居場所探し

——起きろー。そう囁かれた。

今は授業中。俺が先生を担当してから1週間ほど経った。そしてあの時からいろいろ気にしすぎて寝れずに授業中に居眠りをしていた。

「戌瀬さん、とりあえず終わったら職員室ね…」

「はーい…」

今日の担当は真冬である。

居眠りをしていたからなのか、少し悲しそうな雰囲気で注意を促していた。

これまでも当然先生の交代制は続いており、俺も居眠りをしていたことは多々ある。だが、呼び出しを受けたのは本日初。

「じゃあそれぞれ将来の夢について書いてくださーい」

今日も相変わらずの授業内容だった。こんなことで本当に社会に出ても大丈夫な人を育てるなんて可能なのか…?

しかし、将来の夢——。

マジな子どものころは正義のヒーローになりたいとか思ったりしてたけど、今じゃそんなこと思わないし書きたくもないし。ましてや将来の夢なんて言えるのか?

結局将来の夢のとこは無難にサラリーマンと書いておいた。だいたいのことはどうせ見ないだろうし、適当に流したつもりだ。

「じゃあ今日はその夢を書いた紙を前に出して終わりですので―」

授業が足早に終わっていく。

そして俺は真冬のアイコンタクトに応じてついていく…。真冬は隣で前を向いて歩くだけ…。



足が止まる。俺も歩を止める。

そこには紗季ノ代表……いや、さきのんが仁王立ちで立ちはだかって。っというよりも、ちょこんと突っ立っていた…相変わらずちっこくてかわいいなぁ。

ドスンッッ!!

横から真冬のタックル。なんだこいつ、俺の心の中でも読んでいるのか?

「おっそーいっ!!さきのんまちくたびれたよ!?」

「すみません。で、今日はどんな説教が待ち受けているんですか?」

「きょうふみちゃんをよんだのはほかでもありません!まずはこれをみてください!」

「これって……」

そこにあったのは『役員契約規約書』という紙切れ。

え、これどういう意味ですか?もしかして俺にこの謎の役員に入れと…?そんなのたまったもんじゃない。俺は今まで普通の人間として生きてきたんだ。そんなわけのわからない能力を持ったバケモノをたずさえたグループなんかに誰が入ってやるものか!

「そっかー…ふーみん入ってくれないのかー…」

「まだなんも言ってないだろ真冬。俺はまだ考え中だって!そこまでこの用紙に目を通したわけでもないんだから」

「ふーん…まぁべつに読んでないならしゃーないかな。もうちょい待ってあげるから、気分が変わったら言って?」

「お、おう」

引っかかりが若干あるけれどもまぁいい。どうせ自分なんかゲームに本気で課金していること以外取り柄の無いただのぐーたら人間なんだからさ。

「じゃあさきのんまた来ますんで」

「はーいっ、待ってるからねー」

さきのんが手を振ってくれる。俺もその手に導かれるように手を振り返す。そのさきのんの目にはなにか寂しそうな、なにかを訴えかけているような——そんななにかがある気がした。



「ねぇ、さっきホントに目を通していただけなの?なんか考え事とか、隠していたこととか本当にないって言い切れるつもりなのっ!?」

「…………」

真冬はもう無人の教室まで辿り着くと泣いて俺にぶつかった。

なんで泣くんだ?俺が目を通しただけっていう嘘をついたから?俺があの規約書に即決で同意しなかったから?なんにせよ俺にはまったく心当たりがない。もう自分を振り返られない。

「なんで黙るの…?あなたはあの場にいなければならないの。でないと、この周りが大変なことになるの………」

「なんでそんなことがわかるんだ?」

一般的な返答。これ以上の意味はない、今は平和すぎるこの世界がこれから大変なことになる…どうしてそんな未来のことが予測できるのかがわからなかった。

「未至磨…さんだよ…?このこと教えてくれたの」

彼女は声を絞り出す。

確かに彼女は不思議な人物だ。俺が俺自身のことを知っているかを聞いてきたり、これからどこに行くかも教えていないのに急に一緒に行くなんかを言ってきたり。でも、単純に不思議というだけで、さきのんのような特殊な能力を持っているような様子はない。

「ふーみん…うちの身体を触って?」

「ふぇ!?」

「むぅ…いまちょっといやらしいこと考えたでしょ。普通に手でお願いね」

実際、若干ながらに考えてはいました。だって健全な男の子ですもの。

とりあえず、言われるがまま真冬の手に俺の手を重ねる。

そして…あの感覚が、なにかが自分の中に入ってくる………




——キーンコーンカーンコーン…

チャイムがなる。でも学園のチャイムとは少し違う。

「まふゆー!明日休みでしょ、あそぼー!」

「別にいいけど、私夕方からバイトあるから少しだけになるよ?」

「そうなの?じゃあまた今度でいいや!じゃあねー!!」

この風景——前の学校の教室だ。どうやら次の日の約束をしたらしい。もちろんこのころ俺は終わったら速攻で帰るか、サボりがちだったからそこまで遊びの約束をした覚えはない。ただ、このころから仲がよかったのは事実だ。

「………」

なんで黙っているんだろう、なんで泣いているんだろう…まだわからない。

彼女は席を立ち、歩き出す。俺もついていく。

だんだんと音が大きくなっていく。耳に響いてくる…もはや音でもしゃべり声でもない、ただのノイズと化している。

帰り道。ほかの学生で口を開いているものはいない。開いていてもだいたいの話題は、ゲームの話やそのころブレイクしたタレントの話題なんか。

でも、大きく聞こえてくるノイズは人への悪口やほかの人への思いなどがほとんど…。

「学校、やめよかな…」

涙を流すことも許されない世界だった。叫ぶことも抵抗することも誰かを呼ぶことも無理だった。自分がなにもできないことが嫌だった、なにかを『見つけたかった』。


ここで現実ユメは終わった。



「うちね?そのバケモノなんだよ…?なんでも見えることは全部を背負う事、だから全部を受け入れてくれるこの場所にいるの」

全部わかった。俺がココにいる理由、自分の存在。ココがなんのための場所なのか。じゃああのグループに入るのか…?

「もうちょっとだけ待ってもらっていいか?」

「うん………」

真冬は少しうなずくと、ゆっくりと足を進める。俺も一緒に進む。


そうして自宅まで帰ってきた。真冬とは途中まで帰り道が同じだったがほとんどなにもしゃべらなかった。はぁ…なんか過去を振り返るってつらいなぁ、しかも人のって。そんなことを頭の中で考えながら家の玄関を開ける。

「ただいまー…」

「にぃにぃおかえりーっ!…ってどしたの、元気無いね?」

「まぁ、さすがにこんな時間まで出歩いてたら疲れるしな。そういうときもあるさ」

こいつは俺のただの妹だ、しかも義理。両親が結婚して苗字が同じになっただけのいわゆる連れ子だし能力なんてものはあるわけないから、裏でなにを考えてようとなんの問題もない。

ちなみに両親は相変わらずいろんなところに旅行に行って、帰ってくるのは年に1,2回だしほぼ2人暮らしと変わりはない。なので…

「ミミはもう晩飯ちゃんと食ったかー?」

なんていうことは義理ながら兄としてほっとけないのである。

「大丈夫だって!少なくともにぃにぃよりかは料理スキルは断然ステ振りしてるから!」

「うぅ……」

さすがに料理だけはミミに頼るしかないのも事実。心配するのは俺の仕事だが、身のまわりの世話や手伝いをしてくれるのはミミの仕事。ほとんどがミミだが、2人で成り立っているという面もないというわけではない。

「とりあえずにぃにぃの分も作っておいたから食べてー」

「おお!!親愛なる妹よおおぉぉ!!!!」

「ちょっ…キモイよにぃにぃ!」

ゴスッッッ!!

相変わらずの重たい蹴りだがそれがいいっっっ!腹部に伝わる圧力、小さめの足、妹ならではの女の子のにおいッッッ!!まったくもってにやにやしてしまいそうなくらいにたまらんっ!

「にぃにぃ…すごい顔がニヤニヤしてるけど…」

「そんなにニヤニヤしてたか?」

「うん」

そんなに真顔で答えないでくれ、すごく興奮するではないか。

「…ほんとになんにもないの…?」

「………」

「ま、にぃにぃが言いたくないなら無理に聞かないけどねー。無理しちゃだめだよ?」

「わかってるって」



——結局そのあとは、なにをしても会話に発展しなかった。普段の日常から察して、確実に俺の状態を勘であろうけれども読み取っていることは間違いない。

なんにせよよくわからないような異質な場所に行きたくはない。身の安全は自分の家が一番守ってくれるんだから、そんなところに行く必要なんてない……ってか行きたくないし。

とりあえず、明日さきのんに会ったらきちんと断ろう…少しかわいそうではあるけれども。

そんな感じで今日を終わりたかった。


…その夜俺は眠れずに不愉快にゲームをしていた。

雨が家を叩き付けている。

耳に響く。逃げたい。

どこへ?

どこへでもいい。

逃げるために席を立つ。


prrrrr


電話がなる。非通知…?

今の時間は深夜の2時。俺の知り合いでそんな時間に起きているやつなんていない。ましてやこの時間にかけてくるような迷惑なやつは見たことがない。

でも、その画面はもうすでに耳元に会った。

「はい…どちらさまでしょうか」

「…………」

「あの…名前は……?」

「学園まで来てください、待っていますので」

そこで通話は終了した。

名前も何も聞くことができず、どう考えても不自然すぎる電話だったが現実から逃げようとしていた自分にとっていい機会だった。そのため、なぜだか足は自宅から学園に向かっていた。



真っ暗な夜の通路…自分の足音だけが耳の奥に響く。学園が見えてくるとうちの学園の制服を着た女生徒がいた。

そして女は呟く。

「私は県 契あがた けい…これからこの学園の三年。よろしく」

「あ、はい…よろしくお願いしまs……」

「さようなら」

「……!?」

女は後ろに立っていた。その手にはそれまで手に取られていなかったナイフが握られていた。もちろんその先に移る姿は戌瀬文…俺自身だ。その時俺は殺された。なにもかもが終わったんだ始まったばかりの学園生活は一本の電話によって終了したんだ…



——意識が戻ってくる…ここは俺の家、ってか自分の部屋でゲームしてるし。

「…そっかー!そうだよな、だいたい俺がそんないきなり見ず知らずの人に殺されるわけないよなー!!ハハハ……」

あまりにもリアルな夢だったから乾いた笑いが言葉に出てしまった…。それにしても場所からやってることから同じすぎる。正夢…?そんなことあってたまるもんか…こんなのどうせただの夢に決まってるし、県なんていう女もどうせ俺が勝手に創り出した架空の人物に決まっている…そうだ、俺は疲れているんだ!疲れているからこんな変な夢を生み出してしまったんだ。

ちょうどその時電話がなる。


prrrrr


今の時間は深夜の2時…この電話は非通知。

「これは……夢?」

今度は夢じゃない。そしてその次の行動は前回ユメと同じ。

その画面は耳元にあった。

「はい…どちらさまでしょうか」

「その記憶は夢ではないですよ?」

「なにを言っているんですか?」

「私は県契です。あなたは一度私によってこの後の時間軸で殺されました。ですからおそらくあなたの考えていることは夢でも想像でもありません、現実です」

自然と俺はその現実を受け入れた。今までならすべてを否定し続けただろうが、もう信じるしか道が見えないような気がしたんだ。

「…じゃあなんで俺は生きているんですか?」

「それはあなたがこの先いるからです」

「なんにです?」

「私はESPの人です、といえばわかりますか?」

「わかりました」

「では、また明日。人は誰でも過去や未来に闇を抱えるものですよ」

この会話は何事もなく終わった。明日を迎えるために今日はもう寝よう…。



「にぃにぃー、なんか目の下にクマができてるよー?」

「あぁ……ちょっと昨日無理にゲームしすぎたみたいだから気にしなくていいぞー」

「はーい!」

昨日のことはさすがに我が妹には言えないな…なんせ意外とこいつ心配性だから一回俺が死んだとか言ったら絶対気にするだろうし。

どっちにしてもこの規約書は考えなければならない。もしかすると俺の今後にかかわる可能性がある。それに昨日の人にも少し聞きたいことがあるし…。

朝飯を食べながらミミに話を切り出す。

「ミミは俺になんか変わってほしいこととかなんかあるか…?」

「うーんとねー…とりあえずゲームもいいけど、ゲームばっかやってないでもうちょいなんかやりたいことを見つけてほしいかなー」

やっぱりなんかやりたいことを見つけないといけないか…。どうせ、ゲーム以外そこまでやることもないし、せっかくだからあのよくわかんないグループに入ってみようかな。

うん、やっぱりミミが作る飯はうまい!!重たいことを考えていてもこの飯にはやっぱり敵わないわ。嫌なこととか吹っ飛んでいく感じだ。そんな楽しい朝だ。



学校についてミミと別れたあとすぐに職員室に向かった。例の規約書の回答を示すためと、あの人について聞くため。

トントン

「どーぞー!」

ノックに応じて軽快な返事が返ってきた。

職員室の扉を開けるといつも通りのさきのんが待っていた。

「さきのん、これをお願いします」

俺は『役員契約規約書』を紗季ノ代表に手渡すと、昨日とは打って変わったような満面の笑みを浮かべて…

「ふみちゃああああん!!」

抱きついてきた…というよりかは押し倒してきた。まぁ嫌ではないのだが、俺もれっきとした健全な男子である。さすがに早くどいてもらわないと俺の理性が吹っ飛んで行ってしまいそうだ…。

「あの…」

「あ、ごめんね!痛かったよね、とりあえずこの規約書はおっけーってことでいいかな?」

「はい、そうです。これからよろしくお願いします」

「うむ!!」

「それでなんですけど、このESPについて質問なんですけど…ここのメンバーって何人くらいいるんですか?」

直球ではなく変化球。さすがにいきなり昨日の人のことを聞くことはできない。

「そだねー…まずこのグループのリーダーであるさきのんと、今日入ってくれたふみちゃん。あとはまふゆちゃんの3人だけかなー」

「え…3人なんですか?」

「なんでー?もっといるっておもった?」

「いえ、昨日このグループの名前を語った県さんという女性に会いまして…」

「あー、あの子なら少し前に卒業したよ?確かにESPにはいて変な能力の人だったけどわたしもあんま彼女とは会って話したことなかったからよくしらないだよー…」

「そうなんですか、ありがとうございます」

結局、彼女のことを知ることはできなかった。今いるさきのんでさえ知らないということは本当にただの卒業生ということなのだろうか…もしそうだったとして、昨日の夜に彼女が言った学年はなんだったんだろう。

「…………」

「ではここでふみちゃんにもんだいです!」

「は、はい!」

「このグループはなにをするところでしょうか?」

「えっと…なんなんですか?」

「正解は、みんなをよりしあわせにするためのグループです!!」

は?そんなとこなのか?もっとなんかこう…能力を生かして人を救うとかそんな感じの大掛かりなものかとばかりを思っていた。だいたい、人を幸せにするだけならほかの所でもできるだろ…なのになんでこのグループがわざわざ率先してそんなことをやらないといけないんだよ……

「なんだかふまんそうなお顔だね~」

「そらそうですよ、そんなことほかでもできるじゃないですか!!」

「そう、ただ今を幸せにするだけなら私たちじゃなくてもできる」

「じゃあ……」

「でも、今だけじゃなくて過去も未来も幸せにするのがわたしたちのおしごとなの」

過去も未来も…だから俺が必要なのか。

「じゃあ今から何をすればいいんですか?」

「基本的には今まで通り普通に学生生活を送ってくれればいいよ?あとはねー、定期的に会議みたいなのをするからそれに出席してくれれば文句はないかな」

「わかりました」

「会議で出た内容について行動したりすることもあるからよろしくねー!」

俺は職員室を出ようとする。

でもやっぱり県さんのことが頭の片隅で疼いているような気持ちの悪い感じがする。

だから俺はさきのんに振り返らずにこう言った。

「紗季ノ代表、昨日のことを話します。真実に思うかどうかはあなたの自由です」

「うん、どんとこいだよ!!」

「昨日俺が県さんに呼び出されて、その人に殺されたんです」

「殺され…た……?じゃあなんでふみちゃんはここにいるの?」

「紗季ノ代表は県さんの能力を覚えていますか?」

「いや、あの子のことは全然覚えてないよ?せいぜい名前くらいかなー…そういわれてみればメンバーだったのに能力理解がお互いになされてないっていうのはおかしいねー…」

「そうですね。これ以上は俺も言ってはいけないような気がするのでやめておきます」

「そうなの?」

「また時間がくれば話します…」

こうして職員室をあとにした。



授業中はほとんど何も頭に入ってこなかった。あの時代表に彼女についての詳細を話さなかったことは全く後悔していない。なぜだかあの話はしてはいけないような気がしたんだ…でないと俺も消される。そして今度は何も戻らない。

今日のこの授業ではなぜだか真冬は欠席だった。あいつはそこまで不真面目ってわけでもないからとりあえず体調不良かそれ以外の何かの用事か何かだろう…あいつの過去と能力を知ってしまった以上、あまり口出しすることはできない。

それにしても今日はラッキーだ。あいつの能力の特性上、へたに頭の中で考えると考えていることすべてを勘ぐられそうで怖いし…。



授業が終わった後、俺はすぐに帰宅しようとしていた。

もちろん真冬のことは心配だが、いろんな情報が頭の中を交差していって自分を圧迫してくる。

何も整理がつかないまま学園の前までくると、どうしたわけか未至磨さんが俺の方を見つめて突っ立っている。彼女もなにかと不思議な人物ではあるが、ESPの一員ではないらしい。

「屋上に連れていって」

彼女は声をかける。

なにかを知っているかのよう。誰かが待っているかのよう。

そこに俺という人物が必要であるという目をしていた。

「屋上になにかあるのか?」

「……事件を起こした人がいるから」

「事件…?」

事件なんてこの学校であった覚えなんて何一つとしてまったくない。なんて俺はその辺の情報に関してはほとんど見覚えがなく、それに学校で起こった事件なんて大したことではないことが大概だ。

「事件ってどんな?」

「詳しいことはわからない…ただ、なにか大きなものに学園全体が呑み込まれてしまうしまうような……」

呑み込まれる…?そんなことができたら今頃この学園は存在していないんじゃないのか?

「呑み込まれたあとこの学園はどうなったのかわかる?」

「…なぜかそのあとはわたしにもわからない」

わからない…?これまで何事もなく話してきたというのにここに来てわからないってどういうことなんだ?

「あなたはESP参加者なんでしょ…?だから一緒に来て」

この急な展開に俺はすんなり応じた。確かに俺は参加者だ…それを未至磨さんが知っているということに対しては何の疑問を抱こうとすらしなかった。



雨は強さを増した。

屋上前には何か異質な空気がよどんでいる…もちろん生徒のほとんどは帰宅しているところだ。

「いい…?」

俺は何も言わずにただその発言に静かに従う。

目の前の扉のきしむ音

やまない雨

何もかもが消え去ったかのような世界に独り、彼女はたたずんでいた。

少女はこうつぶやく。

は私の何を見に来たの?」

あなた…?もし片方に聞いているとしたらどっちだ…いや、答えは決まっている。

「あなたはなにが知りたいの?」

それは君がどこにいたいのか。

「あなたはなんでここに来たの?」

それは君を変えるため。

「あなたは…私のなにを知っ…てる…の……?」

………。

「じゃあ聞いてあげる、あなたはどんなバケモノなの?」

「………っ!!」

未至磨さんは聞き返す。彼女は息を止める。

「私は…」

「私はバケモノだけど、あなたとは違う」

「え………?」

「私は罪を見つけて消すためのバケモノ…あなたは…?」

「………私は罪を犯してしまった…でもそれはもう今の私では変えられない…」

少女は涙を流していた。

まだ…

「変われるよ」

思わず声を漏らす。

それは俺がそうだったから。

この学園に来ていなければ、この学園の人たちに会わなければ、声を掛けられなければなにも変われずにいた事実。

「一度の罪はどうするの…?」

過去は変えられない…だから…

「今から変えていこうよ!!」

「こんな私でも許してくれるの…?」

「許すことは出来ないよ…?でも、それは君が望んでやったことなんでしょ?」

「うん…」

「たとえそれが間違いでも、やらなければならないことだったんじゃないかな…」

「じゃあ私はどうすれば……」

どうすればいい……か…。俺もそうだった。でも、ある意味県さんのおかげで自分に気付かされたようなものだ。

でも彼女はまだ自分に気付いていない…だから今度はキッカケを作ってあげる番。

人は独りではたどり着けない場所もある…

だから…

「俺たちと一緒に…強く生きて」

夜空はもう澄んでいた。雨は少女の目に移り、バケモノの姿はそこにはなかった。




次の日、俺がESPのもとを訪れると、そこには彼女がいた。

「御機嫌よう、文さん。本日も晴天に恵まれましたわねー…」

「え…大丈夫ですか?みなさんも変なとこがあったらすぐに言っていいんですよ?」

「えー!けーちゃんはいっつもこんな感じだったよねー‼」

おかしい…どう考えてもおかしい。昨日はなんか未至磨さんみたいな感じだったのにどういうことなんだ?それになんでそんなにお嬢様風のしゃべり方なんだ…?

「何を考えていらっしゃるのですか?ふ・み・さ・ま?」

「えと…あの……」

「あんまり情報をお漏らしになるともう一度殺傷致しますわ?」

「スミマセン」

殺傷…また殺されるのかよ。この人やっぱただものじゃねえ……!!しかも、その『お漏らしになる』って…その言い回しってあってるのか?

「んで、なんでそんなに情報が漏れることが困るんだ?」

「それは私の能力を知っているあなたならわかるはず、ここではそこまで」

この人の能力。それは全体の時間・一定の範囲の人の記憶を操作するというもの……今の彼女ならそこまでの能力ではないが、おそらく…。

「………」

「どうしたんだ、真冬。そんなに俺を見つめて、なにか俺の顔になんかついてるか?」

「ううん、大丈夫。なにか手伝えることがあったら言って」

「ああ…」

会話が続かない、あの時と同じだ。彼女は何も気づいていないかのごとく振る舞っているが、そんなはずあるわけない。なにせ、俺はあの声を聞いたから。

「んじゃーさっそく!今日はせっかくけーちゃんがESPに加入してくれたわけだし、歓迎会がてらに会議といっちゃおー‼」

「歓迎会がてらにってなんなんすか…」

県さんはどうやら紗季ノ代表の手違いで卒業扱いにしてしまっていたということになっているらしい。

あれ…でもなんか一人足りないような…。

「さきのん…?メンバーで入ったのって県さんだけですか?」

「うん、そのはずだけど。誰かほかにいい人みつけちゃった?」

「はい、前に屋上に連れてきた人なんですけど。」

「あー!ゆーちゃんのことかー!!ゆーちゃんはESPのメンバーなんだけどー…」

ESPのメンバーではあるけどなんだ?

「なに?」

「うわっ…」

「そんな人を化け物みたいな目で見るなよ?」

「いや、急に出てきたものですから…」

まったくもってここにいる人たちは変な人ばかりだ、俺も含めてだけど。人の心を読むことのできる真冬、ある程度の距離までなら透視できる紗季ノ代表、記憶と時間を操作する県さん、確証は無いが未来を予測することのできる未至磨さん、そして俺。

「で、未至磨さんはESPのメンバーじゃなかったらなんなんですか?」

「それはねー…なんと!彼女はとびきゅうなのです!!」

「「え?」」

俺と県さんは思わず声を合わせてしまった。俺たちしか驚かなかったということは、そのほかのメンバーはこの事実を知っていたということか。

「それってどういうことですの?」

「私はあなたたちとは違う…16歳」

「16歳…なんですか!?てっきりもっと年寄りなのかと…」

「お前…失礼。人間に対する態度じゃない。」

「あなたこそ年上に対する態度がなっておりませんわ!」

あ、もどった。さっきまで若干素が出てたな…。なにより、昨日県さんが年下の未至磨さんに説得されていたということが彼女にとってはよっぽど悔しかったに違いない。

県さんの顔は一言で言うなら「無」である。

「ともあれみんなあつまったことだし、はやくかいぎかいぎっ!」

こうして、全員のメンバーがそろってでの歓迎会兼会議が始まった。といっても、全員揃ったから改めての挨拶。みたいな感じである。

まぁ、県さんと未至磨さんの仲はいいとも悪いとも言い切れない様子ではあったけれども、なんだかんだいって楽しい雰囲気ではあった。

一応、会議らしいこともした。今後どういったことをしていくのか、より学園の生徒を楽しく充実したものにしていくためにはなにを基準に行動していけばいいのかなどなど…。



ここ数日は騒がしいものだったが、無駄ではないと思う…

俺が死んだから彼女のことを知れた。未至磨さんに出会えたからこの5人でESPを再スタートしていくことができているんだと思う。そしてなにより…自分を変えるキッカケをくれたのはこの学園だ。

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未定の未来 たまごどーふ @egg_tofu

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