第三十話 心の内

 生まれたのは俗にいえばちょっと歴史のあるだけの貴族の家でした。

 元々平民であったお祖父様じいさまが魔法使いとして冒険者となり、一攫千金を見事果たしたまではまれにではあるが、しかし、ないことはない話でした。しかし、その中でもお祖父様は探索するにあたっての道具として魔法を使っていたのではなく、魔法の魅力に魅せられた末に探索などをしていたということらしかった。結果、お祖父様はその財宝を使い、更に魔法の研究に没頭したのでした。

 数十年の研究の末にお祖父様の魔法研究は国を上げてのものになり、そして、多くの功績を残しました。現国王の父上に当たる方によってそれを認められたお祖父様は、褒賞として貴族の地位を頂きました。本人はそんなつもりは無く辞退しようとしていましたが、当時のお祖父様の冒険仲間であったお祖母様ばあさまに勧められ、しぶしぶになったとききます。

 そして更に数年、お祖父様の研究は国に引き継がれ、お祖父様は最後の1年をお祖母様と共に過ごし、何の偶然なのか、ほぼ同じタイミングで息を引き取ったそうです。


 その後、家を継いだ父親も魔法研究の一任者として国に務め、今のお母様と子供と一緒に生活しています。

 その上で私、ツィリア=ランテは今の生活がとても苦しいものだ、と感じています。その理由は単純で、血筋の問題とその期待でした。


 ランテ家の子供は二人おり、私と兄がいます。しかし、私は本当の子供ではなく養子です。魔法研究で過去に多くの功績を残しているランテ家が養子を引き取った理由は単純で、一方でとても残酷なものでした。



 兄は魔法を使う才覚が全く無かったのです。



 魔法を使うには魔力、集中力など努力でどうにかなるものもあれば、才能で左右されてしまうものもあるため、頑張ってもどこかで限界が生じてしまうのです。その点、兄は集中力に関してはずば抜けて能力がありました。論理能力も高く、学園での筆記成績は常にトップでした。

 しかし、魔法に関しては真逆で常にワースト。生活魔法として親しまれる【イグニッション】すら1日に3回ほどしか使えないほどです。そのため、魔法関連の兄の安定した成績は夢のまた夢であったのです。

 兄は自分の魔力のなさを嘆き、魔法研究から手を引くことを両親に宣言しました。その代わり別の方法での研究を、と言い残し、兄は家を出たそうです。


 そして、両親は当時8歳だった孤児院の私を引き取りました。孤児院の中で最も魔力量の高かったのが理由だったそうです。幸いなことに魔力に伴うように魔法の才能があった私は、両親の期待という重圧を常に背に受けて育ちました。

 兄の話はこの家に迎え入れられた日から数ヶ月、家の使用人に聞かされました。理由が理由だけに不憫だった、と彼女は言っていました。幼かった頃の私にとって、その同情はまるで別の言語のようでよくわかりませんでしたが、今となっては痛いほどわかります。

 家名が家名だったこともあり、学園の周りの目も両親と似たようなものになりました。一方で、実情を噂で聞いたものは私を嘲るように見ていましたが、結果を出す内に嘲りは嫉妬へ、嫉妬はやがて期待へと変わっていきました。増えた期待に気づきながらも、一方で全く知らないふりをする日々は鬱屈で、それを共有できる友達もいませんでした。




 そんな時現れたのは奇妙な少年でした。




 私が孤児院で引き取られた頃の年齢、生まれた本当の母を知ることはなく、しかし孤児院の大人達によって愛を知り、自由を感じていたあの時期。彼はその頃の私を思い出させるような真っ白な心を感じ、心の中で激しい苛立ちを感じていました。


 そのままでいたかった。

 自分を育ててくれた彼らと過ごしたかった。

 

 期待に抑圧された昔の自分への羨望がその頭をもたげ始め、それを慌てて抑える。

 自分の欲望を抑えろ。この5年、積み上げてきた私の努力は私を裏切らない。そして、この期待を超えて私の信じる理想を叶える。だからこそ、たかだか編入生程度で心を乱してはいけない。

 そうやって抑えつけた欲はいつもどおり静かに戻っていき、そしていつもどおりの日常に戻ることができた。

 そして、いつも通りの魔法試験を超えて。


 彼は私の努力を小さな段差で気づかなかったと言わんばかりに簡単に超えた。


 私の適正は水と風。

 よって、氷によっての魔法であり、練度は自他ともに認めるトップクラスだと自負している。同年代でもここまで制御しているのはいない。その少年も例にもれず、制御は他と大差ない。だからこそ、彼の放った火の魔法は荒々しく、漏れ出る魔力の量に頭がおかしくなりそうだった。条件反射のように出した魔法で防御はすれども、先生の魔法がなければ間違いなく倒れていた。

 間違いなく、彼の持っている魔力量は私とは比にならなかった。そして、あの魔法で使った魔力では魔力切れの兆候を一切起こさないというのだからわけがわからない。


 それまで持っていた自信を簡単にへし折られ、無残に砕けた。しかし、この5年をそんな簡単にあきらめるわけにはいかなかった。魔力の問題であれば、魔力によってその上限を増やすことのできるものが、私の知る限りひとつある。

 兄では魔力がなく、確実に無理であったが、魔力がある私なら…と向かったのは魔書館だった。長年通った学園で得られた知識とは別に、家でもさんざんその存在は聞かされていた。


 【魔法書】、精霊が創りだしたという魔法の本。お祖父様をいくつか読んだことがあり、その試練は様々だった、と記録にあった。その中には属性によって本の色が変わり、本を開くことで試練を始めるとあった。

 そして、試練を得て魔力と魔法の知識を与える。お祖父様は生きていた中で数冊しか出会えなかったと聞くが、もしかすれば本の多いここならどこかに紛れているかもしれないとふんだのだ。


 案の定、3日ほどで魔法書は見つかった。おあつらえ向きにも私の属性の可能性の高い色の本だった。試練では最悪、命を落とす可能性がある、という話を聞いたこともあったが、こんなところで諦めるわけにはいかない。

 

 そう意気込んで、私は本を開く。

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かみのはこにわっ!! 杉崎 三泥 @Sunday1

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