さんげきのあさ、かっこわらい

 昨日は帰りがけに桜華ちゃんには悪いけれど、お弁当屋さんで総菜を買って帰った。

 気にしないでと言ってくれたけど、居候の身の上、少しでも家のことやった方が良かったんだけど。

 流石にのっぴきならない体調不良で、熱は無かったからお風呂に入って早々に寝入った。


 そして、朝。

 目覚ましの音が酷く不快だ。

 ベッドはぐっしょりとしてるし、それになにかすーすーする。


 ぐっしょりにすーすー……?

 えっと、もしかしてこの歳でお漏らし……?

 今まで尿意を覚えたらすぐトイレに行くようにしていたから、限界まで我慢した事無かったけど。

 昨日最後にトイレ行ったのって何時だっけ……。

 思い出せない。

 うう……。一応確認しないと……。


 弄るように股間に手をやると、びっしょり。


「うわあ……この歳でお漏らしとか……」


 泣きそうになる気持ちを堪えて顔を覆おうとして、手に水滴じゃ無くて、真っ赤な何かがついていた。


 赤い。つい最近どこかで見たような鮮烈な赤じゃなくてもっと赤茶けた色の、血。


「なにこれ……」


 不安が押し寄せてくる。

 悪い病気にかかったのか。どうして、血が流れてるの。

 掛け布団に毛布を捲り上げて体を起こして確認すると、シーツに広がった赤い染み。

 それはボクの股から流れ出た物のようで、まだ生暖かい。


「なにこれ……」


 怖い。どうしちゃったのボク。

 ふらふらとふらつく足取りで、ボクは藁にも縋る思いで桜華ちゃんに助けを求めることにした。

 お腹はずっとしくしくと痛いし、頭はふらつくし。

 やっとの思いで、桜華ちゃんの部屋を開けて、まだすやすやと眠っている桜華ちゃんを断腸の思いで起こす。


「桜華ちゃん……起きて……。お願い、起きて……」

「んー……? どうしたの……」

「血が……なんか血が出てるの……」

「んー……生理でしょー? トイレにナプキンあるから勝手に……生理……?」


 桜華ちゃんが飛び起きる。

 まだ少し寝ぼけている様子だけど、桜華ちゃんはしっかりとボクを見据えてくれている。

 ボクは泣きそうになる気持ちを堪えて、


「さっき起きたら、血がびっしょりで……」

「燈佳ちゃん、何をそんな不安な顔してるの?」

「だって、血が……」

「うん。そろそろ一か月だっけ。ちょっと早い気がするけど、初潮はそんなもんだっけ……」


 桜華ちゃんに動じた様子はないし、ボクも言葉の端々から自分の体に何が起こったのか予想がつき始めた。

 動揺して、取り乱して、泣きそうになって、助けを求めた結果。救いは得られたけど……。


「後始末しよ。私も忘れてた負い目があるし。それと燈佳ちゃんおめでとう」


 なんでボクはおめでとうって言われたんだろう……。

 それから、ボクと桜華ちゃんはボクの部屋に一度行って、着替えを持ってトイレに。

 そこでナプキンの使い方や取り替え時期のことを教わって、自分で後処理。桜華ちゃんは敷き布団とかシーツの処理をしてくれている。

 真っ赤だよ……。流石に自分の身に何が起きたのか理解出来たから心持ち落ち着いた。

 でもやっぱり、気分が悪いのはどうしようもなくて。


「布団とか、変えたけど、上戻れそう?」

「うん……」

「燈佳ちゃんも女の子になっちゃったんだね……」


 リビングの団らん用のテーブルにココアが置かれる。まだ湯気が立ち上るそれは、この時期にしてはもう不要な物だ。


「昨日、体調悪かったのって生理前だったからなんだね」

「そうなんだ……」

「人によるけど、重かったり軽かったり。動き回れるから大丈夫だよ。でも今日は学校休んだ方がいいかも」

「うん……」

「そんなに落ち込んでどうするの。これから毎月来るんだよ。慣れなきゃ」

「そっかー……毎月こんな目に遭うのかー……」


 いやだなあ。取り乱したりとか、恥ずかしい。


「ちゃんと基礎体温とかつけてれば外れることは殆ど無いから、そういうのも覚えておこうね。でもそっかー……やっぱり燈佳ちゃんも女の子になっちゃったんだー……」

「どうして、悲しそうなの」

「ううん……。ねえ」

「なに?」

「男の子、好きになってもいいんだよ」

「えっと……どういうこと?」

「そのままの意味だよ。別に燈佳ちゃんが元々男の子だからって、瀬野くんを好きにならない理由にはならないんだよ」


 意味が分からない、けど、言いたいことは分かる。

 自分が好きになった人を好きでいいんだって。多分そう言うことなんだと思う。


「折角貰った、不思議な体験が出来る日々なんだから、好きなように生きていいんだって思うの。今なら分かるよ。変わりたいって願いは本当は燈佳ちゃんの方が強かったんじゃないかって」


 変わりたい。

 中学で目茶苦茶やって、引き籠もって、色々相談に乗って貰って、自分で決めた進路。

 近くに知り合いのいない、遠い学校に行って、変わりたいと思っていた。

 ぼろぼろになった心のままでも、しっかりと学校に行って友達を作って、もしかしたら恋なんかもしたりして、楽しく笑って過ごせるように変わりたいって強く思っていた。


 本当は父さんや母さんに家に追い出された事もそんなに怒ってはいない。

 あそこにいたら、いつまでも甘えてしまいそうだったし。

 変われる環境は用意されてるなんて、素晴らしい物だと思う。

 今、連絡を取らないのは、ボクがこんなことになっているから。いつまでも隠し通せるなんて思ってもいない。


 一か月。たった一か月の事だけど、今ではあの鬱々とした日々が嘘のように楽しく過ごせている。

 不思議な巡り合わせだけど、顔も見たことのない仲のいい人が偶然クラスメイトだったり、たまたま班のみんなと仲良くなれたり。

 それでも、ボクが怒ってしまうこともあったけど、離れていく人は居なかったり。


 そんなことを考えてると桜華ちゃんがぽつりと言った。


「ねえ、燈佳ちゃん、生理が来たって事は子どもが作れるんだよ」

「あ、そっか……」


 男子でも性教育でさらっと触れる生理の意味。

 それは頭では分かっていたけれど、心じゃあ全然理解していなかった。

 けど、今は桜華ちゃんのその言葉が胸にすとんと落ちてきた。

 自分がその身の上になったからだろうか。よく分からないけれど。


 だから、おめでとう、か。

 むず痒くも少し嬉しさを感じる。


「ホントはお赤飯炊く物だけど、今日ひーちゃんくるからどうする?」

「折角だし、やろっか。緋翠ちゃんも分かってくれるでしょ、同じ女の子なんだから」

「そうだね。必要な物教えてくれれば帰りに買ってくるから。後これから女の子として必要なのいくつか揃えておくね」

「何から何までありがとう」

「困ったときはお互い様だもん。特に燈佳ちゃんは女の子初心者なんだから、もっと頼ってくれていいんだよ。私も燈佳ちゃんに頼って貰うの嬉しいし、後お腹痛かったら、薬もあるから、出しておくね」


 そう言って、救急箱からちょっとお高めの市販の鎮痛剤を持ってきてくれる。

 ボクはぼんやりとお腹に手をあてながら、その様子を眺めた。

 不思議な気持ちだ。最初はあんなに取り乱したのに、原因が分かったらこんなに落ち着くなんて。

 まだ頭はふらつくけれど、歩いて自分の部屋に戻るくらいは出来そうだ。


「部屋戻るね。早くから起こしてごめんね、それとありがとう」

「うん。気にしないで。お腹冷やさないようにね。家出る前に部屋にお水入ったペットボトル置いておくから。お昼くらいには多分起きれると思うし、出来ればお昼ご飯はちゃんと食べてね。先生には言っておくから」

「うん」


 頷いて、ボクはリビングを後にする。

 あ、汚れたシーツとかどうしよう。血は確かお湯で洗っちゃいけないんだっけ。出来ればこういうのもすぐに始末してしまいたいけど、今はちょっとでも横になりたい。


 綺麗になった敷き布団を見て、やっぱりこういう用意は最初からしてあるのかなあって勘ぐったりもしたけれど、それよりもどっと疲れが押し寄せて来て、すぐにベッドの中で丸まった。

 お腹の痛みも貰った鎮痛剤のお陰で大分マシになったからすぐに寝入ることが出来た。


 それからお昼まで眠っていると、随分と楽になった。けれどナプキンの気持ち悪さは酷い物だ……。これは確かに定期的に取り替えないと酷い目に遭う……。


 お昼ご飯をつくって、何するでもなく買った本をベッドの中で読む。

 丁度いい時間くらいに桜華ちゃんに今日の夕飯で必要な材料をメールしておく。どうせだしおめでたいに託けて鯛も買ってきて貰おうっと。駄洒落じゃ無いよ?

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