呼び出しとさぷらいずあたっく

 桜の雨が降り注ぐ通学路。

 新入生らしき人がぽつぽつと歩いているのが見える。

 ボク達もその中に混ざっているように見えるのかな。

 ぴかぴかのサイズの微妙に合っていない天乃丘の制服を着て、桜華ちゃんに手を繋いでもらっているのは否が応でも人目を引く。そう思っていたけれど周りの人達がみんな緊張の面持ちだから、実はそんなに視線を感じない。

 ええと、マスター的に言うなら、仲のいい百合ップルだっけ。


 今日は最大の防御力を誇る帽子の存在が無い。でも、みんなに紛れるという意味では制服は迷彩戦闘服のようなもので、発作が起きる気配は無かった。でも玄関から一歩目を踏み出すのは少し怖かったけれど。


 校門を越えると、そこには一杯の新入生の姿が。それにその保護者の人達も。

 ボク達の保護者は来ない。父さんも母さんも仕事だし、桜華ちゃんの両親は海外だ。写真だけを要求された。ちょっとこれは困ってる。いつでも良いって言われたから帰省するときにでも持っていけばいいかな?


「ご入学おめでとうございます。こちらで受付をお願いしまーす」


 在校生の人だろうか? 同じ制服なのに、着古した感じがする。

 その人が笑顔を振りまいて、呼びかけている。


「行こっか」

「うん」


 不安はいっぱいある。だけど、何事も一歩目を踏み出さないと始まらない。

 受付の所に行くと、ずらりと名前が書いてある紙が長机に貼られていた。


「お名前を伺ってもよろしいですかー?」

「笹川桜華と、こっちが榊燈佳です」

「さ、さ、と。あったあった、一年四組ですね。っと付箋が貼ってある、これなんだっけー?」


 受付の人が確認のために席を外した。

 一年四組、どんな人がいるんだろうと、ボクは名簿をのぞき込む。

 伊藤吉行いとうよしゆき、井上雄太いのうえゆうた、江川愛理えがわあいり、大橋紗耶香おおはしさやか、香椎翔かしいかける、駒田守こまだまもる、榊燈佳、笹川桜華、鈴音すずねくるみ、瀬野瑞貴せのみずき、相月緋翠そうづきひすい、立川健一たちかわけんいち……。

 全部で三十六人。名前順でみると、男子も女子も一緒くたに並べてある。えっと、なんだっけ差別団体がどうのこうので、最近の出席簿は男女混合になってるんだっけ? ボクの中学でも三年生はそうだったのかな? 行ってないからわからないや。


「ごめんなさい。えっと、榊さん、笹川さん、鈴音さんはって鈴音さんはもう行ったの!? えっと、ごめんなさい。榊さん、笹川さんは一度事務室に行ってもらっていいですか。担任の先生からお話があるとかで」

「分かりました。燈佳くん、行こっか」

「う、うん」


 事務室の場所はたしか、来客用の玄関から入ってすぐの所にあったのは覚えている。


「あの、受付でこちらに来るように言われた笹川ですけど」

「ん、ああ。笹川と榊か。すまんな呼び出して。俺は鈴音蓮理すずねれんり。君たちの担任になる」


 事務室には鈴音蓮理と名乗った男性と、その横ににこにこ笑顔な赤髪の女の子が居た。

 外国人かな。それにしては綺麗な赤色だ。思わず触りたくなる。


 あ、そういえば名簿に鈴音ってあったけれど、妹さんなのかな?

 それにしたって歳の離れた妹だ。

 見た感じ、鈴音先生はアラサーな雰囲気の落ち着いた男性だ。黒髪の短髪に眼鏡。左手の薬指には指輪をしているから、結婚しているのかな。


「はあ……すまん、うちのくるみが迷惑かけたみたいで」

「にゃー!! レンリ! みゃーは迷惑かけてないよ!!」

「うるさい……」

「へんひのひゃかー!!」


 鈴音先生がいきなり騒ぎ出した女の子の頬を引っ張る。先生がそんなことしていいの?

 というよりも、うちのくるみ。妹さん? やっぱり全然似てない!


「さて、君たち……榊が性転換してしまった事を俺は知っている。あの黒猫……くるみを野放しにしてたのは俺と、俺の妻の責任だしな」

「えっと……?」


 まずもって、理解が追いつかない。

 ボクが代理で被害を受けた時にいたのは黒猫さんだったけれど。


「不思議に思うのも無理は無い。こちらの世界の人間には殆ど魔法は認識されないけれど、魔法や幽霊といった不思議現象はよくある事さ」

「はあ。実際ボクの身にあったことだから、それは否定しませんけど……」

「まあ、だからすまないと。一応こちらの方で榊の性別は女と言うことで改竄しておいた。それと不都合があったら、俺か、養護教諭の兄貴……白川聖也しらかわせいやか、同性がいいようなら同じ養護教諭の渡瀬睡瑠わたせすいるを尋ねてくれればサポートはするよ。妻……理事長の鈴音結々里すずねゆゆりは、うん、あまり当てにしないでくれ。妻はくるみには滅法甘いからな……ははっ」


 えっと、とりあえずいきなりな事でよく分からないことがたくさん。


「と、とりあえず、その子は一昨日の黒猫さんでいいってこと?」

「にゃー♪」

「あ、変身した」

「ふふん。八時五時の間ならあなたのお側で監視だよー!」


 くるみさんが黒猫さんに変わって、公務員みたいなことを言っている。

 緑の瞳がとても綺麗な黒猫さん。ううむ、なんだろう、あんまり腑に落ちないけど、なんか納得しちゃってる自分がいる。


「燈佳くんの順応力に私は頭が痛い」

「いや、俺も異世界を旅したが流石にここまで順応力高いやつは初めて見た……」

「先生も、大分変な人なんですね」

「それは否定しねえ」


 桜華ちゃんの容赦のない突っ込みに、鈴音先生は苦笑して答えていた。

 なんというか見た目以上にフランクな人だ。


「でも先生のお兄さんとか渡瀬先生はこのこと知ってるんですか?」

「まあ、知らないが、そもそも結々里とくるみが異世界の人間だって知ってるからなあ。くるみの悪戯って言えば納得するんじゃなかろうか」

「そういうものなんだ……」


 黒猫さんと戯れていたら、桜華ちゃんが頭を抑えていた。大丈夫かな? 現実は受け入れないと!!

 意外と不思議現象ってそこら辺に転がってるんだね。って位なんだけど、ボクは。


「まあ、でも、見た限り女の子としてやっていけそうだし、榊は大丈夫そうだな。大丈夫だ女子制服似合ってるぞ」

「え、えっと……。ありがとう、ございます……?」

「きみの事情は知ってるけれど、先達からのアドバイスとして一つ受け取って欲しい」

「は、はい」

「そう身構えなくてもいいさ。まあ、そうだな。人の視線を感じるよりも考え事をいっぱいするといい。口に出してもいいし、頭の中で考えてもいい。何も考えずに人の視線を気にするから怖いんだよ。考え事が無理なら今目の前にある事に集中すればいいさ」


 なんだろう、大人の言葉だ。

 気にするなでもなく、気のせいだでもなく。意識を逸らす言葉。

 目から鱗が落ちるようだ。そうだよ、たしかにそうだ。自分がそれについて考えなければいいだけなんだ。なんで今までそこに思い至らなかったんだろう……。


「まあ、心の問題はすぐには解決しないだろうけど、外に居るときくらいは忘れてもいいだろう?」

「は、はい!」

「うん、いい返事だ。よし、じゃあ話も終わりだ。三人は教室に行きなさい」

「わかりました。失礼しました」


 事務室をでて、教室に向かう。一年四組はこの棟を越えて、別校舎にあるみたい。

 学校自体大きくて、どこに何があるかを覚えるだけでも一苦労だけど、沙雪さん情報だとオリエンテーリングで一日使って校内全域を回るっていう催しがあるらしい。

 主要なところは抑えられればいいな。


 教室につくと、既に騒がしかった

 結構な人が集まっているのだろう。

 扉を開けると、一斉に視線がこちらを向く。

 ボクは咄嗟に桜華ちゃんとくるみさんの後ろに隠れた。

 そして、中の様子を伺うと、一人目立つ人が居た。

 金髪に碧い瞳の男子生徒が、楽しそうに笑って話をしている。


「あっ!」


 思わず声をあげてしまった。昨日の喫茶店で会った男の子だ。なんでか分からないけどすぐに分かった。


「おはよーさん! おお、昨日の人達だ! 天乃丘だったんだ!」

「最悪……。さわやかイケメンとか死ねばいいのに」


 桜華ちゃん毒が漏れてます。


「つーことは、俺のイメージ的に、そのちっこいのが榊さんで、黒髪の美人さんが笹川さん、んで赤髪のかわいこちゃんが鈴音ちゃんかな?」


 なんでくるみさんだけちゃんなんだろう? 見た感じ子供っぽいからかな?

 身長的にはボクもくるみさんも然程変わらないんだけど。


「ふふん、だいせーかい!!」

「おお、俺も中々やるもんだ! あ、榊さん、俺隣の席の瀬野瑞貴、よろしくなー」


 くるみさんが胸を張って答えた。それに瀬野くんがこれまた大声で返事をする。

 声が大きい。注目がボクに集まってる。正直やめて欲しい。でも、隣の席?

 どういうことなの?

 瀬野くんの出席順はボクの二つ後。桜華ちゃんとくるみさんの後のはずなのに、なんで?


「いやあ、なんか、面白い配置になってんだよ。黒板みてみー」


 瀬野くんが黒板を指差した。

 席の配置が書いてあって、ボクの席は一番奥窓際の前から四番目。その前は江川さん。後ろは桜華ちゃんみたい。

 それで瀬野くんの席の前が駒田くん。あ、これすぐに班を作りやすいように席を配置してるのか。六人一班で、机とかをくめるように、区切ってあるみたい。

 本当に面白い配置だなあ。


「本当だね、面白い配置だ」

「な。あ、そうだ、こいつ相月」


 瀬野くんが後ろの席の子を紹介してくる。この子は……


「き、昨日の悪鬼羅刹……」

「何か言ったかしら……!?」

「あ、ご、ごめんなさい」

「もう、なんで瑞貴ってハーレム体質なの!? 周り女の子ばっかりじゃない!!」


 相月さんは、瀬野くんの彼女じゃないのかな。昨日の様子を見た限りとても仲良さそうだったけど。

 うーん。まあいっか。本でも読んで時間潰そう。

 と、思ったらスマホに通知。マスターからだ、なんだろう。


『入学式緊張するわー。そっちどうよ』

『ボクも緊張してる。でも友達が一人一緒のクラスだからちょっとは安心かな-。そっちは?』

『クラスの美少女率の高さよ。特に隣の席の子可愛すぎてマジヤバイ』

『へえ、それは良かったね』


 なんか、ボクがスマホをぽちぽちしてると、瀬野くんもぽちぽちしてる。

 ま、まさかねえ?


「あ、榊さん、写メとってもいい? 知り合いに自慢したいんだ」

「いいけど……。キメ顔とかボクできないよ?」

「いいのいいの。可愛い子は別に笑って無くても可愛いんだよ」

「か、可愛いって、ボクそんなんじゃないから……」


 後ろから桜華ちゃんが照れてる燈佳くんは目茶苦茶可愛いとか茶々入れてきてるけど、とりあえず無視。それに相月さんも悔しいけど可愛いとかいってるけど、それも無視!


「よし、榊さんの照れ顔いただきましたー! 送信っと!」


 ボクのスマホがなる。


『みてこれ、超可愛いくね? まじ美少女』


 あ、あ、あ……。

 添付されてた画像に写ってたのは、紛れもなくボクだった……。

 ま、まさか……。


「あの……マスター……瀬野くんがマスターだったの……?」

「ふあ!? いきなりどしたの、榊さん!!」

「これ……」


 ボクはスマホの画面を見せる。

 瀬野くんの表情が、みるみるうちに、百面相をして、最後には喜色満面の笑顔になった。


「うおお!! え、なにこれ、運命!? ああ、沙雪さんが暴走してたのってそういうこと! 俺ずっと姫さまが男だと思ってたけど、ええ、まじで、こんなに可愛い女の子だったの!? 姫さま! 俺ずっとあなたに会いたかったーーーーーーーー!! ぐべえ!」


 欧米的な愛情表現をしようとして、瀬野くん……マスターは桜華ちゃんと相月さんに全力で殴られて吹き飛んでいた。

 女の子の底力って……怖い。


 でも、なんだこれ、そうかこれが沙雪さんが言ってたサプライズ的なサムシング。

 もう本当になんなんだよー。マスターがこんなに格好いい人だなんて思うわけ無いじゃん。なんかハーフみたいだし!!


 それになんだろう、桜華ちゃんとか店員さんから言われる可愛いより、男の子から言われる可愛いの破壊力は高い。いつの間にか頬がとっても熱くなってる。

 胸もドキドキしてるし。なんだこれ。

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