怪異(四)

翌朝。

 劉協は起床した。

 朝の光が目に飛び込んでくる。

 まだ頭が重かった。べつに深酒したわけでもなければ、夜が遅かったわけでもない。

 劉協は布団を出た。傀儡の皇帝としての生活が今日もはじまる。

 傍からみれば、誰もがうらやむような暮らしをしている。

 しかし、いつ終わるかわからない。

 曹操が首を挿げ替えようと思えばいつでも挿げ替えることができる。籠の中の鳥のような生活である。違うのは、籠の中の鳥が己を不幸だと思っているところだ。

 そういう暮らしをしているうちに、劉協は己の欲望がすっかりと抜け落ちて灰のようになってしまったのではないかと自問自答することがある。

 最近の自分は情欲が抜け落ちているような気がする。

 朝にもかからわず、そういう気分ではない。

 女を抱いたこともなければ、自らを慰めたこともない。

 三姉妹が嫁いでからのことだと思っていた。

 しかし、思えばそれよりもさらに以前からのような気がする。

 伏皇后とは、いつの間にかともに床を共にしなくなった。

 人形のような、華やかでありながらその中身は空洞のように生活を送っているうちに男としての能力まで欠如したのではあるまいか……。

 劉協は箱を見た。

 曹操が献上した宝玉の入った箱である。

 なかにはまだ宝玉が二つ入っている。しかし、

(これを二人にやるわけんはいかぬ……)

 曹憲にあげた青い宝玉よりも劣っているのだから。

 それは曹憲よりも愛していないと言うのと同義なのである。

 劉協は箱を開けた。

 閉じた。

 血相が変わっていた。

 部屋を出て、警備の兵を睨みつけた。

「昨夜、朕の部屋を訪れた者はあるか?」

「いいえ、誰も入っておりませぬ」

「嘘をつけ。たしかに誰か入ったはずだ」

「いいえ。誰も」

「間違いない。証拠があるのだ」

 劉協は箱をつきつけた。

「この中には宝玉が入っていた。それが……」

「盗まれたのでございますか!?」

「いや、すり替わっていたのだ」

 劉協は箱を開けて、中身を見せた。

「二つの宝玉がな。しかも、曹憲に与えた宝玉よりもさらに美しい宝玉が……!」

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