寒くて起きて昨日の残りの肉じゃがとみそ汁食った

桜枝 巧

描写練習です

 すうっと水面に浮から引き上げられるようにして、目が覚めた。寝る前にかけておいたはずのタオルケットがベッドからずり落ちている。どうりで寒いはずだった。

 窓を開けたまま寝たせいでのどが痛む。あ、と試しに声に出してみたものの、どうも自分のそれではない感じがした。

 これだから、この季節は嫌いなのだ。夜はさんざん暑さでうならせておいて、朝はどうかしましたか、とでもいうように冷たくなる。もう少したてば梅雨が来て、今度は湿気の大嵐が来るのだろうけれど。それはそれでいやだ。

 起き上がってカーテンを開けると、さらにひんやりとした風が部屋の中に入り込んできた。慌てて窓を閉める。ついでにカーテンを閉めようとして、まだ空に星が出ていることにやっと気が付いた。

 時計を見ると、午前四時。二度寝すれば確実に寝坊するし、かといってこのまま起きておくのは午後に支障が出そうな、そんな時間帯だ。

「……まあ、遅刻するよりはいいか」

 僕以外誰もいない空間に一人そうつぶやいて、隣のキッチンに向かう。とにかく何か食べれば温まるだろう。夜のうちに、部屋の中にロープを通して干しておいたTシャツのカーテンを潜り抜けつつ、はて何があったかと考える。

 キッチンの電気をつける。やけに寂しげなオレンジ色の光が、僕を少しだけ慰めた。

 みそ汁はある。毎夜二回分ずつ作って次の朝温める、というのがいつの間にか一日の流れになっているから。自然と足がコンロに向かい、いつも通り左側にある鍋の火を入れた。なんとなくぼんやりとそこに突っ立ってみる。温かい。

「ひじき……は昨日見たとき死んでいる気配がしたんだよなぁ……」

戸棚の中の片手鍋を開けてみたが、うわこれはダメだ、とすぐにふたを閉めた。異臭がしている。やはりこの時期だと一週間持たない、か。

 続いて冷蔵庫へ。床が少しざらついていて、歩くたびにちくちくとした痛みを感じた。そろそろ掃除の時期かもしれない。カポン、と不抜けた音がして、小さな箱に明かりがともる。

 ビールが二缶、しなびたトマトとキュウリが二つずつ。玉ねぎもそろそろ食べないとまずいかもしれない。いつも朝食べている納豆は、今日は品切れだった。……とそこで、僕は奥の方に仕舞われたタッパーに気が付く。昨日食べた肉じゃがだ。腹がきゅう、と鳴る。

「ほんとは夜食べる予定だったのだけれど……まあ、いいか」

 いつも使っている片手鍋はひじきに侵略されてしまっているので、仕方がなく両手鍋を出す。確かに昨日は肉じゃがをこれで作ったのだけれど、洗うのが大変なんだよなあ……。

 そこで、片手鍋の方が湯気をあげていることに気が付く。こぽぽぽぽ、という蒸発の音。徐々に部屋の空気が柔らかくなっていくのを感じる。

「あ……順番、間違えたかも」

 慌ててコンロの火を止めつつ、呟く。肉じゃがは温めるのに少々時間がかかるのだ。みそ汁が冷めてしまう。

「まあ、いっか」

 タッパーから肉じゃがを鍋に移す。崩れかけのジャガイモがずるんと滑り落ち、薄切りにした人参はそれに寄り添うようにして降りていく。昨日ほとんど食べてしまったせいか、肉は小さなかけらがタッパーのそこにへばりついているだけだった。別に僕はここでいいんです、目立つ必要なんて全然ないんです、というようにそこに存在していた。

 仕方がないので菜箸を使って鍋に落とした。君がいないとただのじゃがなのだ。全員が入ったところで火をつける。やはり一回分では少ないらしい、広い両手鍋の中でそれらは寄り添うようにして身を温めていた。

 肉じゃがが温まる間、スケジュール帳を開いてキッチンの隅にうずくまる。今日の予定。明日の予定、一週間後の予定。いつからこいつはこんなに文字をため込むようになったのだろう、と思う。働くのは楽しい。楽しい。きっと。だからたぶん、こんなふうにぐじぐじ思い悩むこと自体がおかしいのだと思う。

 それでも。僕はなんとなく、このぼんやりとした靄みたいな時間をありがたく思っていた。すぐに消えてしまって、やがて忘れてしまうんだけれど、なんだかさっぱりとした気分になれそうな、そんな時間。

 肉じゃががもういいよ、と音を立てだす。甘辛く煮た醤油の香りが、僕と生乾きのTシャツを包み込んでいく。スケジュール帳を元の場所に戻した僕は、コンロの火を止めた。

 皿に移して、やはり少し冷めてしまったみそ汁をそうっとついで。

 Tシャツのカーテンを潜り抜け、ベッドの前のテーブルにそうっと置く。途中で白いYシャツがバランスを崩して落ちた。いつもはすぐに拾い上げるのだけれど、今日はとりあえずみそ汁をの見た気分だったので放っておく。それが、ひどく愉快だった。

「いただきます」

 一歩ずつ今日へと歩きだしていく星たちに眺められながら、僕は一口、みそ汁をすすった。一つ口に含んだジャガイモが、僕を温めてゆく。

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寒くて起きて昨日の残りの肉じゃがとみそ汁食った 桜枝 巧 @ouetakumi

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