制服を買ったらおまけがついてきた

 日差しのある中の外。

 玄関から見えている外の世界。


 ボクは、最初の一歩目が踏み出せなかった。


「燈佳くん、大丈夫?」

「ごめん……、足が竦んで……」

「怖い?」

「怖い……。人にどう見られるのか、想像しただけで怖い」


 人の目が怖い。

 誰かに不躾に見られるのがとても怖い。

 中学二年の時、とある事が理由でボクは重度の視線恐怖症になった。

 色々と細分化されているけれど、その殆どに当てはまっているから全部ひっくるめて、視線恐怖症だ。

 医者には行った。ちゃんとした診断をもらったし、薬も処方された。

 でも、その薬を飲みきって、改めてもらいに行くということが出来なかった。外に出ることが出来なかったのだ。


 だから、ボクは人と遭遇しにくい深夜に人に感心を持って居ない店員さんがいるコンビニに買い物にいくし、昼間やむなく外に出るときには帽子を目深に被って、背中を丸めて誰とも視線を合わせないようにしていた。

 でも、桜華ちゃんがよかれと思って用意してくれた洋服は否が応でも目立つ。

 絶対にボクに視線が集まると思う。

 自意識過剰かも知れない。

 でも、ボクは今、自分のこの姿がどこか他人としてしか感じられない。

 鏡で見た姿は、もし昔のボクならたぶん可愛いなって目で追っかけていたかも知れないから。


「そうだ……桜華ちゃん、帽子、ある?」


 できればこの洋服に合う帽子が欲しい。

 昨日被ってきた帽子は男物の野球帽だ。それを被ってもいいけれど、アンバランスさが余計目立つだろう。そんなことはしたくない。


「被れば外出られそう?」

「たぶん……」

「えっと……ちょっと待っててね」


 桜華ちゃんが家の中に戻っていった。

 悔しいな。昨日は昼間なんとか外に出て、一人で切符を買って、地図を見ながらここまで来れたのに。姿が変わるだけで精神までどうにかなっちゃうんだ。

 玄関に腰掛けて、自然と閉まった扉を見つめる。

 その扉がとても重い隔壁のように感じてしまう。


 視線恐怖症のボクが、それでも人との付き合いを求めた結果行き着いたのがオンラインゲームだった。

 キャラクターはいるけれど、それを操作している人の顔は見えない。

 頑張れば取り繕える。

 最初は外にも出られない程の重傷だったのが、少しずつ外に出ることが出来るようになった。深夜にコンビニに行けるようになったのもここ三ヶ月くらいのことだ。

 視線を感じないゲーム内で、文字だけでやりとりをする。それがボクにとって最善の治療だったみたいだ。


 放心していると、ぱたぱたと慌てて階段を降りてくる音が聞こえる。

 桜華ちゃんが戻ってきたみたいだ。


「ごめん、ね。きづかなくて。これ、夏用だけど。色が少し合わないけど我慢してね?」


 差し出されたのは真っ白なつば広の帽子だ。青のリボンが涼しさを感じさせる。

 確かに夏用だ。でも、広いつばは目深に被れば、顔をすっぽりと隠してくれるかもしれない。


「ありがとう。ね、似合う?」

「うん。似合ってるよ」

「へへ。桜華ちゃんも今日は気合い入ってるね」


 帽子を被るだけで、どうしてこうも気持ちが前向きになるんだろう。

 やっとボクは桜華ちゃんをまともに見ることが出来た。

 花柄のミニスカートに黒のレギンス。上は明るめのカットソーと合わせのカーディガン。体のラインが出る格好なのに、全然えっちな感じには見えない。


「うん、燈佳くんとデートだから気合い入れたよ」

「あはは、ありがと。でも今はボク女の子だよ」

「それでも。私は燈佳くんと二人っきりで出かけたいと思ってたから、嬉しい。じゃあ、行こう?」


 桜華ちゃんがボクの手を握って、玄関の扉を改めて開ける。

 借り物のストラップシューズのヒールがかつんと地を蹴った。

 うん、大丈夫だ。今度は大丈夫。


「大丈夫、行けるよ。時間食っちゃったね、急いで行こう」

「ん、行こう!」


 桜華ちゃんがふわりと優しい笑みを浮かべて強く言った。

 それにボクはどきりとした。普段は殆ど無表情なのに、こんなふとしたときに笑顔を見せられたらやっぱりどきどきする。

 いつもそうだ。桜華ちゃんはこうやってたまに満面の表情を作ってくるから、ボクは会う度に今日はどんな顔が見れるのかなって楽しみにしていたんだ。



 手を繋いだまま、ボク達はまずは天乃丘の制服を作るために、歩いて三十分ほどの所にある仕立てを行っている服屋さんに来た。

 人とあんまりすれ違わなかったせいもあるけれど、不思議と恐怖感は無かった。帽子と、繋いだ手の温もりがボクに安心感を与えてくれたのだろう。

 そして、お店の看板を見てびっくりする。


『GothicLatte』


 ファンシーな文字でそう書かれた看板を見て驚いた。

 沙雪さんが服のデザインをしているゴシックラテというブランド。カタカナで聞いていたから、本当は英語だったなんて予想外だ。

 いや、もしかしたら同名の別店舗かもしれない。

 でも、普通学校の制服は、個人の服屋さんが売っているはずなのに。どうして、こんなブランドの服屋さんが天乃丘の制服を卸しているんだろう?

 ボクの男子用制服は、入学者説明回の時にサイズをはかって自宅に届けてもらった物だったから、出所は分からないままだ。


「なんで、沙雪さんのお店……」

「燈佳くん、ゴシックラテのデザイナーさん知ってるの?」

「うん、一応。ボクが天乃丘進学するの決めたの沙雪さんの薦めだから……あっ、そういうことか」


 沙雪さん自身が天乃丘の制服をデザインしたのだろう。

 だから、知り合いの受験生には天乃丘系列の学校を薦めている感じかな。

 でも、違うかも。ボクが調べた限り、天乃丘系列の学校は、合格が難しいと言われているけれど、中学時代、何か問題のあった生徒の進学校としての受け皿にもなっているってどこかで見た覚えがある。

 沙雪さんにはボクの事は全部話してある。それにお店に来ることがあったら店員さんに言ってみるといい合言葉も聞いている。言うのが怖ければ文字で見せてもいいと言われていた。

 それなら、試してみるのもありかな?


「すごい! いいな、私も沙雪さんとお話ししてみたい」

「桜華ちゃんのふりふりの服ってもしかして」

「うん、ゴシックラテのばっかり。昨日燈佳くんが来てたのもだよ。可愛いよね。できれば毎日着たいけど、高いからあんまり買ってないの。それに今の私じゃ似合わないし。今日は燈佳くんのコーデに合わせて服を選んだから、別にいいの」

「そ、そうなんだ」


 服の事になると饒舌になる。桜華ちゃんもやっぱり女子なんだなって思ってしまった。


「行こう、燈佳くん」

「う、うん」


 桜華ちゃんがお店の扉を開ける。

 からんからんって鈴の音が鳴って、店員さんがいらっしゃいませと言った。

 お客さんはボク達以外いないみたい。

 それはそれでありがたかったけれど、店員さんの不躾な視線が少し痛い。

 上から下まで舐め回すように見られている。


「あの、この子に天乃丘の制服をお願いしたいのですが」

「ええと、今からでしょうか?」

「はい、明日入学式なので、できれば夕方までに仕上がってると助かります」

「畏まりました。少々サイズを計らさせて頂きますので、こちらへよろしいでしょうか?」


 店員さんがボクに視線を合わせてそう言った。

 でもゴメンナサイ、視線を逸らすので精一杯です。


「桜華ちゃん、近くで付いててくれる?」

「安心して、近くにいるから」


 カーテンで仕切られた個室は怖い。特に知らない人、服屋の店員さんなんてその筆頭だ。


「大変申し訳ございませんが、お客様、お召し物を脱いでもらってもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。えっと、全部、ですか?」

「いえ、大体の数値が分かればよいので、ケープとスカートを脱いで頂ければ」


 全部脱ぐのも恥ずかしいけど中途半端に残るのもやっぱり恥ずかしい。

 うう、いっそのことブラウスまで脱いじゃおうかな……。恥は掻き捨てだ!


「あの、ボク、この後下着も買いに行くので、ついでにす、スリーサイズも計ってください!」


 店員さんがぽかんとしている。

 あれ、もしかしてボクやっちゃった系?


「あ、申し訳ございません。そうですよね、明日入学式でしたら見えないところのお洒落も重要ですよね。すぐにすませますので、恥ずかしいようでしたら目を瞑ってお待ち頂いても大丈夫ですよ」


 くすくすと店員さんが笑う。

 誰かに笑われるなんて、少しだけ昔のことを思い出した。けど、そこに邪気はなく、本当に漏れ出た失笑だったようだ。

 キャミソールとタイツ姿になると、店員さんがするするとボクにメジャーを巻いていく。

 胸付近に二カ所、ウエストにお尻、それに、腕周りなんかも計られた。

 沙雪さんに聞いたことがあったけれど、服を仕立てるのに必要な数値って本当にたくさんあるんだなあ。

 採寸が終わり、服を着直して、店員さんが控えたメモのうち、最初に計ったスリーサイズに値する数字の控えをもらう。


「あ、あの。もう一ついいですか? このお店に来たら言ってみてと言われた合言葉みたいなのがあるんですが……」

「はあ、なんでしょう?」

「えっと、これ、ちょっと恥ずかしいな……。ぷ、プリンセス結姫がここに降臨しました!」

「っ! あ、お客様少々お待ちください、上に確認の連絡を取って参ります。店内をご覧になってお待ち頂ければ幸いです」


 慌てて、店員さんがバックヤードに消えていった。

 あれ、なんか間違ったかな。沙雪さんとのやりとりを確認して、間違っていないこと確かめる。


「どうしたの?」

「えっと、沙雪さんに教えてもらった合言葉を言ったら慌てて裏に言っちゃった」

「うわあ、いいなあ」

「桜華ちゃんもシェルシェリスやる? 沙雪さんいつも酔っ払ってるけど」

「私はゲーム苦手だから、いいよ。今度燈佳くんがやってるの見せてもらう」

「それはちょっと恥ずかしいなあ」


 そんなことを言い合いながら、店内を物色。

 女性向けブランドだと聞いて構えていたけれど、男性向けの商品も売っているみたいだ。

 まあでも、今のボクに似合う物は無かったんだけどね。

 いくつか小物のアクセサリーを見繕っていると、店員さんが戻ってきた。


「あ、あのユウキ様、デザイナー直々に写真をお願いされたのですが、三枚ほどよろしいでしょうか?」

「ゆうき? 燈佳じゃなくて?」


 桜華ちゃんが首を傾げている。


「ボクのゲームのキャラクターの名前だよ。結うに姫って書いて結姫」

「そうなの。所謂ハンドルネームかな」

「そんな感じで間違ってないよ。あ、写真だけど大丈夫です」


 ボクは店員さんに応えて、バックヤードに通された。

 初めて見るお店の裏側は、端的に言うと段ボール箱が一杯だった。

 その一角に、壁が白くライト燦々と降り注いでいる場所があった。


「あそこにお立ちになってください」

「はい」


 言われたとおりに、白壁の所にボクは立った。

 そこから三枚。正面、横向き、背面。ついでに身長まで測られた。144.7cmだった。悲しい……。



 慌ただしく、用事を済ませ、お店を出るともうお昼を少し回っていた。

 ちょっとお腹が空いてきたなあ。

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