ボクの病とくれいじー理事長

 新入生の待機列は結構な数になっている。

 普通科が四クラスに、商業科が二クラス、後は定時制や通信制といった学科も今日だけは纏めて入学式をやるようだ。

 ざっと見ただけでも三百人はいるのかな。


「ふう、着いた……」

「榊さんって、笹川さんと仲いいんだな。来るときも手繋いでただろ」

「あ、これは……」


 瀬野くんが笑いながら、ボクと桜華ちゃんの繋いだ手を指す。

 仲がいいという事も一端ではある。でも、たぶんこうしていないとボクは一歩も歩けなくなるかも知れないんだ。それが分かっているからか、桜華ちゃんは嫌な顔一つせずに自然と繋いでいてくれるのがとても嬉しくて、それに甘えていた。


 瀬野くんにはちゃんと言わないと行けないんだろうなあ。

 ボクの病気の事。

 このことを話して、引かれて嫌われるのはとっても怖い。

 黙っているということも出来る、けど、何ればれることだし。


「えっと、もう少し時間あるよね?」

「あるね。燈佳くんどうしたの?」

「瀬野くんに、ボクの病気の事ちゃんと話してくる」

「そう、着いていった方がいい?」

「ううん。大丈夫。ボク頑張ってみるから」


 やっぱり話そう。理解して貰える事にかけて。


「瀬野くん、少し時間いい? すぐ済むから」

「ん、いいけど」

「手を繋いでくれると嬉しいかな」

「え、いや待って。流石に俺にとってハードル高すぎ……。女の子の手を握るとか、む、無理……」


 首を大きく振る瀬野くん。そっか、じゃあ、ボク頑張らないといけないね……。うん、先生の言葉を思いだそう。

 視線のことは考えない。今から考えるのは瀬野くんにボクの事をどうやって伝えるかということだけ。

 うん、大丈夫。いけるかも……。先生ありがとう。


「そっか、無理なら仕方ないね。ちょっとそっちいこう」


 列から離れて、先生の目から届くけれど、声は届きにくい場所。

 どうせ、一度生ぬるい視線を浴びてるんだ、耐えてみせる。


「あのね、マスター。ボク、視線恐怖症っていうのを患ってるんだ。人の視線に過敏に反応する心の病気。桜華ちゃんが手を繋いでいてくれるのは、桜華ちゃんがボクの味方だって事を分かりやすく示してくれる行為なんだ」

「あっ……。姫さま、ごめん。俺、さっき、ホントに姫さまにとって辛いことをしでかしたんだな」

「いいよ。ちゃんと話してなかったボクが悪いから」


 視線恐怖症っていう単語だけで、マスターはボクがどういう状況なのか察してくれたみたい。みるみるうちに顔が曇って、後悔が表に出てきている。

 そんなマスターの落ち込みっぷりがおかしくて、


「ねえ、さっきなんでパンツの色、教えてあげたか教えるね」

「お、おう……」

「別にマスターだったらいいかなって思ったから。減るものじゃないし」

「なんだよそれ」

「それくらい、マスターを信用してるってこと。出来ればボクが怖いと思ったときに一緒に居て欲しいかなって思うくらいには信用してるよ」

「ちょ……ちょっと待って。さか、姫さ……ああもう! 俺今めっちゃ混乱してる。リアルであうの今日が初めてなのに、そこまで信用されるのはすげえ嬉しい。でも大丈夫か? もしかしたら俺、本当は悪いやつかも知れないんだぞ」


 顔が真っ赤。言葉もしどろもどろだし。そんなマスターが悪人なわけがない。

 善人だからこそ、あの場で泥を被る思考に至るわけだし。


「それはないかな。だって、マスターの周りってなんだかんだで人が集まるもん。悪い人の所には人は集まらないよ。だから、ボクはマスターにボクの病気の事を知って欲しかった。気持ち悪いと思うなら、これから避けてもらってもいいよ」

「ない! それはないから! どうして、簡単に自分を卑下にする事をいうんだ!」

「そうかな?」

「そうだよ。いつもいつも、何かあったら自分を卑下にしてる。やっぱりネットでもリアルでも元々の根っこの性格は変わらないんだな。どんなに取り繕おうとも」


 強い口調からの、苦笑した物言い。少し呆れも入っているかも知れない。

 でもよかった。マスターがボクから離れていかないって言ってくれて。


「話はその、姫さまの病気のことだけか?」

「あ、うん」

「じゃあ、安心してくれ。俺はいつでも姫さまの味方だ。笹川さんみたいに、手を繋いだりとか抱きしめてあげたりとかは流石に恥ずかしくてできないけど、味方だから!」

「あ、ありがとう。よかった……これからよろしくね、マスター……」


 安心したら、自然と笑みが溢れた。


「っ! あ、ああ、こっちこそよろしくな! そろそろ、戻ろうぜ!」


 話し込んでいたわけじゃ無いけど、ちょっと長話になったかも知れない。

 ボクが元々男だったってことは伏せたけど……そもそも普通の人にはこんな話しても信じられるわけがないし、話さないに限るんだけどね。

 でも、なんで最後、マスターは言葉に詰まってたんだろう。顔も赤かったし。


 マスターが先を歩いて、ボクがその後ろを歩く。

 背が大きい。たぶん180近くあるんじゃないかなあ。

 体格もしっかり男性らしくて羨ましい。ボクが男だったときでも身長は結局160ちょっとしか無かったし、筋肉なんか全然付いてなかった。

 まあ、今はなくした物に対して思いを馳せてもしょうがないのだけれども。


 クラスの待機列に戻って、桜華ちゃんに事のあらましを報告。

 ただ一言、少し嬉しそうによかったねって。うん、本当に良かった。


 そして、入学式が始まった。

 新入生入場から、校長挨拶、新入生宣誓、祝辞祝電披露。

 厳かな雰囲気の中、来賓列の先頭に赤髪の背の低い女性が大欠伸をしていた。

 ええと、あれが理事長?

 お腹が大きいのは妊娠しているのかな。確か鈴音先生が妻とかなんとか言ってたから、そう言うことなんだろう。

 式は順調に進み、最後、理事長の挨拶になった。


「……皆の物、こんな堅苦し式を真面目に聞いてご苦労だった。わたしが理事長の鈴音結々里だ。わたしからは新入生諸君に手短に檄を飛ばすことで式を閉じようと思う」


 赤い髪、赤い眼、今のボクとそう変わらない身長に、大きなお腹。

 だというのに、なんでこんなに威厳に満ちているのだろう? どこかの王様みたいな雰囲気を感じる。


「学校というのは、学ぶ所だ。勉強でも運動でも、遊びでも、それこそ恋でもいい。何か一つでもいい、心の財産になる物を学んで卒業していってくれ。その為の環境は整えたつもりだ。全てにおいて、効果は相乗する。この学校において、異性や同性との恋愛事については不純と捕えるつもりは一切ないし、夜遊び等も自己責任の範疇で済むのなら目を瞑ろう」


 大らかな人だ。学校の代表なんて清く正しく美しくと右に倣えのように繰り返す人ばっかりだと思っていたのに。面白い。

 来賓席や学校のお偉いさん方は大分焦っているようだけれども。


「犯罪を犯さない程度に自由に生きればいい。その中で自分の適性を見つけるのも醍醐味だ。だから、わたしから君たちに送る檄はたった一言、好きに生きろ。以上だ」


 理事長が肩で風を切るように堂々と歩いていたけれど途中で蹲った。

 講堂内がざわつく。

 血相を変えた鈴音先生が、理事長を抱き上げて、


「馬鹿か、お前、そろそろ予定日だって言うのに無理すんじゃねえよ!!」


 大声で叫んでいた。

 なんというか、凄い。

 大きなお腹だと思っていたけど、まさかもうすぐ生まれる日だったなんて。

 苦笑している理事長と、呆れと怒りを混ぜて責める鈴音先生。でも心なしかとても幸せそうに見える。


「折角の式だというのに、皆済まない。これ以降は各担任の指示に従ってくれると助かる。一年四組の皆は、渡瀬先生に後を頼んであるからそちらの指示に従ってくれ。では、これにて入学式を閉会する」


 疎らな拍手と、慌てて講堂から出て行く鈴音先生達。

 教師陣はどうするべきかとまごついているし、ひどいぐだぐだっぷりだ。

 ボクはそれがとてもおかしくて、笑ってしまった。

 理事長が身をもって、好きに生きろという物を体現している。


「なんか、凄かったね。そっか、子供が生まれるんだ。鈴音先生も大変だろうねえ」

「そーでもないよ?」

「そうなの?」

「にゃあ! だって、乳母代わりのメイドもいるし、まお、じゃなかった、お姉さまはこれで子供産むの三人目だもん」


 既に上に二人がいるなんて。というよりも、乳母代わりのメイドって。やっぱり私立の学校経営をするくらいだからお金を持ってるんだろうなあ。

 それにしてもくるみさんの本当のお姉さんは理事長だったんだ。やっぱりそれにしては歳が離れてはいるように感じるけど、赤い髪とかはそっくりだし。異世界の姉妹を鈴音先生が姉だけ娶ったって事なのかなあ。

 でも、理事長、異性や同性との恋愛とか言ってたし。もしかして姉妹は設定だけで本当は理事長を中心とした恋人関係だったりするのかな。

 それだとしたら、やっぱり凄い。よくわからないドロドロ関係だけど、鈴音先生とくるみさんの関係は良好だし、意外としっかりやっていけてるんだろうね。


「こども……私だって、燈佳くんの子供ほしいのに……」

「女同士じゃ子供作れないからね……?」


 桜華ちゃんのつぶやきに、相月さんが呆れていた。

 ああ、今日のお風呂の時は乱入を覚悟しないと。何されるか分かった物じゃない。


「はい、それじゃあ、一年四組ー、教室もどるよー」


 一年一組から順番に講堂を出て行っていて、やっとボク達の四組の番になった。

 しかし、この渡瀬先生、ゆたーっとした喋り方のせいで緊張感が一切無い。

 脱力系な感じ。


「先生についてくるんですよー」


 周りが苦笑している。さっきまでの慌ただしさが嘘のように消え去っていた。


「それじゃあ出発しんこー」

『はーい』


 ノリに慣れた人達が、声を合わせて返事をした。

 なんか、もしかしたらこのクラス仲のいいクラスになるのかも知れない?

 

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