第二十九話 魔法書
魔書館の重厚感のある扉を抜けると、何度も来たことのある静けさと特に変わりのない館内が目に映る。とても見た感じだけでは今魔法書を開いてるとはとても思えない。
しかし、ルーテシアの予見する通りわずかながら魔書館内に広がる空気に違和感がある。魔法は基本的に発動時、魔力操作が下手であればあるほど周囲に対して魔力が漏れでてしまう。その結果、魔法発動前特有の魔力の乱れが広がってしまう。魔法試験では殆どの生徒がこの乱れを出していた。
例外としてランテさんだけは乱れが少なく、やはり彼女が最高クラスでのトップなのだと実感したのはあの時だ。
っと、思い出してる場合じゃないな。
『ルーテシア、どの方向だ?』
『マスター、それが魔法書の反応は2箇所のようで…どちらへ?』
2箇所?!さすがに急いで行って間に合うのか、それ!というかそんな同時に起こるようなもんかよ普通?
『あ〜、じゃあ近い方で頼む!』
『わかりました…ではそのまま真っすぐ行って――』
ルーテシアの案内に再び足を急がせる。図書館と同じく静かにするように、と書かれた紙が本棚の横に定期的に貼られ、視界の端から急ぐ足音を注意されてる気分になる。実際は、身体強化の恩恵なのか、足音に注意しながら走っているため紙のこすれる音より小さい。
『その階段を登って…マスター、遠い方の魔法書の反応が消えました』
『え…間に合わなかったのか?』
『いえ、これは魔法書が認めたようです』
っていうことは、わかってて開けたのか…?それともたまたまなのか?
『気になるが、もう一人の方優先で!』
『それならもうすぐそこです、そのまま走って5秒後、左に対象がいます』
『わかった、ありがとう!』
そのまま走って…左!
覗き込んだ本棚の間にいたのは…ランテさん!?
本の魔力に無理な共鳴が起こっているのか、彼女の持っている水色の綺麗な本から同色の光と共に彼女自身からも光が漏れ出ている。魔力の乱れで彼女の銀髪が不自然にゆるやかに揺れる一方で、その表情はとても険しそうに見える。
『止めるにはどうする?!』
走る足を止めずにそのままランテさんの元へ走っていく。
『彼女の持っている魔法書に触れてください、そうすれば干渉が可能です』
『とりあえず触ればいいんだな!?』
『待ってください、触れると――』
ルーテシアの説明を続ける声を聞きながら走り続けた俺は説明の途中にそのまま本に触れ、視界が水色に染まった。
1秒、1分、詳しい時間はわからないが水色の…どちらかといえば白に近いうっすらとした光に覆われてた先で目を開けると予想外の光景が広がっていた。
光の正体とは確実に違うまばゆい業火が周囲を覆っている。魔書館にいたはずであった光景は、壁や天井など最初からなかったように真っ暗に変わり、その業火の中には…
「ランテさん!」
「キミは…魔法試験の時の」
未だ、顔から止めどなく汗を流し、うっとおしそうに拭っている中で声が聞こえた方へと目を向けるランテさん。流れた汗を制服が吸っているものの、それが中途半端に蒸発し、生乾きのような状態になっている。
「大丈夫か?」
「なんとか…流石にそろそろ厳しい」
そういいながら荒い呼吸を繰り返しつつ、魔力で体を覆っている。なんとかしのいでいられたのはこういう理由か…ならひとまずこの状況をなんとかしないと。さっきからルーテシアに念話を飛ばしてるのに反応がないのは特殊な状況下だからか?とりあえず考察は後回し!
急いで魔力を練り始める。作り出すべきはかまくら…いや雪じゃない氷のドーム…焼き付けるような炎に負けない高密度の…集中ッ…今!!
体を巡らせ、加速させた魔力を拳に到達する瞬間、地面にそのまま叩きつける。流れあふれた魔力は冷気として周囲の熱気に対抗しながら急速に周囲を凍らせる。冷気はそのままドーム状となって簡易な部屋を創りだした。ブロックで作ったのをイメージしたせいか、完成時にはブロックの模様までしっかりはいっている。
「さぁ、こっちへ!」
「…っああ、助かる」
魔法試験と同じ用な状態になりかけた様だが、すぐに意識が戻ってきたのか慌ててドームの中に入る。
魔力切れすれすれだったらしく、魔力の覆いを解除したランテさんは腰を下ろした時点で完全に力が抜けきったらしい。さながら崩れ落ちたようだ。
といってもこのドームもそう保たない。周囲の熱気が強すぎるゆえにすでに溶け始めている。10分も休めれば良いほうだろう。その間にすべきことは…。
「ランテさん、あの炎は?」
「…わからない、図書館で魔法研究を見ていたら魔法書があったことまではわかったの。
「魔法書がどんなものかわかってて、か?」
「ええ、水色の装丁だから水系統なのはわかったし、自信があったのよ」
ああ…ルーテシアからは聞いてなかったが、本の色には習得する魔法の属性が反映されるのか。そしてそれは、ランテさんのおそらく氷の関連である水属性だから、と。
「どうして、魔法書を?」
質問をされたランテさんはゆっくりと右手を上げ、一点を指差す。その指が示すのは…。
「俺?」
「ええ。試験の時、あなたが打ち出した魔力は間違いなくとてつもないものだった。操作がドヘタクソで周囲に撒き散らしているくせに発動した魔法も大きなもの、なのにあなたは魔力切れの兆候なんて一切なし…自信をへし折られたわ」
けど、と続けるランテさんは疲れて地面を見つめていた視線をまっすぐ俺に向け目を見据える。
「こんなので負けを認めるほど私はヤワじゃない。魔力なら魔法書だってあるし魔力操作なら私のほうが圧倒的に上。そう考えて、ようやく魔法書を見つけて。でも、与えられた課題はよくわからない炎にあぶられ分からずじまい…」
そして今は…とランテさんは再び地面に目を向ける。彼女の言葉の先に続く言葉を最後まできくことはできなかったが、なんとなくはわかっている。
彼女の目の前で作ったこの氷のドームは以前の俺とは違い、ルーテシアのスパルタ特訓でひたすらに練習した魔力操作訓練の一貫で得たものだ。戦闘中に無理にでも詰め込んだ技術は、結果として上達をもたらした。
少なくともランテさんの方が長く生き、同年代では頭ひとつ抜けている能力の高さ。ガルド先生のような凄烈な魔法ほどではないにしても、十分にすさまじい魔法は言動からすれば努力によるものなのだろう。それを数日見ない間に超えられたのは心に来るだろう。
わかったような口振りで申し訳ないように思うが、現代では自分も似たような体験の連続だった。元々、結果として平凡なものしか出せないことを悔やんでいた身としてはやはり天才に対して対抗意識を燃やしていたものの、結局勝てずじまいのままこちらに来てしまった。そして、今では逆の立場にいる。
ここで変に言葉をかけても、彼女の自尊心を削るだけに過ぎないように思う。なら、ヤルべきはひとまずこの状況を脱するために最善を尽くさねばならない。
が、ひとつだけは言っとかなきゃいけない。
同様に腰を下ろしていた自分に発破をかけ、入り口へと足を向ける。そして出る前にランテさんに体を向ける。
「ランテさん、ひとつだけいいかな」
「…なに?」
「僕ね…未だに身体強化はまともに出来ないんだ」
「…え?」
地面に向けていた悲しげ顔が驚きまじりになってこちらに向く。唐突にそんなことを言われればそれはそうなる。だが、彼女に対してできる言葉かけはこれで合っていると、俺は思う。
「それだけ言わせてもらうね、じゃあじっとしててね!」
その表情からは驚きしか分からなかったが、少しでも彼女の心が軽くなることを祈って俺は業火の元へ走っていった。
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