曹憲と曹節と曹華(一)

 劉協は、三姉妹の生活が知りたくなった。

 部屋を訪れることにした。

 まずは長女の曹憲である。

 部屋に行くと、まずは侍女が出迎えた。

 よく教育されていた。劉協を見ても驚かず、すぐさま曹憲を呼びに奥へ向かった。

 あまり美しい侍女ではない、と劉協は思った。

 曹憲が来た。彼女はうやうやしく出迎えると劉協を中に入れた。

 劉協は椅子に座った。どの調度品も安物で、いい趣味というのが一つも感じられない。

 茶が出された。

 曹憲も座って茶を飲む。

 すると、曹憲の茶が劉協の飲む茶よりもはるかに色が薄いことに気がついた。

「なぜ、同じ茶なのに色が違う?」

「こちらは出がらしの茶でございます」

 劉協は驚いた。

「どうして出がらしの茶を飲む?」

「民が貧しい暮らしをしておりますれば、上の者が贅沢な暮らしをするわけにはまいりませぬ」

 劉協は、嫌な気持ちになった。

 まるで自分が民意を無視して、安穏な生活を送っていると言われているようである。

 飢えたことがない、と言われているかのようである。

 ところが、劉協は飢えたことがある。

 菫卓亡き後、その配下の李確・郭汜が都を騒がせていた時代で、相次ぐ大飢饉に住民は樹の皮を剥ぎ草の根を掘って飢えをしのいだ。その頃は劉協さえ率先して粥のみを食べて暮らしていたことがあった。無論、住民の飢えに比べれば命の危険はないのでたいしたことはないが、それでも倹約したこともあったのだ。

 それをいうなら、まずはお前の父親に言えと言いたい。

 曹操が質素な生活をしているとはとても思えない。

 これは質素とは違う気がした。

 素朴さが感じられない。

 見れば、侍女たちに美しい者が見事なまでに一人もいない。

 わざと容姿の優れぬ者を選んでいるのだろう。

 美しい侍女を傍におくと寵愛を奪われると思っているのか。

 それならばまだわかるが、どうも違う。

 思うに、曹憲は美というものを嫌っているのではあるまいか。

 そう思った。

「貴人は、何か楽しいことでるあるか?」

「陛下にお仕えすることが一番の楽しみでございます」

「そうか」

 心のうちを一切見せぬ女だ、と劉協は思った。

 曹操の間者(スパイ)と話しているような気がした。曹憲とともにいると、父親の幻影が娘の背中に張りついているような気がした。

 重苦しい空気が流れた。

「またくる」

 茶を飲み終えると、劉協はそう言い捨てて去った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る