【第一章】百夜白夜の孤島
いざ逢ノ島へ
眩いばかりの白く眩しい朝日を浴びながら、穏やかに煌めき揺れる瀬戸内海。その海上を航海する一艇のクルーザーの甲板に僕はいる。
今日は、十二月二十四日のクリスマス・イヴ。
首長竜かろくろ首かというくらいに首を長くして待った、崇拝する百夜白夜――その氏が主催するミステリィツアーの開催日。
幾万ものライバル達を押しのけて、その抽選に見事当選するという果報をたまわった僕は、招待者の一人として、その航路の途上にいるというわけである。
今でこそ、空は青く晴れ渡っているが、今夜には強風を伴う大雨がこの海域を襲うだろうと予報されている。そうなったとしたら、惨劇の夜に相応しいシチュエーションとなることだろう。
その謎の待つ逢ノ島への到着は、港で集合した際に聞いた話だと、あと十五分ほど。
その僅かな時間さえすぎるのが待ち遠しいくらいだが、今からこれだけ興奮していると、いざ肝心の事件が起こったとなった際に、卒倒するか、ともすれば、ぽっくりとそのままあの世に逝ってしまいかねない。
謎解きをせぬままあの世逝きとなっては、浮かばれないまま孤島にとり憑く地縛霊にでもなってしまいそう。
まあ、それは冗談だけれど、今からこの調子では、謎解きまで身体がもたないのも事実だ。僕は、どちらかと言えば頭脳派。学生時代は至って真面目な帰宅部だった。
ここは、体力を温存するという観点から、興奮を鎮めるためにも、今の内に、港の集合場所で互いに知る事になった今回のツアーのスタッフや招待客達の紹介を済ませておくことにしよう。
それでは、まずは、窓越しに見える操舵室で舵を握る女性から。
彼女は
百夜ファンクラブの会長を務めているという彼女だけは、招待客というわけではなく、広島住まいで自家用のクルーザーを所有していることもあり、百夜に頼まれて今回のツアーのスタッフ役を任されている。
そのため、こうしてそのクルーザーの舵を握っているというわけだ。邸についた後も、謎解きに参加するのではなく、百夜邸で雇われている家政婦という役柄を演じるとのことだ。
次に、操舵室で缶ジュースを片手にその妻鳥に何やら話しかけているちょっと小太りな男性。
彼は
羽織っているコートは、かの有名な湾岸署の熱血刑事が愛用しているのと同じカーキ色をした軍もので、下には迷彩柄のパンツ、頭にはSWATと刺繍されたキャップを被り、腕時計も軍ものと、抜け目がない程のミリタリィ仕様だ。所謂ミリオタというやつなのだろう。
次に、甲板の舳先で紫煙をくゆらせているスーツ姿の男性。
彼は
このホームズ気どりのキャラバッシュのパイプと鹿撃帽の二点セットを見せる気障ったらしい男こそ、僕の憎っくき仇敵である。
紳士を気取った口調や態度も鼻につくが、それ以上に、なにせこいつが自己紹介の時に自慢げに語ったそのファンクラブ会員番号は、なんと一番なのだ!
そう、僕から名誉の一番を奪い取ったのがこの男なのである。
それを知った時、殺意を抱かずにはいられなかったが、『人を呪わば穴二つ』とも言うし、ここは正々堂々と謎解きで打ち負かして、一泡吹かせるだけにとどめておいてやることにしよう。
次に、クルーザーの船尾側の甲板に立って僕と同じように海を眺めている女性。
彼女は、この瀬戸内海と一字違いの苗字を持つ
これが、かなりの美貌の持ち主で、その掘りの深い端正な顔貌が物語ってもいるように、ドイツ人の祖父を持つクォーターとのこと。
ただ、その美しく象られた顔立ちのせいで、近寄りがたさを感じてしまっているのも事実なんで、なるだけフランクに接することができるようになるといいのだけど。
最後に、船内に引き籠もって姿を見せていない女性。
彼女は
港の集合場所に、お抱えの運転手にリムジンでつれられてやって来た彼女は、純白のレースドレスに身を包み、ひらひらのフリルがついた日傘を広げていて、その様はまさに深窓のご令嬢といった風だった。
しかも、話す言葉には、「~でございますのよ」なんていう莫迦丁寧な語尾がついているのだから驚きだ。現実にこんな女性が存在しているとは。
ただ、「そんな暴虐な紫外線に満ち溢れた甲板などに好んで出向く程、お莫迦じゃありませんことよ」などの言もあって、ご令嬢らしいといえばばらしいのだが、お高くとまっている感があり、少々扱い難い人物だという印象があるのは否めない。
そんな個性豊かな彼ら(変人とも言える面子がほとんどだが)と僕、晴原そよぎ(都内の大学に通う至って普通の十九歳だ)を含めた六人が、今回のツアーのスタッフと招待客達である。
ツアーというには、人数が少なすぎるようにも思えるけれど、殺人事件においてあまり登場人物が増えすぎるのはスマートではない、と考えられてのことかもしれない。
*
クルーザーが波飛沫を上げて進むに従い、どんな謎が待ち受けているんだろうと期待に胸を高鳴らせながら僕が海原を眺めていると、同じ甲板にいた、美貌のフリーランスライターである瀬戸家が、僕の傍に寄って来た。
微笑みながら、鈴を鳴らしたように透明感のある澄んだ声で、
「ちょっといいかな?」
間近にすると、その美貌が際立って見える。
眉の下で潔く切り揃えられた、穏やかに吹く潮風を受けて艶やかに揺れる黒髪、堀が深くかつしつこすぎない端正な容貌、すらりとして透き通るような白肌と、秋の学祭のミスコンで優勝した女の子が霞んで見える程の稀に見る美人だ。
そういった美貌の持ち主であるが故に、近寄り難い冷たさを感じてもいたが、こうして自分から気さくに声を掛けてくるあたり、その印象とは違うということだろう。
「なんですか?」
応えると、瀬戸家はその華奢な白い手を同じように手摺りに置くと、
「君は普段はピアスを嵌めているんでしょう?」
唐突な質問に、口籠もりつつ、
「え……? あ、そうですけど……」
「その赤いトレンチコート、とてもよく似合ってるわね。整髪料で流した髪型も決まってるし、お洒落に気を使ってるって感じよね」
「いや、その……」
「なのに、なんでピアスを外してるのかな、って」
「いえ、ピアス負けしてかぶれてしまって……かゆくて仕方ないんですよ。だから外してきたんです」
この瀬戸屋という女性は、中々に鋭い観察眼の持ち主らしい。後に待つ謎解きで、強敵となるかもしれない。
「そう。でも、ピアスがなくても、いい感じね。うん、凄くいい。センスがいいし、声がちょっと高めだけど、可愛い印象とぴったりだから、大学ではかなりもてる方なんじゃない?」
「いえ、そうでもないんですよ。もっか恋人募集中で……このコートは借り物ですし……」
返答に窮しながら、ミディアムレイヤーの頭をぽりぽりと掻く。
「そうなんだ。意外」
と瀬戸屋は首を傾げつつ、
「だったら、一人の女として、一言忠告しておいてあげようか。押しの一手ばかりだと、それが功を奏する事もあるけれど、相手に鬱陶しがられて避けられてしまうこともままあるからね。時には、一歩身を引いて相手の行動に合わせることも必要よ?」
「はあ……」
気のない返事を返しつつ、あまりこの話題を続けたくなかった僕は、こちらから質問をぶつけることにした。
「ところで、自己紹介の時に聞けませんでしたけど、瀬戸家さんの会員番号って何番なんですか?」
「六番。晴原君は?」
「二番、です」
より若い番号だったことで、優越感に、ちょっと自慢げに応えてしまった。
「二番か。私の女友達にも三人のファンクラブ会員がいるんだけど、彼女らは、二十番、百二番、三百七十八番で、これまで知る限り、私が一番上位だったんだけどな……まさかより上位にいる人が、このツアーに二人もいるなんてね」
ちょっと悔しそうな瀬戸屋。
「いえ、六番でもかなりの上位ですよ。同じ一桁の会員同士、瀬戸家さんも東京に住んでるんだったら、このツアーが終わった後も、ファンとしての付き合いを持ちたいですね」
「そうね」
と瀬戸屋はにっこりと笑んだかと思うと、顔を引き締め、
「だけど、謎解きではライバル同士だからね。手は抜かないよ」
瀬戸山からの宣戦布告に僕は、
「望むところです」
と拳を握り締めながら威勢よく応じた。
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