第4話

 そこは真っ白な壁に囲まれた空間だった。

 そこは個室で、窓もなく、四六時中蛍光灯がつけられており、水が出るボタンだけが取り付けられていた。朝なのか夜なのか何日経ったのかわからなくなっていた。五感を全て遮って、刺激の無い空間に一週間ほど閉じ込められると人間は発狂するらしいのだが、幸いに運ばれてくる食事と、時間を狂わせる蛍光灯の光が辛うじて私の自我を止めていた。

 拘置所内に設けられた特別隔離室のようなもので、この部屋だけが一人だった。私は床に伏せて泣き叫び、床に血の涙の模様を描いた。壁に対数とひらがなを指でなぞって羅列し、止まることなく湧き上がる思考の迷路の中にいた。腹を満たすには少なすぎる食事のプレートの、油脂を指でさらえて少しでも腹がもつようにあがいた。

 レンタカーを借りて出かけ、東京都内のとある大通りでギアが壊れ、癇癪を起こして車一台を蹴ったり乗ったり、ガラスを割ったりしたのが原因とという、なんともバカみたいな話だった。

 その時の私は、落ち着かない。何かをし続ける、何かを考え続ける、思考が湧き続ける。そんな状態だった。世間一般ではうつ病の方が有名であるが、その精神状態の逆、躁状態という多動、不眠、散漫、癇癪、思考が止まらないオーバーヒート状態だった。家族を亡くし、気を落として伏せった状態から気がふれ、その部屋に至った。

 施設の監視者に名前を聞かれて小声で答え、聞こえないと言われて大声で狂ったように叫んだ結果、異常者としての扱いとなり、その8畳ほどの白くてペンキ臭い、水道しかない部屋に入ることになった。何日間そこで過ごしたかは正確には覚えていないが、なき叫び、泣き疲れ、手持ち無沙汰になり、歌を歌い始め、半日以上歌い続け、あるいは子供の頃から暗記しているようなお経を唱え続けた。

 その結果、拘置所から措置入院という形で精神病院に入院することになった。

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ノブのないドア @peebeens

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