怪異(七)

「まさか、あの皇后が……」

 劉協は早足で庭へと向かう。

 心が逸る。

 どう考えても、信じられない。

「あなた、見間違いじゃないの? 漢豊お姉さまの間違いじゃないの?」

 曹華は侍女にもう一度確認する。

「さすがに見間違いありませんわ。取り巻きや兵士たちも一緒でした。普段の伏皇后とちがって、粗末な格好をしていました」

「わけがわからないわ。よりによってあの女が……」

 曹華は劉協の服の袖をつかんだ。

「陛下、何か思い当たる節はございませんか?」

「ない」

 劉協は即答した。

「朕は皇后とは長い間連れ添っているが、畑を耕すところなど見たことがない」

「嫌な予感がしますわ」

 曹華が言った。

「あの女のことですもの。きっと何かしでかずに違いありませんわ」

「すこし口を慎んだらどうかね」

「しかし……」

「そもそも鍬をもって畑を耕す以外の何ができるというのか」

 劉協は足を止めた。

「そういえば、皇后はどこにいるのやら……」

「侍女たちに命じて捜させますわ」

 すぐさま命令は曹華の侍女たちに伝わり、彼女たちは散った。

 劉協と曹華は待っていた。すると、

「何をやっているのですか」

 それは曹憲だった。

「操成お姉さま……」

「あなたの侍女たちがあちこちを走り回っていると思ったら……。また陛下に迷惑をかけているのではないのですか?」

 曹華は口を尖らせた。

「皇后を捜しているのだ」

 と、劉協は言った。

「何かあったのですか?」

「いや、べつに……」

 と、曹華が言ったのを劉協が遮って、

「いや、たいした話ではない。皇后が畑仕事をしようとしているそうだ。鍬をもって出かけたそうで、それで珍しくなって見にいこうと……」

 だが。

 それを聞いた曹憲の顔が険しくなった。

「それはおかしいです。皇后さまが畑仕事などするはずがありません」

「皇后とて気まぐれということがある」

「いいえ。皇后は贅沢好きなお方だと聞いております。部屋の中も高価な調度品でいっぱいだそうで。そんな方が急に畑仕事なんて、どう考えてもおかしいですわ」

 曹憲は、そう言うと、

「いますぐ皇后をお捜しになった方がいいですわ」

 と進言した。

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