクをそんな性的な目で見る人なんていたんだ……。


「まあ、件の瑞貴も覗いてる一人だけどね……」

「あ、うん。瑞貴くんなら別に……。へたれだし」

「瑞貴の扱いが酷い。へたれなのは認めるけど」


 あの人は覗こうと思っても、最終的に良心に負けて覗きを躊躇う人だ。

 所謂いい人なんだけど。いい人だよね、瑞貴くん。


「うう、知りたくない事実を知ってしまった……」

「大丈夫、予想以上に大人っぽいの穿いてたりするから、みんな大興奮だから」

「それは、ボクの趣味じゃ無い!! 全部桜華ちゃんが悪い!」


 あ、やばい。これ、言っちゃダメなパターンな台詞じゃん……。


「どういうこと? まさか姫ちゃんの下着って桜華チョイス?」

「そうだけど? だって、地味なのしか持ってなかったし。後洗濯しすぎてダメになりかけてたから、高校生にもなってそれじゃダメって教えてあげたの。折角可愛いのが下着一つで台無しじゃん」


 あ、凄い。でも、桜華ちゃんありがとう。


「たまに穿いてる地味なのが姫ちゃんチョイスなのね。あれはちょっと子どもっぽすぎる」

「う、煩いなあ! 下手に派手なのよりボクはあれくらいのでいいの!」

「大丈夫、ひーちゃん。ちゃんと燈佳ちゃんチョイスで勝負下着は買ってある」


 あれか……水色の可愛い奴。まだ一度もつけてないけど。あれを勝負下着にしてしまいますか。

 もう勘弁して。ボクの精神力が擦り切れる。

 はあ、和やかになったのはいいけど、二人してボクを弄るなんてひどい。



 そんなこんなで残りの休みは、課題をしたり二人の料理の修行をしたり。とりあえず二人は切る煮る焼くの基本は覚えてくれたから後はそれを組み合わせて、修行あるのみです。

 料理音痴じゃ無くてただ経験が無いだけならいくらでも伸びるからね。いいこと。


 一緒にゲームとかもして、だらだらとした日を過ごした。

 なんか三人でルームシェアをしている感じだ。

 お風呂だけは緋翠ちゃんの意向で断固として一人で入るということになった。

 まあそりゃあそうだ。桜華ちゃんスタイルおばけがいるところで好き好んで裸を晒す勇気は一般人にないですよね。ボクはもう慣れました。


 付け加えておくと、緋翠ちゃんのパジャマは新しく卸したやつらしくて、とても可愛い物でした。集団宿泊教室の時より気合い入ってたよ……。

 もし、汚れが落ちてなかったらボクも新しいパジャマ買おうかなあ……。二人とも可愛いのだとなんか自分そういうの着ないといけない強迫観念に陥ってしまう!

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