怪異(三)
曹操は曹華の部屋を訪れた。
曹華は相変わらず侍女たちと呑気に談笑していたが、曹操の姿を見てさすがに驚いた。
「お父さま!」
侍女たちはあわてて部屋から退出した。
「どうしてわざわざこちらへ?」
「愛する娘の顔が見たいからだよ」
そういう曹操の顔は、娘を甘やかす父親の顔をしていた。
もっとも、それだけではないのだが。
「陛下とはうまくやっているかね」
「ええ。陛下といると楽しいですわ」
曹華は快活に答えた。
「わたしの歌も素晴らしいと褒めてくれるし」
「そうか」
「碁も指します。いつも私が勝ちますの」
「そうかそうか」
曹操は笑顔でうなずいたが、内心これは当分駄目だなと思った。
「姉たちはよく陛下に仕えてくれているか?」
「はい。二人とも陛下に尽くしてますわ。でも……」
と、曹華は困ったような顔をした。
「どうやら陛下は操成お姉さまのことがあまり好きではありませんわ。漢豊お姉さまとはすごく仲がいいみたいだけど……」
曹華は思ったことは何でも口にしてしまう娘だった。そういう性質はもちろん曹操は熟知している。
「ほら、操成お姉さまは性格が暗いから……」
「晴玉よ」
「はい」
「周りの人間が暗い暗いと言うから、あいつもなかなか明るくなれないのだ。お前も嫁いだ身なのだから、もうすこし気を遣ってやらないといけない」
「はい……」
「そもそもこの前女たちが集まって文学について語り合ったそうじゃないか。どうしてあいつを誘ってやらなかった?」
「操成お姉さまは文学の話などに興味ありませんわ」
「それがいかん。まるで仲間はずれにしているみたいではないか。声をかけてやらんと。お前の姉なのだぞ」
父と娘が話し合っていると、侍女の一人が部屋に入ってきた。
曹華の侍女ではない。曹憲の侍女であった。
それもただの侍女ではなかった。曹憲の侍女でありながら、密偵も兼ねていた。
「恐れながら、魏公にお伝えしたいことが……」
「どうした?」
「青い宝玉のことでございます」
「陛下に献上した宝玉がどうした?」
「たったいま我が主に献上いたしました」
「操成お姉さまに!?」
曹華はほとんど我を忘れんばかりに叫んでいた。
信じられないのは曹華ばかりではなかった。曹操も唖然としていた。
「あいつにか?」
「はい」
「本当にあいつにか?」
曹操は繰り返し訊ねた。
「間違いございません」
「ふむう……」
曹操は髭をしごきながら考え込んだ。
「いや、よかったではないか。陛下はそなたのことを大事にしてくれているではないか」
曹操はそう言って曹憲の肩を抱いた。
曹憲はまるで夢でも見ているかのような顔をして、青い宝玉を握り締めていた。
曹華は、曹憲のもらった青い宝玉が偽物ではないかと疑っているような顔つきだった。
※
曹操は、最後に曹節のところへ会いに行った。
曹節は一人だった。劉協はすでに去っていた。
「操成に宝玉を渡すよう陛下に言ったのはお前だね」
曹操はすべてをわかっていた。
「漢の王室の子を生むのだぞ」
曹節はかすかに微笑んだ。
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