これがボクの日常の一端
目が覚めた。
辺りはまだ暗いし、それに肌寒い。
「えっと……」
発した自分の声を聞いて、全て思い出す。
夢であって欲しかった。けど、夢じゃ無い現実だ。
しょうがない、今は受け入れよう。
「ん、時間」
いつものルーチンで考えればたぶん三時前後なはずだけど……。
パソコンデスクの上に置かれたスマホを見る。
通知が何件か入っていて見てみると、大体ゲームの呼び出しばっかりだ。
後、父さんと母さんから一件ずつ。先に母さんから来てて、それに返事をしなかったことに対する心配の通知が父さんから。
見る余裕が無かったのもあるけれど、家を追いだしたことに対する恨みもある。
もう少し返事はしないでおこう。どうせ今返事をしたって、夜中だ。迷惑に決まってる。
ついでに時間の確認をして、午前三時を少し回っている頃だというのを確認して、パソコンの電源をいれる。
今まで貯金に回していたお年玉を全部使って作ったハイエンド機。実際こんな高スペックな物を作ったところで用途がオンラインゲームと動画を見るだけって言う寂しい物だけど、デュアルモニタにしているお陰で色々と便利だ。
パソコンが立ち上がると、自動起動になっていたチャットソフトが立ち上がるが、インターネットに接続されていませんの悲しい文字が。そういえばLANは繋いでいなかった。
「……無線の子機どこだっけ」
パソコン用の小物入れを漁ってUSBタイプの子機を探し出した。とりあえず回線はテザリングでいいかな。今日はログインして挨拶するだけにしておかないと。
たぶん今普通にレア堀に行ったとしても、体が慣れてないせいで凡ミス連発しちゃうかな……。
「よし、これでいっかな」
ネットに接続されていることを確認して、ボクがよくプレイしているシェルシェリス・オンラインを起動する。
流石に回線速度が遅いから読み込みに時間が掛かるけれど、何とかログインする事は出来た。
『こんばんは』
『おはよう、結姫。今日は忙しかった?』
まず、真っ先にこの時間メインで活動しているアリアさんが返事をしてくれた。
しかし、やっぱり体が小さくなったせいもあって、キーが遠く感じる。
『お、姫さまだー。やほー、大丈夫だったかい?』
次に、ボクの所属しているギルド、フェアリーファームのマスターが反応を返して来る。
『ちょっとばた付いてて、鯖対抗戦出られなくてごめんね。リリステラの片割れとして申し訳ないよー』
『いい、大丈夫。リリィのスキルの抜け道あるから。そうじゃないとわたしが一人でずっと鯖トップにいる理由が見つけられない。とりあえず鯖対抗戦はうちの勝利。来週も特典全部うちの鯖だから、安心して』
『珍しくアリアは焦ってたけどね-?』
『うるさい。結姫にリリステラ装備渡してたの忘れてて焦っただけ。ちゃんと一人で虹発動して敵薙ぎ払ってたからいいでしょ』
よくそんな大それた芸当ができるなあ。
シェルシェリスには、種族によって得意な物が全然違う。
種族は、ローズ、ナルシス、リリィの三種類でローズは物理特化、ナルシスは魔法特化、リリィはその二つの種族のいいとこ取りをした物だけど、ステータスの上限値が低く設定されているし、高倍率の攻撃スキルは一つしか無い。
アリアさんの言っていた虹は、リリィの最強スキルだけど、発動が難しいクソスキルの代名詞だ。
リリステラ装備は、その虹の発動を簡単にしてくれるサーバーに一つしか無い装備だ。強化とかは出来ないけれど、既存の装備の能力を悉く超える性能で、リリィをメインに動かしている人達は喉から手が出るほど欲しい物である。
後、この装備、同じ装備部位に二つずつ種類がある事から、虹を簡単に発動させる為には二人は必ず人が必要だと言うことだ。
ボクのキャラ結姫は、なんとなく何でも出来るからって言う理由で始めたリリィの子で、それをメインに据えてる人があまりいないというのもあって、アリアさんと知り合う切欠になった。
マスターと知り合ったのも同じ理由で、ギルドに誘われて、そこにアリアさんが押しかけてきたという形だ。
『まあ、相変わらずアリアの強さにはびっくりしたけどさ。鯖対抗戦は、姫さまとアリアいないと話にならない所があるからね』
『正直、最終防衛ラインにわたしと結姫を二人で置く作戦は止めた方がいいと思う。いつか玉座落ちるよ』
『絵になるじゃん? お姫様とそれを護る女騎士の構図』
『まあ、確かに結姫の子は可愛いから分かるけど。でも、わたしが騎士? 狂戦士の間違いじゃ無い?』
『アリアさんのキャラも可愛いと思うけどなあ』
文字を打つのに四苦八苦。ブラインドタッチが危ういなんて、本当に大丈夫なのだろうか?
体調不良を理由に早々に落ちてしまおうか?
このままチャットの流れを追っているだけでもいいんだけど。
『大丈夫、俺は知っている。二人の中身がおっさんだって事を』
『そうね。そう思っているのが健全ね』
シェルシェリスは見た目にリソースの殆どを費やしたゲームだと巷じゃ言われている。
なぜかフランス語で探すと百合を掛け合わせたタイトルのせいも合って、女性アバターの種類が豊富だ。男性もあるにはあるが、殆どが女性向け。洋服とかのコラボも女性向けのブランドばっかりコラボしているし、さっきのリリステラ装備も女性専用だ。
だからまあ、女性アバターが多い。殆どと言っても過言じゃ無い。
マスターがおっさん云々言うのも、オンライゲームのプレイヤー層の統計から予測で言っていることだろう。
『ボク、この春から高校生だって言ったと思うんだけど』
『それは嘘かも知れないだろ!! 別にいいんだ! ゲーム内のおにゃのこが可愛ければそれで! 操作してるのがおっさんでもシコリティ高ければそれでいい!!』
『うわ、引くわ。気持ち悪い。死んでくれないかな』
マスターに対するアリアさんの突っ込みは割と鋭いというかトゲがある。
『OK分かった。ちょっと自爆アイテム取ってくるから待ってろ。デスペナ1%で許してくれるか?』
『レベルダウンまですれば許す』
『ごめん、流石にそれは許してください。また経験値500Mとか稼ぐのキツイっす。俺今92%まで経験値あるんだけど』
ここまで土下座のモーションが様になっているマスターもそうそういないだろう。
このやりとり見ていると、やっぱり今の現状が現実なんだと思い知らされるし、それと同時に心の平穏が訪れてくれる
今日一日で変わってしまいそうになったけど、やっぱりボクの日常はこちら側だ。
午前三時頃起きて、シェルシェリスにログインして経験値を稼いで、五時頃にコンビニに買い物に。そして、帰ってきたら朝ご飯を作って、ボクの分は部屋に持って行く。
朝ご飯を食べながらアリアさんやマスター達と人のいない狩場でレア掘りをする。
お昼くらいに少し眠って、また夕飯を作る時間までゲーム。たまにチャットだけで時間を潰すこともあるけど、それもまた面白い。
そして夕飯を食べたらお風呂に入ってピークタイムは寝て過ごす。
サーバー対抗戦があるときくらいかな、起きているのは。
『そうだ今からアークいくけど、姫さまどうする?』
『今日はパス。テザリングで繋いでるから回線切れたら困るでしょ』
『LANなかったの?』
『ちょっとばたついてて確認取る前に堕ちた』
『それならしょうが無い』
殆どが本当だけど、正直今日は足を引っ張ることしか出来ないと思った。
スキルのキー配置に指が届くかも怪しいし、回線の問題もある。
みんながアークに行った後にでも、ちょっと思い通りに動けるか試してみよう。
たまり場に集まってくる人達に挨拶を交わしつつ、地味に嫌みを言われたりで少し傷ついたり。
嫌みを言った人はマスターがこっぴどく責め立てた上にレベルダウンの刑に処されてたから可哀想だったけど。流石に一度レベルダウンしないと連れて行かないっていうのは酷かったかな。PTウィンドウで情報は把握できちゃうし、嘘は吐けないんだよね。
みんながアークに行って、たまり場に一人ぽつんと座っている自分のキャラを見る。
シェルシェリスの特徴は女の子が多い。ボクのキャラも例に漏れず女の子だ。下調べの段階で男の子不遇と書いてあったから一も二も無く女の子を選んだ。
明るい茶髪にちょっと癖の入ったボブっぽい髪型。目はぱっちりしてて色は青と緑の中間みたいな色。
装備は今リリステラの装備をしているから、ファンタジーのお姫様みたいな格好だけれど、普段はもっとラフな感じだ。実用装備に見た目装備の見た目を上書きできるというのがシェルシェリルの特徴でもある。もっぱら条件がちょっと厳しくて準エンドコンテンツになってるんだけど。一応ボクもいくつか見た目重視の実用装備を持ってはいる。
「ちょっと、試してみようかな」
チャット機能をオフにすれば、Fキーじゃなくて通常のキーでスキルショートカットを三段フルに使える。
一段12スロット。それが全部埋まっているわけでは無いけれど、プレイヤースキルを問われる段階で、多様なスキルを使える事が条件のうちに入っている。
見た目だけでも遊べるけれど、結構戦闘面でもシビアな事が要求される。
このスキルだけ使っていればOKなんてことは滅多に無い。見た目全振りのくせに割とゲームバランスはシビアなのだ。
流石にリリィの最終スキル、終ノ型・虹は使えないけれど、普段一人で遊ぶ程度の動きのトレースくらいは出来る。
まずは一通りいつもの指の配置で、キーを押してみる。
やっぱり少し遠い。今自分の指がどこにあるのかたまに分からなくなるときがある。
「……これはちょっと修正がきついかも?」
左手だけで6YHのラインまで届いていたのに、届かなくなってる。
あると便利なスキルはそこまでに纏めていたから、いくつか削ってしまわないと。
優先度の低い物を6YHのラインに移動して、より優先度の高い物を4RFのラインまでに纏めてしまう。
ふと、キーに置かれた華奢な指に目が行った。
綺麗な手だなって。節くれだっていない小さな手、それに綺麗な艶のある長い爪。
いつだったか、アリアさんが言っていた気がする。爪の綺麗な子の手を見るのが好きだって。その時はいまいち意味が分かっていなかったけど、今ならちょっと分かる。
ある程度の設定を終えてちょっとだけ弱いところでの狩場で試運転をして、なんとか動けるようになったことを確認してたまり場に戻ると、アークに行っていた人達が戻ってきていた。
そして、暫く雑談しているといつの間にか、六時になっていた。
『そろそろ同居人に朝ご飯作ってくるね』
『おう、いってら。そうか姫さま、親の友人の家に居候になるんだったな』
『うん。まあ、ボクも顔見知りの子だから幾分か楽だし』
『顔見知りの子、ねー。襲っちゃダメだよ?』
アリアさんが茶化した事を言ってくれる。やっぱりアリアさんにもボクは男だと思われてるみたいだ。それにちょっとした表現で同居人が女の子だと見抜いたと見える。
『いや、たぶんボクが襲われる側だから』
『ほう……それはそれは。くそう! 俺も可愛い女の子とルームシェアしてぇ!』
『うわあ……』
アリアさんがマスターから物理的に距離を取る。どん引きしているようだ。
肉食獣桜華ちゃんの事を思い出すと思わず苦笑が漏れた。
いつ起きてくるか分からないから、朝ご飯は冷めても美味しい奴にしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます