パンツの色を聞かれた日
どうして同姓に可愛いと言われて気恥ずかしく感じてしまうのだろうか。
同姓だからやっぱり可愛いより格好いいと思って欲しい部分はあるのかな。よく分からない。
「なあなあ、姫さまー」
「……瀬野くん、その呼び方はここではやめて欲しいな」
「えー、いいだろー。だって、姫さまは姫さまなんだし。俺にとってその呼び方の方が慣れ親しんでるんだから」
慣れ親しんでいるからと行って、大勢の同年代の人達の前で、姫さまと呼ばれるボクの気持ちはわかるでしょうか? いいえ、わからないから、瀬野くんはボクの事を姫さまと呼んでいるのでしょう。
例えば、ボクが男の子であったなら、草でも生やしながら冗談に乗ったかもしれません。
ですが、今のボクは女の子です。
はい、その意味が分かりますか?
分かりますよね……。
そうです、瀬野くんはとても顔立ちが整っていて、自然な色合いの金髪に碧い眼。ええ、クラスの女の子の目を奪っています。
そんな彼が、ボクの事を姫さまなんて呼んだら?
「桜華ちゃん……助けて」
ボクのキャパシティーは早速オーバーです。
女子たちの視線が痛い。嫉妬とか憎悪とか、なんか色々ない交ぜになった視線がボクに突き刺さる。
「ボクもう、かえるぅ……」
「え、いや、何、姫さまそんなに嫌だったの!? 泣くほど!?」
ぼろぼろと涙が溢れて、自分で自分の感情が制御できない。
「……最低。あなたは燈佳くんの味方だと思ってたのに」
「ごめん、瑞貴、あたしも流石にあんたを擁護できない」
「ねえ、相月さん。あなたは燈佳くんの味方なのね?」
「というよりも、ネットの物事をリアルに持ち込む神経が理解できない。死ねって思う」
「同感。私も死ねって思ってる」
桜華ちゃんに抱きしめられて背中を撫でられていると、不穏な言葉聞こえてきた。
でも、涙は止まらないし、嗚咽も漏れている。
ボクが泣いてしまったことで場が白けてしまったのか、視線は敵意や害意から哀れみに変わっているけれども。
「いや、まて。分かった。俺が悪いのは分かったし、この場を取り繕うのも俺の責任だってのも分かった。あのさ、姫さ……じゃなかった、榊さん、こっちむいてくれる?」
何で泣いてしまったのか分からないけれど、ボクは涙を拭いながら呼ばれたから瀬野くんの方に向き直る。桜華ちゃんがまだ軽く抱きしめてくれてるから、少しマシだ。
「ねえ、榊さん、今日のパンツの色何色?」
えっと?
時が止まる。
は? この人何言ってるの? あ、そうだ、瀬野くんはマスターだった。困った時に下ネタに逃げる人だった。
一拍の間が置かれて、
「「さいってい!」」
桜華ちゃんから冷たい言葉。それに相月さんからは手痛いビンタを瀬野くんが貰っていた。
クラスの女子達も、哀れみから、同情の視線に変わった。
あ、すごい……。
たった一言で、クラスの雰囲気を変えてしまった。
自分が悪役になることでだけど。
「いってぇ……。で、榊さん、何色なの?」
頬をさすっては居るけれど、瀬野くんはにこにこ笑顔だ。
ボクのリアクション待ちだ。
「えっと、ちょっとまってね?」
ボクは胸元をのぞき込んで、自分の下着の色を確認する。上下セットで着てきたからブラの色さえ見ればパンツの色も分かる。
スカートを捲るのは本能的に抵抗があったから出来なかったけど、別に胸元をのぞき込むくらいは出来る。
「ま、まってまってまって!! ごめん、俺が悪かった、本当に確認しないで!! ってかそこは、なにがしか悲鳴的な物をあげるところでしょ!?」
そうなの?
だって、男子の視線は、瀬野くんの男気に対してグッジョブって言ってるんだから、本当はパンツの色知りたいんじゃないのかな。
「燈佳くん……。流石にそれは無い」
「瑞貴も一体何を考えてるの!?」
桜華ちゃんがボクを、相月さんが瀬野くんを窘める。
一体何が悪かったんだろう?
「あー……、騒がしいが一体何があった? まあ、いい席に着けー。今日の説明をするからなー」
戦慄のパンツ時空は、鈴音先生がやってきたことで打ち切られた。
うん、解放されたのはいいんだけど、聞かれたしやっぱり答えないと行けないよね。
『今日のパンツは薄いピンクにレース飾りがついたやつ』
がたっと瀬野くんが大仰にボクの方を向いた。
みるみる顔が真っ赤になってる。
どうしたんだろう。大丈夫かな?
「瀬野、大丈夫か-?」
「あ、いや、大丈夫ッス! はい、続けてください!!」
机に突っ伏した瀬野くんを横目に、ボクは涙を拭いながら先生の話を聞いた。
入学式は準備ができ次第始まること。
式中に騒ぐのは厳禁。理事長の話は短いから安心しろなどなど。面白おかしく、ボク達の緊張を和らげるような配慮の行き届いた言葉がかけられる。
凄いなって。瀬野くんも自分を悪役にすることで場の雰囲気を変えたけど、先生も先生で言葉巧みに適度な緊張感とリラックスした雰囲気を作ってくれた。
「そういえば、一番後ろで寝ている、鈴音くるみは、俺の義理の妹だ。みんな仲良くしてやってくれ」
そういえば、教室に入ってから一言も喋っていなかったくるみさん。
先生に言われて後ろを振り返ってみると、涎を垂らして眠っていた。
確かに室内は空調が利いていて暖かいけれど、よくこの状況下で眠っていられる。
というよりも、八時五時の監視体制は一体どうなったんだろう。
「あー、くるみ、早く起きろ。入学式に遅れるぞ」
「にゃあ……なんか騒がしかったけど終わったあ?」
「終わった終わった。後は講堂まで行くだけだ。さあ起きろ!」
「しょうがないにゃあ……」
にゃあだってという嘲笑の声が聞こえた。
しかし、くるみさんはそんな声物ともせずに、本当に猫みたいに大きく伸びをして立ち上がった。
この図太さは凄い。
それを切欠にして、みんな疎らながら講堂に移動を開始した。
教室に残ってるのはボクと瀬野くんだけだ。
「瀬野くんはいかないの?」
「先に行っていいよ。もうちょっとしないと俺行けそうに無いから……」
「そうなんだ。あ、二人の時は呼びやすいほうでいいよ。さっきはごめんねみっともなく泣いちゃって」
そういえば、マスターにはボクが視線恐怖症だということを言った覚えが無かった。
シェルシェリスで知っているのはアリアさんと沙雪さんくらい。
マスターを信用していないわけじゃないんだけど、なんかマスターと話をしていると、そういう雰囲気にならないんだよね。馬鹿な話に、えっちな話に、趣味の話に。話題に事欠かない。個人的な話なんて滅多にしたこと無いんじゃないかなあ。
「いや、俺も悪い。姫さまに会えたのが嬉しくて。調子に乗ってたよ」
「うん、ボクもマスターに会えたのは嬉しかったよ」
「そっか。でも、姫さま、リアルに一人称ボクなんだな。キャラ造りの一環かと思ってたけど……」
「ボクはずっとボクだよ? 変かな……?」
男として過ごしてきたときからボクと言っている。
染みついた一人称や話し方は早々に変えられる訳がない。
「話し方も一人称も自然な感じだよ。リアルと大差ない話しぶりじゃ、性別間違うはずだわなあ……。なんか、どっちとも取れる話し方だよな、姫さまって」
「そうかなあ? あんまり気にしてなかったけど」
「でも、私服はすげー可愛かった。俺ああいう格好好みだなあ」
「えっと、服選んでくれたのは桜華ちゃんだから、褒めるなら桜華ちゃんを褒めてね?」
「おう、分かった。よし、収まったし、行くか」
えっと、何が収まったんだろう? 聞いてもいいのかな。聞かない方が無難かな。
よし、聞かないでおこう。
「燈佳くん、遅れちゃうよ?」
お手洗いに行っていた桜華ちゃんが戻ってきた。
一緒に行った相月さんが居ないところを見ると、先に行ったのかな。
うん、ボク達も早く行かないと入学式始まっちゃう。
「そういえば、笹川さん」
「何?」
相変わらずの絶対零度の声音です。
ボクも震えそうなほどに冷たい声だ。
「姫さまの服の見立てって、笹川さんがやったんだって? すごいじゃん。素材の良さを引き立たせる力があるよ!」
「そう、素直な賛辞として受けておくわね」
「いやあ、さ。正直なところ、昨日喫茶店に入ったのって、姫さまがめっちゃ可愛かったからなんだよね。笹川さんはおまけ」
「だって、燈佳くんだよ? 可愛くて格好いいに決まってるじゃない」
「格好いい。うん、確かに格好いい所もあるな。よし、笹川さん、姫さまのリアルな可愛いところを教えてくれ! 俺は姫さまのネットでの武勇伝を聞かせてやろう!」
「……分かったわ。講堂までなら聞いてあげる」
いや、待って。なんで、ボクが辱められる事になってるの?
二人が仲良くなってくれるのはいいことだけど。あれ、いいことなのかな?
でも、話の肴がボクの事ってそれはやめて欲しいな。
恥ずかしくて死んじゃいそう。
でも、今日既に醜態を晒してるし、あれ以上酷くなることはないのかな?
うん、やっぱり全力で止めて置いた方が良かった。
とても恥ずかしくて顔から火が出るかと思った。
でも、マスターと桜華ちゃんが仲良くなったのはいいことかも。
ボクの友達が一緒に仲良くなるのはやっぱり見ていて嬉しいからね。
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