魅惑のランジェリーショップ

 お昼ご飯をどうしようかと二人で相談した結果、ファーストフードになった。

 ジャンクフードなんて久しぶりだ。ラーメンとかうどんでさえも、麺から作るボクに取って、出来合いの物を食べるのは本当に久しぶり。

 ゴシックラテのお店からさらに歩いて二十分の所にあるショッピングモールにやってきた。

 途中沙雪さんから、


『ぐっじょぶ、結姫ちゃん。可愛いお洋服作ってあげるから待っててねぐふふ。インスピレーション沸いてきた-!!』


 なるハイテンションの連絡が入ってきて、困惑した。

 そっか、外見は可愛いんだった。

 あ……一番やっちゃいけないことやってしまった。

 たぶん沙雪さんは大人の人だから大丈夫だけど、リアルの容姿が知られてしまうのはマズかったかも……。

 まあ、やってしまったのは仕方ないし、諦めよう。


「久々にハンバーガー食べたけど、これはこれで美味しいね」

「私にとっては慣れ親しんだ味」

「そうなの?」

「うん、だって、パパもママも帰ってくるの遅いし。今じゃ海外だし」

「あ、そうだったね」


 そう、ボクがこの家に居候できるのも桜華ちゃんの両親が揃って海外に出張になったからだ。

 元々、ボク達が生まれたときに、お互いの両親達が高校生になったら自由にさせようと決めていたみたいで、進学するなり就職するなりしたら、家から追い出すか、自分たちが家から出て行くかと決めていたみたい。


「燈佳くん、大丈夫?」

「な、なにが?」


 唐突に桜華ちゃんがボクの状態を聞いてくる。

 言いたいことは分かる。ショッピングモールのフードコート。特に今はお昼時。人が一杯いて、そこに帽子を頑なに脱がない可愛い女の子と、綺麗な女の子が向かい合ってご飯食べている。

 不躾な視線が注がれている。ねっとりとしていて、それで舐め回すようにみられている。

 視線だけで人を不愉快にさせる事はやっぱり可能なんだと思い知らされた。

 正直今すぐにでも逃げ出したいし、食欲も無くなってきた。


「ん、でよっか。早く予定済ませて家に帰ろう。無理はいけないもん」

「あ、ありがと」

「私も気分良くないから。不躾にじろじろ見られるのはやっぱりいや」

「だよね。ボクもこうなって視線を感じるのは初めて。女の子って一杯見られるんだね」

「たぶん大半が同姓だけど、気持ち悪い視線は男性だと思う。ねっとりしてるの。胸とかお尻とか見てるのは大体男性」

「あ……うん、やっぱりそうなんだ」


 帽子や服装を見られてるなあって感じるのと同時にやっぱり、胸元を見られる視線を感じることが多々あった。

 いや正直、ボクのちっぱいなんて見ても何も面白く無いと思うんだけど、世の中にはちっぱい好きもいるわけで。そんなことをマスターが言っていた覚えがある。正直ボクはそういう方面は、まだ興味を惹かれない所もあって、聞き流していたけれど。

 それこそ、ロリコンさんもいっぱいいるんだから、やっぱり外の世界は怖いのには違いない。

 桜華ちゃんがいてくれるからだろうか、それとも帽子のおかげなのだろうか、最初の一歩目ほど怖いと思っていない自分がいる事に気付いた。

 そういえば、ゴシックラテでも前みたいに受け答えが出来ていた気がする。

 怖いことには違いないのだけど、度合いが全然違うというか。背中に嫌な汗もかいてないし。


「そうだよ。でも、そんな人達を撃退出来るのがここ」


 ああ、ボクも撃退されそうです。

 桜華ちゃんと手を繋いで話ながら来たのは、ランジェリーショップ。

 魅惑のピンク色空間でした。


「これから、燈佳くんは私の妹って設定で。高校生にもなるのにブラをつけないのってあまりいないから、変に見られるより、お姉さんと一緒に初めてブラを買いに来たってことにした方がいいよね」


 言いたいことは分かる。

 身長差とか考えればボクは明らかに小学生に見えるし、桜華ちゃんは中学生にちゃんと見える。

 でもそれとこれとは別の話なんだ。

 ボクは、今非常にこの目の前に広がるピンクな空間から目を背けたい。

 マネキンが着けている下着が眩しすぎて直視できない。

 なにかいけないことをしている気分になっていて、顔が熱く火照ってきた。


「ごめん、桜華ちゃん……。ボクちょっときつい。ここ、アウェーだ」

「我慢して。アウェーでも選手達はしっかり戦うんだから」


 そうだけど、そうなんだけど!!

 考えてみてよ。一年半引きこもりをしていたボクが、急に男から女になって、今日は日中から外に出て、服屋さんに行って、ご飯を食べて、あげくにランジェリーショップに御入店。

 なんなの? いくらボクでもキャパシティオーバーするよ!?

 それに、最初の一歩目で躓いて思いっきし精神力すり減らしちゃったし!!


「大丈夫、怖いのは最初だけ」

「うう、ボクも一応準備してきたけどさ……」

「準備?」

「うん、制服のサイズ測ったときに、スリーサイズだけ別に教えてもらった」

「見せてもらってもいい?」

「いいけど」


 ポーチに入っているメモ用紙を桜華ちゃんに渡す。

 そこに書いてあるのは、BT73、BU66、W55、H76という数字だけだ。


「ん、AAね。えっと、それじゃあ、すみませーん」


 桜華ちゃんが有無を言わさない力で持ってボクをランジェリーショップに連れこむ。


「妹のブラを買いに来たんですが、65のAAサイズってありますか?」


 あのメモでボクに必要なブラのサイズが分かるだと……。

 流石女の子なんだなあ。あの数字の意味なんて、全然分からないよ。


「まあ、可愛らしいお嬢さんですこと。今年おいくつに?」

「今年から中一です。すみません、この子人見知りが激しくて」


 ううむ、桜華ちゃんの背中に隠れたのはボクなりにファインプレー。

 だって、いきなりボクと目を合わせようとして来たんだもん。

 でも、女の子ってこんなに平然と嘘を吐ける物なんだ。

 嘘も方便っていうけど、ちょっと怖いなあ……。


「サイズは計って来てるので、案内だけしていただければ」

「ええ、はい。こちらになります」

「ありがとうございます。それじゃいこっか」


 ぐぬぬ。握られた手に込められた力が尋常じゃないし、その微笑みの裏に隠された悦楽をボクが見抜けないと思ったか。

 何年、桜華ちゃんの無表情の中から表情を読み取ってきたと思ってるんだ。

 この顔は絶対楽しんでいる顔だ。

 どんなのがいいか、どんな辱めをボクに受けさせようか考えている変態の顔だ。野獣だ。肉食獣桜華ちゃんだ。


 でも、あらがえませんでした。

 抵抗したら帽子を取るぞと言わんばかりの、様子で、ボクの頭の上に手を置かれたから。

 ぼくはこくりと頷くことしか出来ずに、すごすごと煌びやかなランジェリーショップの中にドナドナされていくのです。


 ああ、無情。


 店員さんに案内されて、コーナーに来たのはいいけれど……。

 どこもかしこも女性客ばかり。

 そうだね、確かに女の園だね。でもまあ、視線がボクに集まらないのはいいことかな。

 みんな自分の事で一杯みたいだし。


「ん、どれがいい?」

「どれがいいといわれても……」


 一杯あるなあ……。

 所狭しとディスプレイされた下着。色とりどりで、どれもこれも形は似たような物ばかりだけど、やっぱり全部違うってはっきり分かる。

 決めきれないというか、目移りするというか、そもそも直視したくない現実があるというか。

 あ、なんかこれネットで噂になってたやつだ。貧乳用のとても可愛いブラだっけ。


「それ、気に入ったの?」

「え、あ、いや、その。ネットで話題になってたなあって思って」

「可愛いよね、そのセット。燈佳くん何色が好き?」

「えっと、水色かな」

「じゃあ、これね」


 好きな色を聞かれたと思ったら、下着のセットが一つボクの手の中にありましたとさ。

 確かに目に止まりはしたけれどそもそも買おうとはあんまり思ってなかったんだけど。


「いくつか選んだら、試着しようね。合わなかったときが大変だから」

「えっと、お店の物を直接肌につけていいのかな……」

「うん。そこはもう割り切るしかないよ。ショーツは大体で合わせるしかないけど、ブラは付け方が変わってくるからね」


 そう言う物なのか。女の子歴の長い桜華ちゃんがいうんだからきっと間違いじゃないのだろう。ボクは信じることにした。

 それからいくつか下着を見繕った。

 主に派手さの無いものを中心に。後はボクが目にとまったのをすかさず桜華ちゃんが手にとって渡してきたのとか。

 そして、試着室に押し込まれる。


「お嬢様は、初めてということでしたので、私が担当させていただきます」


 桜華ちゃんは側にいてくれるけど、ボクを千尋の谷に突き落とすことを選んだようです。

 目の前に鎮座する大きな鏡。そこにいつの間に剥かれていた上半身裸のボクの姿がある。

 最後の砦のキャミソールまでいつの間に取られた!?


「では、一般的なこちらですが」

「ご、ごめんなさい、目瞑っててもいいですか……」


 帽子も無く、一面には大きな鏡。これ以上この状態で凝視を続ければ明らかに発作が出るのは分かっていた。

 事前予防で意見を言うのは悪くないはずだ。


「大丈夫ですが、どうされましたか?」

「ボク、鏡があまり得意じゃ無くて、怖くて……」

「分かりました、では鏡に背を向けても大丈夫ですよ」


 ああ、目を瞑ってはいけないのですね。見て覚えろって事ですね……。

 現実は厳しかった。

 店員さんがブラを持って、ボクの背後に回る。

 長い髪の毛はいつの間にか、纏められていた。考え事している間に気付かないうちにされるなんて。この店員さんできる……!


 肩紐を通され、背中のホックを留められる。

 思ったよりぶかぶかだ。体に合っていないような感じがする。

 これだけならボクにも出来そう。


「ここから、胸周りの肉を集めます」


 なんか不穏な言葉聞こえた。

 にくをあつめる……? 生々しい表現に体が強ばる。


「えっと……?」


 考えるより感じろ。まさにその言葉がぴったりだった。

 胸の周りの贅肉とかそういった物の一切をブラの中に押し込める。

 正確には前面に寄せて、寄せて盛り上げる感じ。

 一連の事が終わったときには、小さいながらも立派なおっぱいが出来上がっていた。

 あの多少の膨らみしか感じられなかったのからは信じられない躍進だ。

 ちょっと感動。


「わあ……」

「どうでしょうか?」

「凄い」

「ふふっ。詰め物をされればもう少し盛れますが、それはお嬢様にはまだ早いでしょう」

「ええと、はい……」


 詰め物……ああ、パッドか。そういうのを漫画で見た事あるけれど、やっぱりパッドで盛り上げるのも一つの手法なんだ。

 女の子って大変だ。良く見せるためには色々しないといけないなんて


「他の物も合わせてみましょうか。合わないときは大変ですからね」

「あ、はい」


 店員さんに見られているというのに不思議と嫌な気はしなかった。

 商売だから、そこに籠る視線になんの感情も無かったからだろうと思っておくことにする。


「あ、外す前に少しだけ鏡見てみます。長時間見なければ大丈夫だから」

「ええ、畏まりました」


 ゆっくりと後ろ振り返って、胸元を見る。

 見下ろしただけでも分かったけれど、なんか、胸の間に谷間が出来ているのは凄いなって思う。

 ブラジャーをつけることで、やっぱり自分は女の子なんだって再認識してしまって。少しは自覚が出てきたかもしれない。


「こちら、着けられて帰られますか?」

「あ、えっと、はい」

「では、タグは切りますね」


 締め付けはあるけど、不快にはならない感じで、安心感がある。

 なんか、すこし頬が緩む。悪くないなって思っている自分がいる。


 それから、手持ちを合わせて、ちゃんと合うやつ合わないやつを仕分けて、合うやつの中で似たような地味で安いセットのをいくつか。

 それに改めて、最初に試着したのを着けた。

 桜華ちゃんから無理矢理押しつけられた勝負下着的なサムシングを買ってしまった。

 しんでれらばすとがどうのうこうのっていう可愛いのと、胸元が猫な感じで開いているやつも中には合った。

 どっちもネットで話題になった例の下着である。どうして、桜華ちゃんはそう言うのを知っているんだろう? ネット関係疎そうなのに。


 お会計の値段は見なかったことにした。

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