自己紹介をしたら喧嘩を売られた
教室に戻ってきて、騒がしさが一層強まった。
主に鈴音先生に対する評価が女子の間でうなぎ登りだ。
うん、確かに格好良かったよね。
「はいはーい。それじゃー、今日はみんなに自己紹介をしてもらったら今日はおわりだよー」
渡瀬先生がビデオカメラを片手にそんなことを言った。
「あ、これは帰ってから蓮理にみせるようだからー。ちなみに、蓮理は私の双子の弟だからねー」
なるほど。つまりこの学校には家族で教員の人が結構いると。
それは凄い事だ。でもそうか、理事長の旦那さんである鈴音先生が教師なんだから、一族でいることはあり得るのかもしれない。
「じゃー、出席番号一番から順番に前にでてお願いねー」
自己紹介かあ。一番最初の人って大変なんだよね。
「まー、最初の人って大変だから私の方で言って欲しいこと纏めておくねー」
黒板に名前、出身中学、趣味、特技、一言。その五項目が書かれた。
つまりここを抑えておけば問題ないという事かな。それ以外のことを付け加えてもいいのかも知れないし、面倒ならテンプレに沿ってしまえばいいって事だ。
ボクにとってはありがたい。ただ、問題は前に出てって所かな……。それだけは嫌だなあ。
どのみち自己紹介をする場合は人の目が集まるんだ、心を少しだけ閉ざしてしまえばいい。
そうこうしているうちに、ボクの番だ。
嫌だなあ……目立つなあ。
教壇の前に立てば、突き刺さる好奇の視線。
足が震えてきた。嫌だ嫌だ嫌だ……。
視線を彷徨わせていると、桜華ちゃんとマスターと目が合った。頑張れって言ってくれている。
「は、初めまして、ボクは榊燈佳、県外の中学から来ました。趣味は読書、特技は家事全般です。ええと、親同士の都合で、今は笹川さんの家に居候させてもらっています。こちらの地理にはあまり詳しくありませんので、これから覚えていけたらなと思います」
最後にお辞儀をして、戻ろうとしたところで、
「榊さんってさっき瀬野くんに姫さまとかなんとか呼ばれてたけど、あれって何なの?」
にやついた笑みを浮かべた女子生徒。名前はまだ覚えてないけど、キツイ顔つきは彼女が何を欲しているのか容易に見て取れた。
瀬野くんだ。彼は確かに見た目だけなら格好いい。
だから、すぐ近くにいた女子のボクをどうにかしようと考えたのだろう。
周囲の人達が同調するように嘲笑している。
ここまで露骨なら、怖いとすら思わない。哀れにすら思える。
「それに、ボクって。その歳でボクってウケるんですけど」
なるほど。いつの間にかボクは彼女の敵対者になっていたらしい。
こそこそと伺うような見方は嫌だけど、ここまで露骨に態度に出てくるならボクは大丈夫らしい。
でもそっか、彼女からしてみたらこの一人称はとても歪な物なのか。ボクにとってこのボクという一人称はそれこそ物心ついたときから物だから今更変えようが無いというのに。
困ったなあ。無理矢理にでも擬態するために『ボク』じゃなくて『わたし』と言う練習もしておいた方が良かったのかな……。
でも、まあ、それって些末事すぎる。
だから、
「ボクは重箱の隅をつつくようなことしか出来ない人が嫌いです。ボクが自分の事をボクと言って誰かに迷惑がかかりますか? それとボクが姫さまって呼ばれるのは、ボクがゴシックラテのモデルに選ばれたからだよ。デザイナーの人がモデルの事を姫ちゃんって呼ぶから、瀬野くんはその繋がりでボクの事を姫さまって呼ぶんだ。流石にゴシックラテは知ってるよね。あなたのような人が好むようなブランドじゃ無いと思うけど。それに本当は姫って呼ぶのやめてほしいけれど、つい口を吐いて出た物は仕方が無いじゃない? だって、ボクと瀬野くんは仲良しだから」
売られた喧嘩は買う。
結局何も変わっていない。ボクがこうなった遠因である喧嘩を買う癖。
でも、言われっぱなしは悔しいから。
口から出任せだとしても反撃はしておく。沙雪さんは姫ちゃんじゃなくて結姫ちゃんって呼ぶし、シェルシェリスの中でも姫ちゃんって呼ぶ人は殆どいない。姫さま、お姫さま、お嬢なら良くあるけれど。
ボクに喧嘩を売ってきた女子の周囲がコソコソしている。
少しつつけば泣くとでも思ったか。
ああ、今泣きそうだよ。売られた喧嘩を買ったボクに対する好奇の視線が突き刺さって泣きそうだよ! 足は震えてるよ! 教壇に隠れてるからいいけれども。背中には嫌な汗を一杯かいてるし。
「ちっ、なんなの、もう!」
「はいはーい、喧嘩はやめてねー。折角の高校最初の一日目が残念だよー」
終わってから止めに入る渡瀬先生。
遅い、というよりも、これは試された、か。
ボクが何も言い返せずに黙り込むようなら、すぐにでも助けに入るつもりだったのかも知れない。
渡瀬先生もまた、ボクの事を知っている大人だ。関係者でもある。
だから、もしかしたらボクの心の強さを試したのかも知れない。全部憶測だけど。
「あの、ボクは情緒不安定な所もありますけれど、どうぞよろしくお願いします」
醜態は一番最初に見せた。そして、これを先に言っておけば良かったと今更ながらに思った。
もう一度、お辞儀をして今度は席に戻った。
「ははっ、笹川さんの言ってた榊さんの格好いい所ってこういう所なんだな」
「あ、えっと……言われっぱなしは癪だったから……。ごめん、ちょっと話しかけないで欲しいかも」
「ん、お疲れ。顔真っ青だけど、保健室にでも連れて行こうか? お姫様抱っこで」
小さく笑いながら瀬野くんが揶揄してくる。もう目立つのは勘弁してほしい。本当にやめてください。吐いてしまいます。胃がぐるぐるしている。気持ち悪いし、異臭でもすればすぐにでも戻してしまいそう。
「笹川桜華、西中出身、趣味はぬいぐるみ集め、特技はこれといって無い。燈佳くんは私の恋人だから、害する人には遠慮容赦しないから。特にさっき突っかかった人、後で覚えておいて。じゃあ、これからよろしく」
机に突っ伏していると、いつの間にか桜華ちゃんが自己紹介を終わらせていた。手短で、それでいて聞き捨てならない事を一杯言っていたような。
というか、何ナチュラルに喧嘩を売ってるの……? ボクのためなのは分かるけど、桜華ちゃんまで泥を被らなくても良いのに。
「次はみゃー! えっと、鈴音くるみ十五歳! 理事長の妹だよ。後レンリの妹だし、スイルの妹だし、セーヤの妹でもあるの! ボクがみんなの妹だ! 崇めろ-!!」
くるみさんが空気を読まずに色々ぶちまけたお陰で、室内に笑いが満ちた。
剣呑な雰囲気はどこへやら、どこか和やかな空気に変わったところで、ボクの気持ちも大分落ち着いてきた。
「まさかのクラスにボクっ子が二人もいるなんて、じゃあ、俺もボクっ子にならねば!!」
がたりと勢いつけて瀬野くんが立ち上がった。
アホだ……アホがいるよ。ボクの隣の席の人はまごう事なきアホの人です。ちょっとでも格好いいなんて思ったのが間違いだったかも知れない。
「さて、薄々気付いてる人も居ると思うけど、ボクは瀬野瑞貴、父は作家の瀬野康明で母は女優の瀬野貴子。ボクも一時期子役としてテレビにでてたぜー。後この金髪は地毛。でもおとんもおかんも日本人。どっかからの隔世遺伝らしいが、よーわからんです、はい。あとあと、俺シェルシェリス・オンラインってネトゲの廃プレイヤーだから、もしやってる人いたら仲良くしよーぜ。姫さまもいるじぇ!」
最後一人称俺に戻ってたし。
クラス内がざわついてる。ボクの喧嘩なんて些末事のように立ったちょっとした自己紹介で、マスターが話題をかっさらっていった。
凄い。というか、ここまでが仕込み? アホの子みたいに振る舞って注目を集めて、七光りを惜しげも無く振りかざして……。ちょっと前のボクをぶん殴りたい。やっぱり格好いい。というか流石のヘイトコントロールにびっくりだよ。
なんか、ボクから後が濃い面子すぎて、次に自己紹介する相月さんが可哀想に思えてきた。
「ひーちゃん、大丈夫?」
「いやまって、どうして、四連で濃いのがくるわけ。あたしにどうしろと。どうオチつけろと……。いや、ここは無難にいくべきなのか……」
「これ、ダメっぽい」
四連ってどうしてボクまで含められているんだ。
桜華ちゃんが相月さんをつつきながら溜息をついた。
ひーちゃん呼ばわりって、いつの間にそこまで仲良くなったんだろうか。
相月さんは覚悟を決めたみたいで、教壇の前に立つ。
「相月緋翠。宝石の翡翠じゃなくて、緋色の緋に翠と書いて緋翠。どういう名付けの理由かわからないけど、そう言う名前です。ええと、瑞貴とは同じ中学出身で演劇を少しやっていました。よろしくね」
一礼して席に戻る。疎らな拍手と、無難な自己紹介に戻った事でほっと胸をなで下ろすまだ自己紹介をしていない人達。突っ伏しているから状況は分からないけど、弛緩した空気の感じから多分そうなんじゃ無いかなって言う予想。
そういえば、ボク達のこれからの班にはもう一人組み込まれるはずだけど。
少しマシになったから顔を上げてみてみる。
「……次は俺か。立川健一、一中出身、よろしく」
とんでもなく目付きの悪い人でした。怖い。
どうして、今まで気付かなかったんだろう? ちゃんと入学式とかいたよね?
「今朝は緊張して寝坊した。だから入学式は出口の所で聞いていた」
「こらー、寝坊はだめでしょー」
「これからは気をつける」
目付きの悪いことに、口べた。よくよく見れば坊主頭で、背も大きい。マスターより大きいんじゃないかな……。
だけど、緊張して寝坊するお茶目な所がある。
そう考えると、もしかしたらいい人なのかもと思ってしまう。
「さっすが健ちゃん! 大物は違うねえ!」
「うむ、悪いとは思ったが。気付いたら間に合わない時間だったんだ」
「はっはっは! しょうがない奴だなあ! これから同じ班だしよろしくな!」
「ああ、よろしく。近くに女子ばかりで困っていた」
早速男子同士仲良くなっている。いいな、ボクもあの輪の中に混ざりたい。
今の性別の壁が邪魔して混ざれないけど、いいお友達にはなれるかな? 男子同士で集まって馬鹿な話したいなあ……。
軽薄そうな瀬野くんとは対照的に寡黙な立川くん。この班だけとても濃い人材が集まった感じがする。
ボクこの中でやっていけるのかな?
それから、順調に自己紹介が終わって、解散の流れに。
三々五々に教室を出て行くのを見送って、ボクは漸く一息つけた。
「すまない、家の用事があるから俺は先に帰る。瀬野、また今度遊びには誘ってくれ」
「おう、またなー、健ちゃん」
「健ちゃんはやめてくれ……」
立川くんが肩を落として抗議していた。ボクも嫌だ。高校生にもなってちゃん付けの渾名なんて。姫さま呼ばわりはもっと嫌だけど。それだったらちゃん付けのほうが良いかもしれない。
「さて、どっか寄ってかえらね? 俺ハーレム気分を満喫したい」
「死ねばいいと思う」
「笹川さんは言葉がきついなあ」
ちなみに桜華ちゃんはボクの背中をさすってくれている。
よく頑張ったねって事らしい。うん、頑張った。
「今日はみゃーも無理。お姉さまのところに行かないと」
「あたしもパス。まだ部屋の片付け済んでないから」
どうやらくるみさんも相月さんも今日は無理みたい。
まあ、くるみさんは確かにそうだよね。出来るなら理事長の所に行った方がいい。
「私は……瀬野くん、ちょっと」
桜華ちゃんがマスターを手招きして教室の隅っこに呼び出して、何か内緒話を始めたみたい。
「榊さん、大丈夫? 具合悪そうだけど……」
「大丈夫。引き籠もりが決死になっただけだから……」
「そういえば、榊さん、ごめんね」
相月さんがボクに謝ってくる。一体何のことについて謝罪されているんだろう?
「ええと、ほら、一昨日のサーバー対抗戦についての嫌み言ったこと」
「相月さんも、シェルシェリスやってるんだ」
「あ、うん。瑞貴がやってるから」
もしかして、マスターにレベルダウンの刑に処されてた人かな。
「わたしのキャラ、ジェイドっていうの。ローズの細剣タンク」
「あっ。あんまり強くない人」
「ゲーム得意じゃ無いから仕方ないじゃない……。瑞貴のギルドに入れて貰えないし……。榊さんずるい……」
もしかしなくても、相月さんってマスターのこと好きなのかな。
ゲーム得意じゃないのに、同じゲームをやったり、一緒の学校に入るくらいだし。
なんかそう考えると、ちょっと胸の辺りにもやっとした感じがした。
……? なんだろう……これ。
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