翌日
翌日。
日輪は天上に光り輝いている。
男たちの哀願する声が劉協の耳に届いた。ただならぬ絶叫に、どうしたことかと、声のする方へと向かうと、寝室を警護する役目の兵士が泣いて命乞いをしているのである。
問い詰めているのは伏皇后であった。
「皇后、どうしたことか」
「この者どもは陛下をお守りするという大事な役目を忘れて居眠りしておったのでございます。よって罪を問いただし死刑に処すところでございます」
劉協は驚き、
「それは厳しかろう。助けてやってはくれまいか」
「いいえ、なりませぬ。もしもの事があれば、陛下のお身体にどのような危害があったかわかりませぬ。今後の見せしめのため腰斬に処さねばなりますまい」
腰斬は酷刑のひとつで、首を刎ねられるのは一瞬だが、腰を切るとなると長いこと苦しんでから死ぬことになる。
劉協は戦慄した。
「そのような惨い事は朕はいやだ。どうか考え直してくれ」
「いいえ、職務を怠った者は死ななければなりません」
皇后は頑として曲げない。
宮中の近衛の兵士たちがやってきた。伏皇后は腰斬を命じるも、劉協はあくまでも思いとどまるように説得する。
そこへ曹節がやってきた。
「どうなさいましたか?」
伏皇后は曹節に気づくと睨みつけ、
「貴方の知ったことではありませぬ」
「しかし、大の男が泣き叫んでおります。尋常なこととは到底思えませぬ」
「よそ者には関係のないこと」
冷ややかな侮蔑を込めて、伏皇后は言った。
「その兵士たちが陛下の警備を忘れて眠っていたとか」
「どうして知っておる!?」
「それでしたらその者たちに罪はありませぬ。私が眠らせたのです」
「そなたがか!?」
「はい。元はといえば単なる悪戯でございます。眠り薬の入った茶をすすめて飲ませたのでございます」
劉協は唖然とした。
二人はというとこれまた呆然としている。まったく身に覚えのない様子である。
どうやら、二人をかばうために曹節が嘘をついているらしかった。
「何という畏れ知らずの忌々しい娘」
伏皇后は歯軋りした。
「陳琳は檄文で曹操は祖父の代から貪欲で性根が腐っていると書いたが、その娘も三代に負けず劣らず鬼畜だのう」
「畏れながら、曹一族は先祖代々忠勤に励んでおります」
「よく言うわ。この女狐が」
伏皇后は、曹節の頬を力いっぱい殴った。
大柄な曹節の身体が吹っ飛んだ。
さらに倒れたところへ曹節の顔を踏みつける。
「漢王朝を滅ぼそうとする外道め」
伏皇后は足首に力を入れる。
「兵士どもを薬で眠らせたというが、どうするつもりだったのだ? 陛下を弑するつもりだったのではないか?」
「皇后、止めぬか」
劉協が言った。
「曹節が朕に危害をくわえるつもりなら、とっくに朕はこの世のものではない。笑って済ませればよいではないか」
伏皇后は、
「貴様ら三姉妹の四肢を引きちぎって、人豚にして厠に置いてやりたいわ」
そう吐き捨てると、曹節の顔に唾を吐きかけて去っていった。
劉協は曹節を起こすと、鼻血と唾で濡れた顔を服の袖で拭いてやった。
助けてもらった兵士たちは、涙ながらに曹節にお礼の言葉を述べた。
「過ぎたことはもうよいのです。この事を戒めとして忠勤に励んでくれればよいのです」
兵士二人はこの事は一生恩に切る、これからの人生は曹節に命を捧げると誓った。
しかし、不思議なことがあるものだと劉協は思った。
一人のみならず二人とも勤めを忘れて眠ってしまうとは。
どちらかが居眠りすれば、もう片方が起こすものだ。
警備の兵士が眠そうな顔をしていたことは何度かある。
しかし、二人ともずっくりと眠るなどという不祥事を劉協は一度も体験したことがない。
(不思議なことだ……)
あるいは、ただ兵士の気が緩んでいただけなのか。
考えてみてもわからなかった。取り越し苦労かもしれなかった。
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