第10話:三人称神視点

 初心者が一番手を出しやすい視点表現です。

 なんとなく書いてみると「書きやすい!」と思うのですが、よほどの才能がないと中身がグタグタになる罠視点です。

 三人称の中でもっとも難しく、多くの「読みにくい」という小説は、これで書かれていることが経験上多いです。


 視点はどこでも自由、何でも書けます。

 そのために、視点がフラフラと動き回ることが多くなります。

 この視点で書く場合は、視点コントロールをきちんとしないといけません。


 また、読者に秘密を作りにくい表現です。

 なにしろ、「わからないことはない」ということになるので、「かもしれない」「そこになにがあるかわからない」という地の文は許されないのです。



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 一〇〇メートルほど先のため、天道にはよく観察ができなかった。

 しかし、それは大きなカマキリの様な魔物【ニューカマー】だった。

 細長い全長はゆうに、二メートル以上ある。

 さらに鎌の数が多く、四本。

 そして、その緑の鎌を振りおろそうとする先には、人の姿があった。

 黒い外套に身を包み、必死の形相で逃げまどう小柄な体格の少女だ。


「なんと浄土で、このようなことが……。もしや、拙僧の務めはまだ終わっておらぬのか……」


 ニューカマーから逃げていた少女は、花畑に埋もれるように転んだ。

 周りに花びらが飛び散る。

 しかし、彼女は立ちあがることができない。

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 神様なので、魔物がカマキリ型の魔物で名前が何かも知っています。

 「二倍はあるだろう」「四本ほどあるように見える」ではなく、「二メートル以上ある」し、「四本」で確定です。

 また「見える」は天道視点だったので使えません。「天道にはそう見えた」はありです。


 彼女が「立ちあがる雰囲気はない」ではなく、「立ち上がれない」こともわかっています。


 ところで。

 「大きなカマキリ」という主観表現があります。


 これが意外に難しくて、神様の主観なんですが「常識的」であり「一般的」であり、「観察者が客観的に見た結果」ではないといけません。


 「神様の主観」なんていうものを一個人が決めることはできません。

 だから、このような描写は、読者やキャラクターが一般的に納得できる表現ではないといけません。


 この辺り、調べてみると「全キャラクターの主観に反しないもの」というような説明もありますが、私的には「読者が客観的に見て納得できる表現」を重視でよいと思っています。


 二メートル以上のカマキリなら、誰が聞いても「大きい」と表現しても問題ないでしょう。

 もちろん、その世界では普通サイズかもしれません。

 ですが、神様なら「この世界では普通サイズだった」という説明もできるわけです。


 さて。

 こういう風に直してみると、視点が天道→カマキリ→少女→(天道台詞)→少女と激しく動いているのがわかります。


 もう少し例を見ます。



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「安心しなさい。私は食人などせん。……ほれ。これはお主のだろう。受けとりなさい」


 そう、なるべく優しく言いながらも、彼は内心で自らの言葉に少なからず傷ついた。

 だが、それは修行が足らぬ証拠だと、自らを戒め厳つい顔を崩さない。

 本当は微笑んであげるべきなのだろうが、前に仲間から「おまえが微笑すると、むしろ怖い」と言われたことがある。

 そのため、微笑はしないと決めている。

 だから、せめて口調だけは柔らかくなるよう気をつけた。


「…………」


 その様子を見た彼女は、多少警戒を解いて帽子を受けとった。

 どうやら悪い人ではないらしいが、見た目の迫力は人を食う魔物のオーガのようだ。

 まだ、安心できない。

 彼女は怖々と上目づかいで、天道の顔を見る。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「…………」を区切りに、心理描写の注視点が天道からフィカに切り替わります。

 これを数行ごとにやると、フラフラと視点が泳ぐことになり、非常に読みにくくなります。


 このよう場合は、ここからしばらくフィカを注視点とし、どこかのタイミングで台詞やシーン展開をトリガーにして、注視点をまた動かします。


 このようにどうしても注視点が動くので、カメラワークを気にしないといけません。


 やってみるとわかりますが、自由なだけに規制のある表現です。

 上手く扱えば何でもできますが、けっこうじゃじゃ馬ではないかと思います。

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