なってしまったものは仕方がない

 黒猫さんから説明を受けた。

 しかし、何を言っているのかが全くもって分からなかった。


「うーん、じゃあ、とうかに説明するねー。えっとねー、おうかが願い事を込めた魔法を使って、願いを叶えようとしたときに、とうかが割り込んで来て-、こうなったのー」


 こんなことを言われて分かれという方が無理である。

 説明下手もいい所だ。


「にゃ! にゃはっ! や、やめっ、にゃははは! くすぐらにゃいで!!」

「説明を求めてるんだけど……」


 ボクは膝の上でゴロゴロしている黒猫さんのお腹を弄る。ほんのりと暖かい猫の体温と柔らかな毛並みのお陰でいくら弄っていても飽きない。

 とりあえずおしおきである。


「私がことのあらましを説明するね」


 桜華ちゃんが移動してきて、ボクの横に座る。

 近い……。緊張と恐怖で心拍数が上がる。呼吸が荒れて来る。


「あ、ごめん……。近かったね、えっとこれ見て」


 ボクから少し離れて、桜華ちゃんはスマホを見せてくる。

 ああ、やっぱり、桜華ちゃんはボクの事、知ってるんだ。


「えっと……これ……」


 スマホの画面に映っていたのは、昼間にも見た画面。

 眉唾物だと断じて、さっさと閉じてしまったけれど、まさか実行に移す人がいるなんて思いもしなかった。


「最近流行ってるみたいなの。中学の友達から回って来たんだけど、わ、私……変わりたいって思ってて」


 混じる嗚咽にボクはどうすれば良いのか考えた。

 安易な慰めはいけないはず……。


「にゃあ……死ぬかと思ったあ!」

「……まだ足らない?」

「もういいにゃ!! 桜華、助けて!!」


 ぴょんと、ボクの膝の上から飛び降りて、桜華ちゃんの元へと移動した黒猫さんは、綺麗に座り直して、


「もうっ! みゃーだって、ちゃんと説明できるんだからね! 耳の穴かっぽじって血流しながら聞くといいんだよ!!」


 血を流したらそれは最早スプラッタだよ……。

 なんというか、深刻な事態なのに、気が抜けるというか。

 説明する気があるのかなあ。


「えっとねえー……」


 頭が痛くなるほど要領を得ない説明の中から、かいつまんで要素を取り出すと、つまりこういうことらしい。

 ネット上に存在するおまじないというのは、黒猫さんが生きていくために必要な魔力を摂取するための物であり、協力の対価として願いを叶えるということだ。

 アフターケアも充実しており、一年間の間は、黒猫さんが使える能力を三つまで自由に使える。そこに代償は介在し得ない。


 なぜボクが女の子になってしまったのかまでは説明してくれなかったけれど大凡そう言うことらしい。

 意味が分からない。


 ただし、使う三回の能力行使権は心の奥底から願った願い事で無いと、世界が認めてくれないらしい。

 お金持ちになりたいって心の底から願っていれば近いうちにそのような出来事が起こるし、友達が欲しいと願えばそう言うイベントが起きるし。

 死者が生き返ってりとか、憎い人に死を与えるとか等の、この世の理を逸脱しない程度には何でもできるらしい。

 例えば致命傷を一瞬で治したり、一時的にでも元の性別に戻れたり。そう言うことはできるらしい。多分、生命を操作することがタブーなのかなって、話を聞いていて思った。


「……黒猫さんの話、分かり難すぎ」

「ごめんにゃあ……。みゃー、説明苦手なのー」

「うん、それは最初の一言で分かったけど……」


 しょぼくれる黒猫さんが可愛くて、喉を撫でてあげた。ただ、それをじいっと見てる桜華ちゃんの視線が怖かったけれど……。

 壊滅的に説明下手な黒猫さんの言いたいことを汲み取ること、それ自体はなんの問題も無い。

 ボクはずっと桜華ちゃんと遊ぶときはそんな感じだったからだ。

 口数の少ない桜華ちゃんの言い分を汲み取って、最適な事を選ぶ。失敗することもあるけれど、それはそれで次の糧。

 小学校卒業する頃には、気兼ねなく話せる仲になってはいたけれども、桜華ちゃんの過剰なスキンシップに翻弄されるようになってしまっていた。


「えっと、それで、ボクはいつ戻れるの? もしかして願い事三つ叶えないと戻れないとか、そう言うことじゃ無いよね……?」

「ご明察! いやあ、燈佳は賢くて助かるにゃあ」

「え、それ本当に……?」


 てっきり二、三日もすれば勝手に戻るとばかり思っていた。

 だから、この状況を受け入れようと。最悪入学式は休んでしまえば良いし。

 それで目立つのは致し方ないけど、以降影を薄くすればいいって。


「燈佳くん……?」


 心配そうに桜華ちゃんがボクの顔を覗き込んでくる。


「ご、ごめん、何でも無い。顔、見ないで」


 落ち着け。落ち着いて心を静めて。

 今ある現実を受け入れろ。言ってたじゃ無いか、一時的になら戻れるって。


「ちなみに三つとも願い事を叶えてしまったら、その姿で固定にゃー」

「……じゃあ、三つ目の願い事で、元の姿に戻してって場合は元に戻れるんだね?」

「正確には、今ここで交わされた変わりたいって願いのキャンセルに使って貰うにゃ。勿論一回目や二回目では受け付けないよ? そうじゃないとみゃーと世界の契約が反故にされて、ボク自身が消えちゃうから。だから願い事のキャンセルは三つ目にしてね」


 納得はできないけど理解はした。

 なら……!


「じゃあ、一つ目、今すぐボクを元に戻して」

「んー? 本当にそう思ってる? ビビってこないにゃー。ただ焦燥から来る願いに思いは籠もらない物にゃ!」


 なんで、確かに咄嗟の思いつきだったけれど。どうして見抜かれるんだ。


「まあ、今回は特殊なケースだし。桜華と燈佳、どちらかの意識が混濁していたり、どちらかが願う事を放棄しない限り、二人とも同じ願いを込めないと認証されないんだよねー」

「それを早く言って」

「でも、桜華。きみの願いはこれで叶うんじゃないのかにゃ?」

「……そうだけど……そうじゃ、ない」

「でも、少なからず嬉しい気持ちはあるにゃ」


 どういうことだろうか。ボクは桜華ちゃんを見るが、真意は測りかねない。


「じゃあ、ボクは暫くは元に戻れないんだね」

「そうにゃ」


 簡単に言ってくれる。

 でもまあ、にっちもさっちも行かないわけじゃないし、いずれ必ず戻れるときが来るならそれはそれでいいかな。

 でも、心から思った事しか受け付けないってのはちょっと難しいなあ……。


「それだけ分かればいいや。すぐには戻れそうにないし、諦めて暫くこのまま過ごすよ」

「それ、いいかも。ね、燈佳くん。明日さ、急だけど買い物に行こう?」


 桜華ちゃんが嬉しそうだ。

 一年半の引き籠もり期間、お見舞いに来てくれていたのに顔を出せなかった罪悪感がある。

 その負い目もあって、断りづらい。けれど……、


「あんまり、外には出たく無いんだけど……」


 外は嫌いだ。人の視線に晒されるから。


「ダメ。明後日から学校だからさ、制服とか普段着とかパジャマとか、化粧品とか揃えないと。お金は大丈夫、パパとママから燈佳くん用に必要な物があったら買い揃えていいって結構な額預かってる。後私の今までの貯めたお小遣いの貯金十年分くらいあるから、それも使っていいから」


 言いたいことはわかるし、理解もしているけれど、いきなり揃えないといけないものが多すぎない?

 それにお金の心配とかいうレベルじゃない。ボクの心情的な面だ。制服の仕立て直しをするだけでいくらお金が掛かると思っているんだろう。安い値段ではない。


「お金は大事だよ……無駄使いしないようにしないと」

「大丈夫。よく分からないけど、使えば使っただけ経費にするとか言ってたから……」


 桜華ちゃんの両親の仕事って一体何なんだろう。わけが分からない。自営業、なのかな……。

 それにこれ、絶対体の言い玩具だと思ってる。

 昔から桜華ちゃんはぬいぐるみとかお人形さんとか好きだったから……。女の子女の子した女の子だったのを思い出してしまった。

 今のボクの姿がどうなってるのかは分からない。

 けれど、少し怖いくらいに興奮している様を見ると、なんとなく桜華ちゃんの好みに合っているのかも知れない。

 少し嬉しい気持ちはあるでしょという言葉にも引っかかりを感じるし。


「あ、えっと……。桜華ちゃん、いい玩具が出来たとか思ってない?」

「だって、こんなに可愛いんだもん。私が着れないようなタイプの服着て欲しい」


 格好に拘る気はさらさら無かったけど、これから着せ替え人形にされるのは覚悟しないといけないかな……。

 嫌だなあ……。玩具は嫌だなあ……。

 それに可愛いって、あんまり信じられないんだけど。


「ねえ、桜華ちゃん、ボク女の子になったんだよ? 気持ち悪いとか思わないの?」

「それは……いろんな意味でショックだけど……燈佳くんが受け入れてるから、見習おうと思って」

「だからといって、欲望を表に出すのは……。ホント、桜華ちゃんは物静かなのに自分の我を通すよね」


 昔を思い出して苦笑が漏れた。

 手を引くのはボクの役割だったけれど、ワガママを言うのは桜華ちゃんの役割だ。

 それで何度も困らされた覚えがある。


「それに可愛いって言うけど、どうせ、お世辞だよね」

「ん、論より証拠、後で鏡を見てきて?」

「分かったよ。だからボクをじろじろ見ないで。泣きそう」

「あ、ごめん」


 ずいずいと距離を詰められて、涙目でした。距離が近いし、桜華ちゃんはずっとボクをガン見してるし。怖いし泣きたいし。ちょっと死にたい……。

 離れてくれて助かった。背中には未だに嫌な汗がだらだらと流れてシャツを湿らせてるけど、とりあえずの危機は脱した。

 このままいけば、初日に無様を晒すハメになってしまうところだった。リバースとか。気絶とか、他諸々。ホント醜態の醜態を晒すハメに……。


「にゃー。次の予定は決まったかにゃ? それじゃあみゃーはやることがあるからそろそろ帰るにゃー」

「帰るって……?」

「みゃーだって帰るお家くらいあるにゃ!!」

「そうなんだ……」


 喋る猫にもちゃんと帰る家があるんだ。それはちょっと羨ましいな……。

 ボクの帰る家は追い出されてなくなってしまった。


 なんか、よく分からないまま、女の子になっちゃったけど、これからどうなるんだろうって言う心配は沸き上がってこない。

 なるようにしかならないし、戻ることが出来る手段もある。とてつもなく時間がかかりそうだけれど、願い事を二つ叶えて、最後の願いでそれを取り消せば良いだけなんだもん。


 でも、桜華ちゃんが言うように本当に可愛くなってるんだったら、嫌だなあ……。

 可愛いというのはそれだけで人の目を惹く事になってしまうし。ボクは人の目が怖い。誰かに見られてるって分かっただけで、足が竦んじゃう。

 これ、できれば一年半の引き籠もり期間で直したかったな……。


 とりあえず、ボクはまだこれから起こる危機を知らなかったのだ。

 漠然と嫌だなとか、人の目が怖いなとか。

 本当に怖いのは同居人だったなんて、誰が予想するかなー……。

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