決意を新たに
制服を受け取って、家路につく。
道すがらの話題は、喫茶店でであった金髪の男の子ことだった。
ああだこうだと、桜華ちゃんなりの酷評とそれとは別に、如何に男の子だった時のボクが格好良かったかをボクは苦笑しながら聞いていた。
よく本人の前でそう言うことを言えるなあと、内心とても感心していた。
そして、ゴシックラテのお店に寄ったら、沙雪さんからボク宛てに服のプレゼントがあった。
『今日来ていた服の逆を選んでみたの。たぶんそれ、結姫ちゃんに似合うと思うから。お代は私持ちだから安心して♪』
付いていたメッセージを見てもらってしまっていいのか悩んだけれど、店員さんも遠慮無くなんていうから、押し切られる形でもらってしまった。
中に入っていたのは、七分丈の白いブラウスに、赤いネクタイ。それに黒い燕尾風なベストと同色の膝丈のズボン。ズボンの裾にはネクタイと同色のリボンが付いていて、男の子向けではないことは確かなのが分かる。
全体的にボーイッシュな感じで纏めてあって、スカートを穿くより抵抗が少ない。
でもまあ、色使いや、服のふんわりした感じや、所々に絞る為のリボンが付いていたりして女の子が着るような服だなあっていうのは一目で分かった。
桜華ちゃんがとても羨ましそうにしていたけれど、ボクのサイズで選んでいるみたいだから、桜華ちゃんには入らないみたいだ。
それに桜華ちゃんは服を見るなり、ボクに似合うってすぐに言ってくれたし、デザイナー直々に服を選んでもらうことが羨ましいのであって、服をもらったこと自体はどうでもいいようだ。
流石にそのまま何も買わずに出るのも忍びなかったから、桜華ちゃんの薦めもあって、ヘアピンと手鏡を買った。
下手に目元を隠すより、少しくらい目を出していた方が視線が気にならないとかなんとか。
そういうのはよく分からなかった。
制服も一度袖を通した。なんというかこそばゆい。サイズは合っているんだけれど、女子制服を着るという行為に背徳感を覚えてしまう。
上着は男子と同じ藍鉄色のブレザー。胸元には天乃丘の校章が縫い付けてある。それと市松模様とみたいな赤銅色のプリーツスカート。
どこにでもありそうなデザインなはずなのに、不思議と初めて見る組み合わせのように感じる。色使いの問題なのか分からないけれど。本当に不思議だ。
制服は特に直すところもなく、ちょっと大きいくらいの物となった。成長の余地は多分あるし、三年間着る物だからって。
ボクは三年も着るのか怪しいけれど。
それと合わせて、同柄の夏用のスカートと、夏用のブラウスと中間服のブラウスにネクタイも付いて来た。夏用は白のせいもあって、ゴシックラテのテイスト満載だ。縁取りがレースになっている。流石にフリルはなかったけれどもこれでもかと言うほど精緻なレースで縁取りがしてあった。これは選択する方も大変な気がするんだけど……。各所を泣かせに着ているブラウスだ。
店員さんも桜華ちゃんも似合ってると言ってくれるけど、うん、よく分からないかな。
ただ、今、ボクはボク自身を客観的に見れるから、そういう意味じゃあ制服はボクにとても似合っていた。オーソドックスなブレザーだし、プリーツスカートもシンプル。ただ、女子はネクタイ、男子はリボンタイなのは、沙雪さんの趣味なんだろうなって。
お店を出て、家に戻って夕飯を作って、LANも引けたから、やっとこれでネット環境も整った!
でも、先にお風呂に入らないと。
今日は一杯歩き回ったから、足が棒のようになっている。暖かい湯船に浸かりたい。汗もかいたし。
「桜華ちゃん、浴槽にお湯貯めていい?」
「いいけど、一緒にはいる?」
「うん、それは遠慮する。お湯に浸かりたいなって思ったから」
ナチュラルにセクハラ発言をしてくるのを華麗にスルー。
どうしてそんなにボクと一緒にお風呂に入りたがるんだ。ボクがちゃんと男の子だったら、襲っちゃうかも知れないって思わないのかな。いや、でも、女の子の裸見たって巷で言うむらむらするって事は今までなかったけどさ……。ドキドキすることはあったけれども。
見ちゃ行けないって気持ちが大半を占めて、そんなえっちな考えに至るって事は無かったかな。マスターはそういうの結構開けっぴろげ、どういう子が可愛いとか何で抜いたとかそういう事を言っていたけど、ボクにはよく分からないなあ。意味は分かるんだけどね。
「いいと思うよ。私は燈佳くんエキスがたっぷり染み出た二番目でいいし」
「……桜華ちゃんがもう変態的発言を隠そうともしなくなった」
「大丈夫。燈佳くんが男の子でも同じことするから」
「全然嬉しくないよ!!」
「うん、燈佳くん、不安かも知れないけど頑張ろう?」
これだ。ボクの考えがネガティブにならないように絶妙なタイミングで思考を逸らしてくる。敵わないなあ。
「今日一日で諦めもついた気分」
見られる視線、聞こえてくる声、お世辞に、その中にある本音。後はまだボクがボク自身を客観視出来るというボーダーライン。もしこれが客観視出来なくなったら、その時は気持ちの整理が自然と付いた時だと思う。
「だから安心して。無理にえっちな話題を出す必要は無いよ?」
「ん。気をつける。でも私、燈佳くんの趣味の話よく分からないから」
「ボクも桜華ちゃんが今何が好きかなんてよく分からないよ。あ、ゴシックラテが好きなのはよく分かったけど」
だから、一杯話をしないといけないんだと思う。子供同士で遊んでいた時みたいに無邪気になれないのなら尚のこと。
「お互いのことはこれから知っていけばいいと思うんだ。その中で好きなこと嫌いなことをわかり合えればいいよね。ボクはその中で男の子に戻るのか女の子のままで生きていくのか決めていこうと思ってるよ」
「そっか。うん。私も自分の力で変われるように頑張るね。今の燈佳くん昔みたいで格好いいよ」
「あ、ありがとう」
やっぱり面と向かって格好いいとか言われると恥ずかしいかな。顔が熱い。
どうしてだろう、女の子になったせいなのか分からないけど、喜怒哀楽がはっきり出ている気がする。
学校に行かなくなったときに、表情は無くなったと思ってたのに。
というよりもわき出る思いが隠せなくなっている?
「照れてる燈佳くんは可愛い」
「も、もうやめて! お風呂行ってくる!!」
「うん、いってらっしゃい。ちゃんと教えたとおりに手入れやってね」
「わ、わかってる!」
リビングを出て、お風呂場に。浴槽の掃除は帰ってきてからすぐしてある。
後はお湯を溜めるだけ。
一度部屋に戻って、今日買ってきた物を広げる。
下着一杯に、私服数着、靴下も様々に買って、パジャマ。沙雪さんにもらった服に、天乃丘の女子制服。
後、ボクの決死の思いが詰まった天乃丘の男子制服。これだけは部屋に飾っておこうかな。
ハンガーに掛けた女子制服はすぐに取れるところに引っかけて、下着や服はクローゼットの中に。手持ちの男物の服は名残惜しいけれど段ボールの中に全部仕舞っておく。そんなに数は無いから一箱に収まりきったけれどね。
買った下着の中には確か昼と夜の別用途で買ったやつがあったはずだ。夜はこっちを着けないと行けないらしい。そうじゃないと立派なバストが形成されないとかなんとか。
着けなくてもいいと思うんだけど、寝る前に桜華ちゃんチェックが入りそうだから、渋々夜用のブラとセットのパンツを持ってお風呂場に。
体を洗って、暖かいお湯に浸かって今後のことを考える。
明日は入学式。明日から環境を変えた新しい一歩目が始まる。
その為に勉強もしたし、学校だって県を超えた。
前の中学校からの進学した人は誰一人いないと思いたい。
「ふう……明日から、学校だ」
もう、前みたいな事は起こって欲しくない。
何もしていないのに後ろ指を指される生活は嫌だ。
だれもがボクを嘲笑い続ける生活はたくさんだ。
誰の目にも触れずひっそりと暮らしたいけれど、そうは行かないのは分かっている。
生きている限り、誰かと関わり合いを持たないと行けない。
「マスターかあの金髪の男の子がいてくれたらなあ……」
マスターは言うに及ばず、よく知っている人だ。
そして、あの金髪の男の子は、物怖じせず人の輪の中にするりと入っていける才能があるみたい。
そう言う人が中心にいたら、ボクも過ごしやすいんじゃないかな。
あのスマートさはちょっと格好いいなって思ったし。まあ、付き合ってる女の子の尻に敷かれてたみたいだけど。
言葉に悪意が微塵も籠らないって、それだけでもずいぶんな才能だ。羨ましい。
「……ボクなんであの男の子の事ばっかり考えてるんだろ」
でも、いい友達にはなれそう。悪友みたいなそんな感じ。
「なんか、うん気が楽になったかも。そろそろ上がろうかな。寝る前に少し雑談して、起きるのはいつもより遅くしよう。五時に起きれば朝ご飯は余裕で作れるしね」
そうと決まったら早速シェルシェリスにログインしよう。
沙雪さんにお礼も言わないと行けないし。
お風呂から上がって体を拭いて、服を着て。ドライヤーで髪を乾かしていると、洗面台に写る一人の女の子。
少しはこの女の子が自分だって言う自覚が出てきたかも知れない。
最初はあれだけ酷い発作を起こしたというのに、今は軽い眩暈くらいですんでいる。
たった一日だというのに大きな進歩だ。このまま視線恐怖症も治ってくれればいいのに。
乾いた髪をヘアゴムで二つ結びにして前に流す。
そのままだと寝癖が酷いことになると、今日身をもって知ったからその対策だ。
そして、自室に戻って、クライアントを立ち上げてログイン。
『こんばんは』
『結姫ちゃんだあああああ!! ちゅっちゅー!!』
『沙雪さんが暴走してる……』
ログインするなり沙雪さんの熱烈な歓迎を受ける。
ギルド情報を見ると、ログインしているのはマスターにアリアさん、それに沙雪さん。後何人か。
適当に流れるログを流し見して、沙雪さんに個別チャットを送る。
『沙雪さん、服ありがとうございました。でも本当にもらっても良かったんですか?』
『いいよいいよー。お姉さんからの入学祝い。それに結姫ちゃんがあんなに可愛い子だなんて思わなかったからねー』
『あ、ありがとうございます……』
『そうだ、もしかしたら明日サプライズがあるかもね、ぐっふっふ』
『なんですか、それ。気になるんですけど』
『まあまあ、それは明日のお楽しみということで! じゃあ、私はデザインの方に戻るよー。結姫ちゃんのイメージでお洋服出来たら真っ先にあげるからね! 一番近い支店は天乃丘の近くの支店で間違ってない?』
『たぶん、そうだと思います。って支店だす程なんですね。凄いなあ』
『まあねえ。今度シェルシェリスともコラボするからガチャ引いてね!!』
『おおー! って、学生にガチャ引かせようとしないでください!』
『出来上がったお洋服着て写真撮らせてくれるなら、モデル料支払うけど諭吉さん五人くらい』
『なんだって……!』
凄い。魅力的だ。写真撮られるだけで五万円……。怪しい商売じゃ無いのは分かってるし、ちょっと考えてもいいかもしれない。
でもそれはもっと生活が落ち着いてからかな。
『モデルも考えておいて。それじゃ、結姫ちゃん見れたし私は仕事に戻るよー』
最後の方はギルドチャットだ。
何というか、酔っ払ってない沙雪さんを見るのは珍しかった。
あ、桜華ちゃんの事伝えるの忘れてた。まあいっか。伝えるのはいつでも出来るし。
『そういやさー、今日近くですっごい可愛い女の子二人組見たんだぜー』
マスターが何か言ってる。
まさかボク達? いや、違うよね。だって住んでるところも違うだろうし、たまたまだよね。
そのまま話の流れを追いつつ。眠気がやってきた辺りで、シェルシェリスを落としてベッドに潜り込んだ。目を瞑るとそのまま眠りに落ちたのだった。
明日は入学式。大丈夫、人は思ったより自分を見ていない。
そう思い込もう!
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