着せ替え人形ふたり

 一頻り桜華ちゃんをからかっていると、お昼になったようだ。

 お昼ご飯なんだけど。残念なことにボクはそこまで食欲があるわけでも無く。


「結姫ちゃんは、もういいの?」


 近くのちょっとお高い感じのお店に入ったのはいいんだけど、今日は本当にどうしたんだろう。


「あ、うん。今日はちょっと朝から食欲無くて」

「体調悪いなら、また今度時間作ってもいいんだけど」

「ううん、大丈夫。ボクの都合で沙雪さんの時間取るのはちょっといやです」

「あらー。アリアちゃんとは全く反対の事言うのね。あの子遠方に済んでるのに、私を扱き使うんだけど!」


 沙雪さんとアリアさんって面識があったんだ。

 そういえば、チャットもそんな感じがしていたような。


「もー、飛行機代も馬鹿にならないのよー。専属モデルだし、あの子のお陰で売り上げあるのは事実だから無碍にできないし、何よりあの子の後見人だしね」


 ううむ、これボクが聞いても良かった話なのかな。本人不在なんだけど。


「あ、ごめん、これ話しちゃマズい事だった」

「ええと、沙雪さんって大分口軽いよね……」

「ああ、呆れないで! ちょっとアリアちゃんに許可取るから!」


 そんな事後承諾でいいのかなあ。

 ボクならちょっと嫌だけど。アリアさんも結構変な人だからすぐ許してしまいそうな。


「あの子、一応モデル名もアリアになってたけど、名前もアリアなんだ。あの子も可愛かったなあ」

「あら、あなたたちも負けてないけど?」

「え、あ。ありがとうございます」


 凄い。あの桜華ちゃんがたじたじだ。これは写真じゃなくて動画に残しておきたい。

 本当に珍しい。なんでこんなに恐縮してるんだろう。目の前に居る人は社長って居る肩書きだけど、蓋を開ければただの酔っ払いおばさんおねえさんなのに!


「うん、結姫ちゃんはちょっと失礼なこと考えすぎかなあ? 一応これでも、私まだ二十代なんだけど? それともやっぱり女は二十越えたらみんなおばさんとか思っちゃうタイプ?」

「えーと。ボクは、沙雪さん格好いいと思ってますけど」


 働く大人って格好いい。

 そういう意味じゃ父さんと母さんもちゃんと働いてて収入得て、引きこもりのボクを養ってたんだから凄いよね。


「そ、そう? もう結姫ちゃんは分かってるなあ! 好きなの注文していいからね!」

「えっと、だからもうお腹いっぱいで……」


 扱い易いというか何というか。

 でも、いいのかなあ。ここメニューの値段見た時結構なお値段だったんだけど。お昼に食べるにしては高すぎるような。


「別に値段の心配はいらないわよ。これでも年々黒字額増えてるからね。払う税金で経理の人が頭悩ませてるけど」


 そんなに顔にでてたかなあ。


「ホント、結姫ちゃんって、アリアちゃんそっくり。遠慮の仕方は真逆だけど。考えてることは分かりやすいかも」

「えー……」

「ほら、そうやって胡散臭そうにしてるところとかそっくり。君たち二人は仲良くなれそうね。それと、アイビーちゃん、だっけ」


 沙雪さんが桜華ちゃんに話を振る。

 慌てて、飲んでた飲み物を置いて、


「あ、えっと。あの、私は桜華でいいです。。そっちの名前は呼ばれ慣れてないから」

「そう? ネット上の付き合いだと基本的にキャラ名かハンネで呼び合う事ばっかりだけど、そっちで呼んで欲しいなら、そっちで呼ぶわね、桜華ちゃん」

「あり、ありがとうございます」

「それで、本題だけど、あなたさえ良ければ一緒にモデルの代わりして貰うけれど、どうかしら? 結姫ちゃんはやってくれるみたいだけど、もし良ければあなたに似合うここの服選ぶわよ」

「い、いいんですか!?」

「そりゃあね。身長一六○越えてるモデルの子ってあんまりいないもの。アリアちゃんが一五三、結姫ちゃんに至っては一四四でしょ。結構貴重なのよね。ヒール映えするのも高身長だし」


 ボクの身長やっぱり低いよね。これ成長の見込みあるのかなあ。出来れば一五○越えたいけど。無理そうだよね。

 年齢的なものもあるし、出来れば胸ももう少し欲しい。せめてAを一個取りたい!


「えっと、それなら、やってみます。笑顔とか苦手だけど」

「大丈夫よー。アリアちゃんも滅多に笑わないし。通販のモデル写真は見た事ある? 商品説明用の写真にアリアちゃん使ってるんだけど、笑ってないわよ」


 だから気にするなと言わんばかりに、大げさに笑い飛ばしてくれる沙雪さんはとても頼もしく見える。

 ボクも笑顔とかちょっと不安だったし。愛想笑いはちょっと得意になってきたけど。


「それじゃあ、少し持ち帰りように適当に買い足して、あの子達に差し入れも買っていって始めましょうか。一応今回は、プリンセスラインの宣伝用だから、桜華ちゃんは少し待って貰うけどね」


 プリンセスラインに不吉なものを感じる。

 もしかして、結姫の姫から来てるんじゃ。


「あの、そのプリンセスラインってもしかして……」

「一応製造ラインの事だけど、結姫ちゃんの名前をあやかってる部分もあるわね。でも本来の客層小中学生の子達よ。ボーイッシュなのからガーリーなのまで、第一弾は全六点! 超頑張ったわ、私。だから結姫ちゃんほーめーてー」

「凄いです。一ヶ月くらいで六着って多いんじゃないんですか?」

「そうね。私はデザインだけ書いて、型や縫製は手元が何人かいるから早くできるけど、普通なら一着作るだけでも相当時間かかるんじゃないかしら? 後、変な敬語になってる。そんな畏まらないでよー。シェルシェリスの勇ましいお姫様は何処に行ったのもう!」


 うー……。ボクは勇ましくもなんともないのに。ただアリアさんに引っ張られて、防衛戦じゃ玉座にいるときは暇だから上がってくる情報を処理して想像して、指示を出しているだけなのに。

 後は、装備に物を言わせて大量のMOBを引き受けたりするくらいで、そんな全然。

 凄いのはアリアさんの方だし。


「ボクあんまり、勇ましくないから」

「嘘。燈佳ちゃんか、格好いいんだから」

「ほらほら。お友達もそう言ってるじゃない」


 二人してボクを虐める! ひどい!

 でもちょっと格好いいって言われると嬉しい。最近可愛いって言われるのも嬉しく感じるし。単純に褒められるのが嬉しいのかな。そうだよね。


「は、早く行こう!」


 だから、照れ隠しでもって先を促すのだ。

 そうしないとにやけた口元とか見られてしまうから。

 出来るなら見られたくない!


「はいはい、そんなに急かさないの」


 沙雪さんにはどうやら悟られたみたいだ。

 諭すような笑い声を上げて、お店から出て行った。

 そして、すぐ近くのゴシックラテの建物。

 レトロモダンな二階建ての木造建築だ。扉は木製で、押せば鈴がからんころんと不思議な音を立てる。

 以前来たときは余裕がなくて見渡すことは出来なかったけど、店内も暖かい雰囲気に包まれている。まるで時間を忘れるかのように、ゆったりとしたBGMがかかっているし、店員さんもきびきびとした動きじゃなくてゆったりと、それでも素早く行動している。

 有り体に言えば、すごいお店だ。スーパーなんて店員さんが忙しなく動き回っているから話しかけづらいし。でもここはそういう事も無い。服屋さん特有の店員さんが話しかけてくるというオーラも感じられない。そう言うところはとてもいいと思う。


「たっだいまー! これお土産、休憩の時にでも食べてー。あ、歌菜ちゃん、今手に持ってるブラウスと、合うスカートと、マーメイドとそれっぽいの何着か合う奴見繕って。この子に似合う奴」


 沙雪さんが入るなり、陳列をしていた店員さんに指示を出している。この子とは桜華ちゃんだ。

 大人っぽいフリルとかは控えめな感じだけどそれでも女の子らしい物をチョイスしている。

 やっぱり本職は違うなあ。


「あ、はい。分かりましたけど。今日は結姫さまだけではないのですか?」

「そりゃあ、ブランドのファンの子を贔屓しないでどうするのよ!」

「はあ……。笹川さまは、何か好みはありますか? すいません、社長先行っててください。彼女と適当に見繕ってからいきますから」


 そういえば、桜華ちゃんはこのお店行きつけなんだっけ。

 店員さんが桜華ちゃんの名前を呼んでちょっとびっくりした。


「はいはーい。それじゃあ結姫ちゃんはこっちねー。お化粧もしないとだしね」


 そして、ボクは二階へとドナられていく訳なのですが。化粧……。うう、本格的なのってくすぐったいから嫌なんだよなあ……。

 後顔がむずむずしてもガマンしないといけないし。あんなの女の子はよくできるよね。

 汗でメイク崩れたらお色直しもしないといけないし、本当に大変だと思う。


「何を難しい顔してるのかな?」

「ボクメイクは苦手だから」

「でも、今日も薄くしてるじゃない」

「流石にこれくらいはできるし! 目の周り弄るのが未だになれないから」

「そうなの。まあ確かに難しいわね。っと、一応今日来て貰うのはこの六種類」


 二階に上がって一つの部屋に案内された。そこはドレッサールームとでもいうのかな、壁際のクローゼットはしまっているけれど、マネキンが来ている服が上下揃いで六種類。どれも全部ばらばらだ。

 夏から秋にかけての服だと思われるその六種類は、大人っぽかったり逆に子どもらしさを感じさせられたり。

 目を引いたのは、ノースリーブの白いワンピース。いつか瑞貴くんがいってた男のロマンがうんたらって奴だ。それだけは合わせの夏を感じさせるつば広の帽子……。このお店に最初に着たときに被ってきた帽子と似たようなデザインだ。あの帽子は凄く気に入ってたから、こうやって目につくと嬉しい。


「それ気に入ったの?」

「えっと、マスターが男のロマン云々言ってたなあって思って」


 ボクがそのワンピースを凝視してたのに気付いたのか、沙雪さんがニヤニヤして話しかけてきた。

 気に入ったというより、デザインが精緻で凄いなって。白が基調なのに、所々涼しさを感じさせるターコイズブルーや、フリルで作られたコサージュ、それにスカートの裾はレースでひらひらしてるし、段々になってるティアード状だし。手が込んでるのが分かる。これを商品にするのは難しいだろうというのもよくわかる。


「それね、一番気合いを入れたんだけど、どうしても売り物には出来なくてね。結姫ちゃんにあげる為だけにってもの惜しいのよね。一応これも着て写真撮ってみる?」


 腕や足の露出は多いけれど、今日は袖物じゃない可能性も考慮してむだ毛処理はばっちりです。桜華ちゃん忠言本当にありがとう……。普段から見えるところはやってるんだけどね……。ほら見えないところは……面倒じゃん?


「うん、あれが一番着てみたいかも」


 写真撮って貰ったら、瑞貴くんに見せる。着て欲しいって言ってたから見せたら喜んでくれるかな? ってボクは一体何を考えてるんだ!


 それから、メイクをして貰って着替えて、専用のフロアで写真を撮って貰って。

 桜華ちゃんの服選びが終わったみたいで、それの写真を一杯撮った。


 恥ずかしいとかそういうのより、ただただ楽しかった。

 一杯服を着替えて、写真を撮って貰って、可愛いと言って貰って。

 途中からは、ボクと桜華ちゃんの合わせの写真だとか何とか言って、ボクにお姫様みたいな格好させて、桜華ちゃんは眉目秀麗なら執事みたいな格好をした写真を撮ったりも。

 もうなんていうか、はしゃいだ。沙雪さんも嬉しそうだったし、店員の歌菜さんもちょくちょく二階に上がってきてたりしたし。


「それじゃあ、これゴシックラテの広報にいくつか使うから。後はい、お仕事料」


 あ、そういえば、このお着替えは、モデルの仕事としてやってたんだった。

 楽しくて忘れてたや。


「えっと、いいの? 楽しんだだけなのに」

「それが大事なのよ! 楽しんで服を着ているところを撮るのが大事なの。本当はプロのカメラマンを呼びたかったけど、そこまでしたら萎縮しちゃうでしょ。だから私のちょっと発展途上な腕で二人を撮ったのよ。こっちは桜華ちゃんの分ね」


 ボク達二人に封筒が手渡される。

 今ここで開けるのは失礼だから見ないけど、当初の予定じゃそこそこの額が入っているはずだ。


「それじゃあ、これからもうちを贔屓にしてね。後二人とも、新作できたらモデルまたお願いね」


 ぱちりとウィンクしてみせる沙雪さんに、ボク達は頷いて応えた。

 あんなんでよかったらいくらでも。それにやっぱりいろんな服を着れるのは男の時に出来なかったことだから、楽しいし。

 桜華ちゃんもまんざらじゃなかったしね。


「あと、はいこれ。結姫ちゃんにプレゼント」


 手渡されたのは、ボクが来た服の数々。ボクぴったりに作ってあって、とても着心地が良かったものたちばっかりだ。


「いいの?」

「勿論。結姫ちゃんの為に作ったんだもの。今度は体調が良いときにお仕事お願いするからねー」


 本当にこういうのは、ボクの体調がいいときがいいかも。

 時間が経つにつれて、我慢できるレベルだけど、お腹とか腰がなんか痛くなってきたし……。今日は夕飯作るの無理かな。お風呂入ったらそのまま寝そう。

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