砂塵(六)

 劉協は曹節と夕食を二人でとってから曹節のもとを去った。

 曹節は劉協の姿が見えなくなるまで、頭を垂れてこれを見送った。

 劉協には向かう場所があった。

 伏皇后であった。

 劉協が伏皇后の部屋に姿を見せると、伏皇后のお付きの侍女たちはみな驚いた。劉協から伏皇后を訪ねることなど滅多にないことだからである。

「皇后はどこか?」

「存じませぬ」

 そう答える侍女たちはどこか怯えているように見えた。

 何事か隠しているように思えたが、劉協には思い当たるふしがなかったので、

「では待つ。そちたちは皇后を捜してすぐに連れてくるように」

 そう言って侍女たちを捜させると、すぐに伏皇后が戻ってきた。

 侍女たちに抱えられていた。ひどく気分が悪い様子で息も途切れがちである。

 劉協が驚いて、

「どうしたのだ?」

 と問うと、

「昼過ぎから具合が悪くなりまして、すぐ治るだろうと放っておいたところ熱がひどくなり悪寒も激しく、一人で歩くのも難しい有様」

 と伏皇后が言うと、

「食事に粥を差し出しても喉を通らず、医師を呼んだところでございます」

 と侍女も言う。

「そうか。それは休むがよい」

 劉協は伏皇后の部屋を出た。

 当初の目的を果たすこともできなかった。

(あの侍女たち……)

 夏侯惇らとともに畑を耕していたのを注進に及んだ侍女である。

 曹節を呼び捨てていたのである。

 憎き曹操の娘とはいえ、いまは後宮の人間。

 物事には序列というものがある。

 だが、侍女風情がそのような出すぎた態度を取るにはきっとわけがある。

 伏皇后が吹き込んでいるのであろう。

 侍女も問題だが、まずは主にこそ問題があると劉協は見ていた。

 だから、注意をしに言ったのである。

 とはいえ、病とあっては仕方がない。

 身体が癒えてから言えばよいことである。

 日が沈んできた。

 夜がやってきた。

 劉協は外に出た。

(今宵も蝋燭をたててまた本を読むのだろうか)

 曹節が本を読んでいたのはもっと夜更けだったような気がする。

 また夜がはじまったばかりである。

 本人に聞けばそれで済む話だが。

 劉協はふと視線の先を見た。

 我が目を疑う光景であった。

 劉協は腰の剣を抜いた。

 走った。

 帝位に就いてよりこれほど走ったことがあっただろうか。

 白刃をきらめかせて木の枝にくくりつけらた絹の帯を切った。

 身体が落ちた。

 抱き起こすと、まだ息絶えていなかった。

 絹の帯の首に巻きついた女性をみて、劉協は愕然とした。

 それは先ほど別れたばかりの蔡文姫であった。

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