怪異(六)

 別の日。

 劉協は曹華の部屋を訪れた。

「晴玉はいるか?」

 劉協は、曹華を字(あざな)で呼んだ。

 曹華はいた。

 しかし、返事をしない。

 口をへの字にして黙っている。

 曹華ばかりではない。周囲の侍女たちも劉協に冷たい視線を向けている。

「どうした。具合でも悪いのか?」

「何でもありませんわ」

 あきらかに曹華は機嫌が悪い。

 原因は言うまでもない。姉の曹憲に青い宝玉を与えたからである。

「拗ねておるのか?」

「拗ねてなどいません」

 曹華はそっぽを向いた。

「今日はそなたに贈り物をしようと思ってな」

「いりません」

 曹華は叫んだ。

「いいから、とりあえず見てくれ」

「お姉さまにあげた青い宝玉でなければ欲しくは……」

 曹華は息を飲んだ。

 劉協が見せた緑の宝玉は、曹憲に与えた緑の宝玉よりもさらに美しかった。

「まあ……」

 曹華の侍女たちも声を失う。

「すごい……。陛下、これを私にくださるのですね!」

 そう叫ぶと、なんと曹華は劉協に抱きついた。

「姉上に気を遣って、わざと青い宝玉が一番素晴らしいと嘘をついて……。あれは姉上に気を遣って嘘をついていたのですね。そうやって私を驚かせてから喜ばせようと……」

 などと、勝手に曹華は勘違いしてくれている。

 が、笑顔だった曹華は、

「あら……」

 と、心に疑問が沸いた様子だった。

「そうなると漢豊お姉さまは?」

「え?」

「私よりもさらに素晴らしい宝玉をあげているのではないのですか?」

「それは、勘違いというものだ……」

「そうかしら? 私は陛下は漢豊お姉さまのことを一番大事にしていると思ってますが」

「そ、そんなことはない」

「そうかしら?」

 なおも曹華は疑っている様子だった。

「まあ、お姉さまとの仲は進んでいるように見えませんし……」

「気のせいだ。それにそなたは子供だ」

「いえいえ、私はもう子供では……」

 曹華は、言うのを止めた。

 以前の曹華は恐れを知らない娘だった。

 劉協に押し倒されても声一つ上げなかったかもしれない。

 しかし、王異に脅かされてからはすこし様子が違ってきた。

 怖さを知ってしまった、というべきか。

 知らず知らずのうちに曹華の身体のなかで何かが変化しつつあった。

 無論、そんなことには曹華自身気づいていない。

「晴玉さま!」

 侍女の一人が部屋に飛び込んできた。

 皇后に次ぐ貴人を字(あざな)で呼ぶとは、劉協は絶句した。

 曹華がそう命じたのであろう。

「どうしたの? すっかり慌てている様子だけど」

「鍬を、鍬を……」

「鍬?」

「はい。鍬をもって畑を耕しに……」

「ああ。漢豊お姉さまのことね」

 曹華は拍子抜けしたような顔をした。

「本当に変わっているお姉さまだから。ずっと一緒にいてもあの人のことがちっとも理解できないわ」

「いえ、違うのです」

「じゃあ、誰? 夏侯惇? それとも蔡文姫?」

「それが、伏皇后なのです」

「な、なんだと!!」

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